兄 妹




 エリア11を離れ中華連邦の蓬莱島へ、100万人のイレブン、否、日本人が移った時とほぼ時を同じくして、ゼロの傍に常に一人の少女の姿が見られるようになった。
 腰まである軽くウェーブのかかった艶のある漆黒の髪と、黒い瞳、そして日本人らしからぬ抜けるような白い肌の美少女。名は氷月紫といった。
 そしてその容貌は、ゼロの親衛隊長である紅月カレンの知るある人物によく似たものだった。その人物の名はルルーシュ・ランペルージ。ブラック・リベリオンの前まで、カレン・シュタットフェルトとして通っていたトウキョウ租界にあるアッシュフォード学園高等部生徒会副会長にして、ゼロの正体。けれどルルーシュにいたのは、目と足が不自由な3つ年下のナナリーという妹だけで、他に家族はいなかった。ルルーシュが実はブリタニアの元皇子であるということは、神根島でカレンにとっては仇敵ともいえる枢木スザクから知らされていたが、そのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに関して調べても、亡くなった母とナナリーの他に縁のあるような人物がエリア11にいるという情報は全くなかった。ゆえに他人のそら似であろうと── 自分によく似た人間は三人はいるというし── そう受け止めていた。
 しかし蓬莱島に来て以来、突然、そして今や当然の如くゼロの傍にいる紫の存在に違和感を覚えずにはいられない。そこにはカレンの紫に対する嫉妬という感情もあったのだが、カレン自身はそこまでは気付いていない。
「私の存在がお気に召さないようね」
 ある時、ゼロのいない場所でたまたま二人きりになった時、紫の方からそうカレンに声をかけてきた。
「気に入らないわけじゃないわ。ただ不思議なだけよ。なんだってゼロが突然あなたのような、今まで知らなかった女を傍に置くようになったのか」
「私はゼロの秘書のようなものよ。この蓬莱島に移ってきてからは今までのようなただのテロリスト組織とは違う。中華からの借り物の土地とはいえ、小さいながらも独立国。国としての代表は神楽耶様だけど、実質はゼロが動かしているようなもの。つまり今までの黒の騎士団としての活動以外の部分が増えてくる。それを補助するためにゼロは私を傍においているだけ。何もあなたにとって代わろうなんてしていないから安心していいわ。だいたい私はKMFの操縦なんてしたことないから、戦場に出るゼロに対しては何の役にも立たないし」
 あなたと私の立場は違うのだと、紫はカレンにそう告げた。
「つまりあなたはゼロの表立っての親衛隊長なら、私は裏方、戦場以外の場所での補佐役として考えてもらえばいいだけのこと」
「それにしても一体ゼロは何処からあなたを見つけてきたの? 今まであなたのような存在は何処にもなかったのに」
 カレンにしてみればごく当然の疑問だった。
 紫はその答えに少し考え込んだ。どう答えるのが一番いいのだろう、納得させることができるだろうかと。
「古い、知り合いなのよ」
「! じゃあ、あなたはゼロの正体を……!?」
 知っているのか、とのカレンのその問いには、紫は薄い笑みをその口元に浮かべるだけで答えることはなく、ただ黙ってその場を去っていった。
 そんな紫の態度は、彼女がゼロの正体を知っているのだとの思いをカレンに強くさせ、それが尚一層、紫の正体に疑念を抱かせた。ただ自分がそうであるように、紫もまたゼロの、ルルーシュの味方であるには違いないのだろうとも思ったが。



 紫は確かにKMFに関しては素人だ。銃や剣、護身術に関しては、育ての父から教えを乞うている。しかし現在、そしてこの先必要とされるのはKMFの操縦技術だろうと判断していた。
 そして自然とその足は、技術部のラクシャータの方へと向かった。
「ラクシャータ、ちょっといいかしら?」
「紫ちゃん、だったかしら? 何の用?」
 研究室にいたラクシャータは、突然姿を見せた紫に目を丸くして応じた。
「KMFの事を教えていただきたくて」
「KMFのどんな事?」
「私、KMFを乗りこなせるようになりたいんです。ですから、まずはKMFについて一番詳しいラクシャータの教えを受けるのがまず第一かと思って」
「でもあなた、ゼロの秘書でしょ? ゼロにはカレンていう親衛隊長のお嬢ちゃんがいるんだから、あなたまで戦場に出ることはないと思うんだけどねぇ」
「それでも、何時どんな事で必要になるか分からないでしょう? ゼロを守るために必要だと思えることは身につけておきたいんです」
「……そんなに、ゼロが大切?」
「ええ、とても。多分、私にとっては、私を育ててくれた親よりも」
 どこかしら悲哀を込めた微笑みを浮かべる紫に、ラクシャータはそこまで言うなら、と煙管を手にしたまま座っていたソファから腰を上げた。
「まずは基本的なところから、次いでシミュレーション。実戦は、とりあえずはないと思うけど、それでいい?」
「ええ」
 紫はラクシャータの答えに満足したように頷いた。
 それから時間を作ってはラクシャータの元を訪れる紫だった。



