続・勧 誘




 神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンにある壮大な宮殿で、とある深夜、慌ただしく奥へと駆けていく一団がいた。その先頭に立っているのは、帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア。彼は副官のカノン・マルディーニを従え、他に近衛兵たちを連れて、皇帝シャルルの居室へと向かっていた。
 シャルルの居室の前まで来ると、その扉の前に立っていた衛士は全て分かっているというように、黙ってその扉を開ける。
 そのままシュナイゼルを先頭に、一団がシャルルの居室に入り、さらに奥の寝室を目指す。
 流石にその慌ただしい物音に、シャルルも目を覚ましたのだろう、中から「誰何」の声がする。
「誰かおらぬか、騒々しい」
 そうシャルルの声がしたとほぼ同時に、寝室の扉が開けられた。
 そしてシャルルのその目に真っ先に入ったのは、シュナイゼルの姿だった。
「シュナイゼル! それにその方たち、一体何事だ、これは!?」
 広い寝室に一歩足を踏み入れたシュナイゼルが応える。
「いわゆる、クーデター、という奴ですよ、父上」
 そう告げながら、ベッドの上のシャルルに一歩一歩近付いていく。
「クーデターだと!? 何をふざけたことを申しているのだ! 誰か! 誰かおらぬか!!」
 ベッドの上で叫ぶシャルルに向けて、カノンが銃を構えた。
「無駄ですよ。このあたりにいる近衛たちは全て私の手の者に変えてあります。誰も来はしません」
 シャルルのいるベッドの傍にまできたシュナイゼルが、冷たく彼を見下ろす。
「起きて、この退位宣言書にサインしていただきましょうか」
 そう言って、一枚の紙を皇帝の目の前に差し出す。
「その方ら、こんなことをして無事に済むと思っているのか」
「思っていますよ、だからこそ行動を起こしたのです。政を俗事と言い放つあなたに皇帝の資格はない。さあ、サインしてください」
「そしておまえが新しい次の皇帝になるか!?」
 シュナイゼルを睨み付けながら皇帝が叫ぶ。
「私が? いいえ、まさか。次の皇帝になる人物は他にいますよ。今頃、異母兄上(あにうえ)と共に此処に向かっている」
 シャルルはシュナイゼルに従っていた近衛兵たちの手によって無理やりベッドから引きずり出された。そのまま両腕を押さえられ、隣の居間に連れていかれる。
 ソファに座らせられ、その前にシュナイゼルの示した紙── 退位宣言書── とペンが置かれる。
 シャルルにはその紙を目の前にしても、今起きていることが信じられなかった。
 何故こんな事になっている。もうすぐラグナレクの接続がなって、兄さんと儂の約束が叶うという今になって何故!?
 そんな思いがシャルルの胸の内を、脳裏を駆け巡る。
 しかし、だからこそシュナイゼルが行動を起こしたのだとはシャルルは思わない。
 ラグナレクの接続を知っているのは、兄と今は亡きマリアンヌ── アーニャ・アールストレイムの中で精神だけは生きているが── と、ナイト・オブ・ワンのビスマルク・ヴァルトシュタイン、他には今は行方不明のC.C.のみのはずだからだ。そしてそのC.C.はおそらくゼロとなったルルーシュと共にいる。だから誰にも分かるはずがないのだから。
 しかし秘密は何時かはばれる時が来る。そしてそれに気付いた者たちが動き出すのだ。
「さあどうぞ、父上」
 シュナイゼルがシャルルにサインを迫る。
 シャルルは震える右手でペンを取ると、目の前に置かれた退位宣言書にサインをした。
 大丈夫だ、とシャルルは考える。たとえ今此処でこれにサインをしても、兄さんが助けてくれる、何とかしてくれると。
 サインされた退位宣言書を取り上げると、シュナイゼルは近衛兵に連れていけと指示を下した。
 命じられるままに近衛兵はシャルルを居室から連れ出す。連れていく先はすでに指示を受けていた。シャルルはそのまま回廊を通って外に出されると、そこに停めてあった車に乗せられ、本殿から一番遠い、今は使われていない離宮に連れていかれた。
 シャルルについてきたカノンは、シュナイゼルに代わってシャルルに告げる。
「陛下にはこれからはこちらで過ごしていただきます。こちらから出ることはできませんが、身の回りのお世話をする者を数名用意してありますから、生活にご不自由はないはずです」
「そちたちは本当にこのような真似をして無事に済むと思っておるのか!」
 尚も諦め悪く叫ぶシャルルに、カノンは静かに返した。
「私は、いえ、私たちは主であるシュナイゼル殿下の指示に従うだけです。ああ、それから陛下の記憶改竄のギアスですが、周囲の者には通じませんから。きちんと対策をとっておりますので」
 ここまで、あまりにも急な展開に、ついぞギアスをかけそびれてしまっていたシャルルだったが、カノンから告げられた最後の言葉に、ギアスのことを知られていたことに(まなこ)を見開いて驚いたまま、離宮の中へと押しやられたのだった。



