勧 誘




 その日、ルルーシュはクラブハウスに戻ろうとしたところで声をかけられた。
「ルルーシュ・ランペルージ様、ですね。実はさるお方が、是非お会いしたいと本国からお見えになられております。つきましてはご同行いただきたいのですが」
 黒のスーツを着た二人組の男の内の一人がルルーシュにそう告げてきた。
“本国から”という言葉に、ルルーシュは一瞬眉を顰める。
「確かに俺、いや、僕はルルーシュ・ランペルージですが、本国からわざわざ僕に会いに来られるような方に心当たりはないのですが」
「あなたのよくご存じの方ですよ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」
 男の発した言葉に、ルルーシュは目を見開いた。
 今、この男は何と言った。
 しかし現状の自分は、すでに手の内に取り込んだとはいえ、機密情報局の監視下にあり、皇帝は自分のことを知っている。わざわざこのような接触をしてくるはずがない。となれば、他の皇族の誰かか。
 まだ校庭に生徒たちが残っている中、騒ぎを起こすわけにもいかず、ルルーシュは二人の男に挟まれるようにしてクラブハウスから離れ、校門の脇に停められていた黒塗りのリムジンに乗り込んだ。
 暫く走った後、リムジンが入っていったのは租界の中心部にある有数の高級ホテルの地下駐車場だった。そこでリムジンから降りてエレベーターに乗り、真っ直ぐに目的の階へと向かう。
 状況が分からないのが、何より不安だった。
 一体皇帝以外の誰が、自分を第11皇子と知り、接触しようとしてきているのか、ルルーシュは不安でならなかった。
 やがてエレベーターは最上階で止まり、その前にはこのフロア唯一の部屋の入口があった。
 男の一人が扉を軽くノックしてから開ける。
「お連れ致しました」
 出迎えたのは一人の女性だった。しかもその女性は、ホテルのメイドというよりも宮中に仕える侍女といった雰囲気の女性で、わざわざ連れてきたのかとルルーシュは思った。
「殿下、こちらへどうぞ」
 ルルーシュを連れてきた二人の男はその場に残り、女性一人に案内されるまま、ルルーシュは奥へと進んでいった。
 そして一つの扉の前で女性がノックをし、声をかける。
「ルルーシュ殿下をご案内致しました」
 そう告げた後、女性は扉を開けて、ルルーシュに中に入るように勧める。
 ルルーシュは覚悟を決めて中に足を踏み入れた。後ろで扉の閉まる音がして、思わずルルーシュは後ろを振り返った。
 そんなルルーシュに一人の人物が笑みを浮かべながら近付いてくる。
「やあ、ルルーシュ。来てくれて良かったよ」
 その声に前に向き直り、ルルーシュは硬直した。
「オ、オデュッセウス、殿下!」
「殿下だなんて他人行儀はやめて、昔みたいに異母兄上(あにうえ)と呼んでおくれ」
 そう言いながら、片手をルルーシュの背に回してソファを勧める。
 されるがままにソファに腰を降ろしたルルーシュを見て、神聖ブリタニア帝国第1皇子のオデュッセウスもルルーシュの向かい側に腰を降ろした。
「本当はシュナイゼルも来たがっていたんだけど、流石に帝国宰相という地位にある分、なかなか簡単に身動きがとれなくてね。それで私だけ来たんだ」
 にこにこと笑いながらそう告げるオデュッセウスに、ルルーシュはどう反応したものか分からずに相変わらず固まっていた。
 そこへ先ほどの女性が紅茶を淹れて部屋に入ってきた。二人の前それぞれに紅茶の入ったカップを置いて退室していく。
 紅茶の香りに漸く気分が解れたのか、やっとルルーシュは口を開いた。
「あ、その、この度は一体どのようなご用件でこのエリアに?」
「もちろん、君に会うためだよ」
 さっきシュナイゼルも、と言っていたが、オデュッセウスもシュナイゼルも俺のことを知っているということか。いや、それだけではなくもしかして他の皇族も、とルルーシュは頭の中で考えを巡らす。一体何時から知ってたんだ、どうやって知ったんだと。
「最近、というよりここ数年、父上はわけの分からない研究にのめり込んでいてね。ギアス嚮団などという得体の知れない組織を使って、ラグナレクの接続なんていうおかしなものに憑りつかれているんだよ」
 ギアス嚮団! ラグナレクの接続? ギアスはともかくラグナレクの接続って何だ? 聞いてないぞC.C.!
 思わず今此処にはいないC.C.に、ルルーシュは心の中で突っ込みを入れる。
「そんな状態で、政務は宰相のシュナイゼルに丸投げで、皇帝としての責務を放棄しておられる。だから、それならばいっそのこと、そろそろご退位願おうということになってね」
「は? 退位?」
「そう。それで次の皇帝に誰がなるかということになって、継承順位からいけば私なんだが、私は皇帝などという器ではないし、シュナイゼルはNo.2がいいと本人の希望でね。とはいえ、あれだけ皇位継承者がいながら碌な者がいなくてね。ましな者でもエリアの総督がせいぜいだ。君には悪いが、ナナリーなんて総督としての能力も無いのに父上の思惑で総督だからね。本当に困ってしまって。それでシュナイゼルとも話したんだが、いっそのこと、何も無いところから合衆国日本なんてものをぶちあげた君がいいだろうということになったんだよ。つまり私は君に会いに来た、というよりも、正確には君を次の皇帝にするために迎えに来たんだよ」
「は?」
 ちょ、ちょっと待て、何だ、それは、俺が黒の騎士団のゼロだって知ってるってことだよな。そしてその俺にブリタニアの次の皇帝になれって?
 ルルーシュは先程からのオデュッセウスの言葉に混乱の極みにあった。
「今頃本国ではシュナイゼルが父上の退位の準備をしている頃だ。君の皇帝就任については、とやかく言う他の皇族や貴族たちがいるかもしれないが、何、その点は心配ない。第1皇子の私と帝国宰相でもある第2皇子シュナイゼルの後押しがあるのだから、誰にも文句は言わせない」
「あ、異母兄上、ちょっと待ってください。どうして分かったかはさておき、俺がゼロだって、分かってるんですよね? 俺は帝国への反逆者ですよ。そんな人間を皇帝になんて……」
「もちろん分かっているよ。だからこそ君の能力を認めて皇帝にと言っているんだ。それに壊すなら中から壊す方が楽だよ。だからね、私と一緒に本国に帰ってくれるだろう? 戻り次第君の皇帝への即位式だ」
 オデュッセウスはルルーシュの言葉などどこ吹く風で、その腕を取るとさっさと帰国の途についた。
 蓬莱島では、黒の騎士団が今日もまだ戻らぬゼロを待っている。

── The End




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