「最近、ラクシャータの元に通っていると聞いたが」
 ゼロの私室でPCに向かっていた紫に、ゼロが問いかけてきた。
「あら、もうお耳に入っていましたの?」
「なんでそんなことを?」
「もちろん、何かあった場合に備えてのことですわ」
「何かって、おまえがそんなことを覚える必要がどこにある、リリーシャ」
 リリーシャ・コールドウェル── それが紫の本名であり、つまり彼女はブリタニア人である。更に言うなら、コールドウェルは彼女にとって育ての父であり、血の繋がりはない。リリーシャの本来の名は、リリーシャ・ヴィ・ブリタニアとなるはずであった。つまり、ゼロことルルーシュの実の妹である。双子の生まれゆえに、皇室では不吉とされ、ヴィ家の後見であったルーベン・アッシュフォードの手配によって生れ落ちてすぐにリリーシャはコールドウェル家に託されたのである。
 双子の絆とでもいうのだろうか、二人は互いに己の片割れの存在を感じ取り、ルルーシュがまだブリタニアにいた頃に一度だけルーベンの手配により会うことが叶った。以来、手紙での遣り取りが続き、やがてルルーシュはナナリーと共に日本に送られたが、それでも手紙の遣り取りは続いていた。ルルーシュが日本に送られてからアッシュフォードに引き取られる前の一時期と、この一年あまりの時を抜かして。日本に送られて当初のことは仕方のないことだとリリーシャは思っていたが、ここ一年もの間、何の便りも無かったことを不審に思い、義父を説得してエリア11を訪れ、アッシュフォード学園に転入して、ルルーシュと、学園内の状況を把握したのである。
 そこで知ったのは、ルルーシュが24時間の監視体制下にあること、すでに取り戻してはいるが記憶を改竄されていたことだった。
 そして一人皇室に戻されたナナリーがエリア11に総督として赴任してくるのに対して、妹との対峙を避けるためにエリア11を離れる決意をしたルルーシュに、リリーシャは兄と同じ紫電の瞳をカラーコンタクトで隠して共に蓬莱島にやって来たのである。以来、それまで共にいられなかったことを埋めるかのように、今やゼロの秘書として他の者にも認められる立場を得て彼の傍にある。
「私はお兄さまほどに日本人を信用していません。万が一お兄さまの正体が日本人に知られたら、裏切られるかも知れない。そうなった時、お兄さまを守れるのは、現状ではおそらくロロとC.C.位。それなら少しでも戦力になる者がいた方がいいでしょう? 私はそう判断しました」
「しかし、だからといっておまえが……」
「戦場に出ようとは思っていません。あくまで万一のことを考えてのことです。ですから心配はなさらないで。私も無茶なことはしませんから。でも、ラクシャータに言われました、私にはKMFのデヴァイサーとしての才能が有るらしいですわよ」
 最後は微笑みと共に告げられた。
「……閃光と謳われた母上の血を引くだけのことはある、ということか?」
「ええ、そうみたいです」



 そうして、やがて紫の、否、リリーシャの不安は現実のものとなる。
 ブリタニアに対抗するために結成された超合集国連合。その外部組織、傭兵集団となって新たに組織された黒の騎士団。超合集国連合最高評議会によって採択された第壱號決議による日本奪還作戦。
 その作戦の最中、二手に別れたトウキョウ方面軍に、ブリタニアは大量破壊兵器フレイヤで対抗した。正確に言うなら、それはフレイヤを積んだランスロットを操るスザク一人の判断によるものであったが。それによってトウキョウ租界は政庁を中心にして一瞬のうちに消滅し、巨大なクレーターを生み出した。そこに生まれた停戦状態の中、斑鳩を訪れたブリタニアの宰相シュナイゼルによって齎されたゼロの正体と彼の持つ力。その情報の前に、黒の騎士団幹部たちはゼロの粛清を決めた。ロロのギアスによって辛うじて難を逃れたゼロ、すなわちルルーシュを追って、紫、否、ルルーシュの双子の妹たるリリーシャは、一人KMFで斑鳩を抜け出し、誰よりも大切な兄であるルルーシュの後を追った。そこに待ちうけているものが何であるかも知らぬまま。

── The End




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