 翌日、オデュッセウスと、彼に連れられたルルーシュがペンドラゴンに到着した。
 迎えのリムジンでそのまま真っ直ぐに宮殿に向かう。
異母兄上(あにうえ)、本当に俺を皇帝なんかにする気なんですか?」
 来るまでの飛行機の中でも、そして今でも繰り返し質問してくるルルーシュに、オデュッセウスは律儀に返した。
「もちろん本気だよ、何度も言っただろう。それに、昨夜父上の退位宣言書を手にしたとシュナイゼルからも先刻報告があった、何も問題はない」
 ルルーシュにしてみれば信じられないのも無理はない。しかも今自分を帝位に就けようとしている異母兄(あに)たちは、自分が反逆者のゼロだと知った上でやっているのだ。
 やがてリムジンは宮殿に入り、その中でも一際壮麗な本殿の正面入口前にその車体を停めた。
 近衛兵が恭しくリムジンの扉を開ける。
 此処まで来てしまっては致し方ない、それにいざとなればギアスがある、とそう腹を括って、ルルーシュはオデュッセウスに続いてリムジンから降りた。
「待っていたよ、ルルーシュ。小さい頃も面差しが似ていたけど、益々マリアンヌ様に似てこられたね」
 そう言ってルルーシュを出迎えたのは、第2皇子であり、このブリタニアの宰相たるシュナイゼルである。そしてそのままルルーシュをオデュッセウスと共に皇帝の居室まで連れていく。
「昨夜、父上の退位宣言書にサインをもらってから大急ぎで内装を変えたんだ。急ぎ仕事だった割には綺麗にできているだろう? あとは君の趣味にあうといいんだけどね」
 そう言って通された居室は、続き部屋の寝室に至るまで、昨夜までの重層感に満ちたものとは様相を変えて明るく華やかなものになっていた。
「さあ、これに着替えて」
 そう言って、シュナイゼルはクローゼットの中から一着の衣装── 白地に金の縁取りと柄を取り入れたもの── を取り出してみせた。
「サイズが合うといいんだけどね。まあ、多少のことならなんとかなるだろう」
「昼には、他の皇族、貴族、臣下たちが玉座の間に集まることになっている。それまでに仕度をしなさい」
 そうして部屋に入ってきた女官に手伝われながら、ルルーシュはシュナイゼルが出してきた衣装に着替え始めた。
「ですが異母兄上方、俺を皇帝にして何をしようというんです?」
「大きくなりすぎた実は中から膿んでいく。その前に国の改革を」
「父上の計画しているラグナレクの接続も止めなければならないしね。ああ、シュナイゼル、そちらの方の手配はどうなっているんだい?」
 オデュッセウスは前半はルルーシュに、そして後半はシュナイゼルに問いただした。
「とりあえず、あの部屋には誰も入れないように、また出てくることもできないようにしました。折りをみて取り壊しの予定です。伯父上が出てくるとしたらあの部屋からしかありませんからね」
「そうだね。なるべく早く取り壊すことにしよう。ギアス嚮団の方もそろそろ本部が特定できる頃だろう。そうしたら、さっさと片を付けるに越したことはないね」
 ── 伯父上? ギアス嚮団の本部?
 わけの分からないことに首を傾げながらも、ルルーシュは女官によって着替えを済ませられた。
「ああ、よく似合っているね。サイズも問題ないようで良かった」
「では、そろそろ行こうか」
 ルルーシュはアッシュフォード学園で自分を待つロロに、そして蓬莱島で自分を待つ黒の騎士団と日本人たちに連絡を取ることも叶わぬまま、二人の異母兄に挟まれて玉座の間と呼ばれる大広間に向かった。



 大広間には、オデュッセウスの言った通り、他の皇族、貴族、臣下たちが列をなして皇帝の登場を待っていた。
 促されるまま、ルルーシュは先頭に立って玉座に向かって歩き出す。その後方に控えるのは第1皇子オデュッセウスと第2皇子シュナイゼル。
 ルルーシュが玉座に腰を降ろしたのを見届けると、二人はその両脇に立った。
 玉座に座った少年の姿に、大広間にいる者たちがざわめきだす。
「昨夜、父上が、第98代皇帝シャルル陛下が退位された。ついては、本日より第99代皇帝には、ここにいる第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが就くこととなる。後見は第1皇子であるオデュッセウス異母兄上と、私、帝国宰相であり第2皇子であるシュナイゼルが務める。異議のある者は前に出て述べるがいい」
 シュナイゼルは昨夜シャルルがサインした退位宣言書を見せながら口上を述べた。
 第1皇子だけならまだしも、実質的に帝国随一の実力者である帝国宰相シュナイゼルの後見とあっては、異議があってもそれを唱えるだけの勇気を持つ者はおらず、こうしてルルーシュの皇帝就任は滞りなく運んだ。



 その様子をテレビ中継で見ていたアッシュフォード学園にいるロロ、機情のメンバー、そして何より生徒会のメンバー、蓬莱島では黒の騎士団の中で唯一ゼロの正体を知るカレンが驚きに大声を上げて叫んでいた。
 ちなみにカレンと同じく蓬莱島にいるC.C.の反応は、言葉には出さなかったが、「漸く動いたか」といったものだった。

── The End




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