深夜、遅くまで行っていた執務を終えて、ルルーシュは私室に引き上げ、寝室に入った。皇帝としての公務服から寝巻に着替えて寝台に入ったが、すぐに眠る気になれず、またそれ以前に眠気もなく、何も考えられずに、ぼーっとした感じでベッドヘッドに上半身を持たれかけさせたまま、何をするでもなく起きていた。
そんなルルーシュの寝室に、部屋をノックすることもなく、C.C.が入ってきて、寝台に近寄った。
「ルルーシュ」
C.C.はそう声をかけるが、ルルーシュからは何の反応も返されることはなかった。
「ルルーシュ」
再度、名を呼びながら、その寝台の傍らに腰を降ろした。
そのことで、漸くルルーシュはC.C.に気がついた、というように、顔を上げてその名を呼んだ。
「どうしたんだ、C.C.?」
「今此処にいるのは、ブリタニアの第99代皇帝ルルーシュではなく、ただの一人の人間であるルルーシュだ。だから何も気にしなくていい、泣きたければ我慢せずに泣いていいんだ」
「泣く? 俺が? 一体何を?
真顔でそう尋ね返してくるルルーシュに、それを見たC.C.はあまりにもそんなルルーシュの様子が見ていて辛くて、そして悲しく、また哀れでならなかった。
「少なくとも、あの計画── ゼロ・レクイエム、すなわちゼロとなったスザクによってルルーシュが殺されること── を知る者たちの前でだけは、おまえの本心を何も隠す必要はない。皆、理解っているからな。
それに、何度も言っているだろう。私だけは、たとえ何があってもおまえの元にいると。おまえが何をしようと、ずっと。だから、最低でも私の前だけでは、おまえは自分を偽る必要はない。私はずっとおまえを見てきた。そしてそれはこれからもだ。私には何も隠さなくていい。だから私にくらい本心を打ち明けろ。ナナリーやスザクへの思いも構わずに。そうでなければ、おまえが耐え切れなくなる時がくるだろう。私はそれが何よりも一番心配でならない」
「……C.C.……」
C.C.の言葉に応えるルルーシュの声は、どこか迷い子の小さな子供のように頼りなげなものだった。そんなルルーシュの頭をC.C.は優しく抱き寄せる。
「他の者の前では、本心を押し隠すしかなくとも、私と二人きりの時は何も遠慮することはない。泣きたいなら泣けばいい。何より、おまえの心を守るためにも」
告げられる言葉に、そして自分の頭を優しく撫で続けるC.C.に、ルルーシュは耐え切れなくなったかのようにC.C.に縋り付き、その服の一部を強く握り締めると、声も出さずに、ただ静かに涙を流しだした。
ルルーシュが愛してやまない実妹のナナリーは、絶対遵守という力を持つ実兄であるルルーシュを、皇室から隠れて過ごしてた7年もの間、これ以上ないほどに慈しまれて育てられてきたにも関わらず、しかもナナリーの言葉がきっかけとなって仮面のテロリスト“ゼロ”となったのだが、それら全て否定し、異母兄であるシュナイゼルに言われるがまま、何を疑うこともなく、ルルーシュが留守にしている間に、母国たるブリタニアの帝都ペンドラゴンに、大量破壊兵器フレイヤを投下することを認め、結果、ペンドラゴンはそこに住まう一億からの住民と共に消滅した。そして第99代皇帝となっていたルルーシュに対し、これもシュナイゼルに担がれてのことであろうが、己こそが真の皇帝であると僭称し、ルルーシュに戦いを挑んできた。そして行われたフジ決戦において、ルルーシュがフレイヤの開発者であるニーナの協力を得て、フレイヤ対策であるアンチ・フレイヤ・エリミネーターをもってフレイヤを無効化させることに成功したことにより、ルルーシュ率いるブリタニア正規軍が勝利し、ナナリーやシュナイゼルらが率いる── 黒の騎士団も超合衆国連合の許可もないままに参戦していたのだが── 旧皇族派による天空要塞ダモクレス側は敗戦し、その身柄を押さえられた。
ナナリーが行ったことは、シュナイゼルの言を信じたことに加え、彼女なりの思い、理由あってのことであろうが、結果だけをみれば、そこに何の意味があろうが、皇帝たることを僭称し、自国の帝都を滅ぼし、そこに住まう一億からの自国民を大量虐殺したこと、つまり、ナナリ−は母国ブリタニアに対する大逆犯であり、大虐殺犯以外の何者でもない。
ルルーシュは己が皇帝となった後、他の皇族を全て廃嫡している。つまり、ナナリー── シュナイゼルもだが── はすでに皇族ではなく、従って皇籍奉還の特権はもはや無いことを意味している。ナナリーには罪を逃れる術、特権は残されていない。そしてまた、実妹ということで特別な計らいをすることなどルルーシュにはとりようがない。そのようなことをすれば、情に流された贔屓以外の何物でもないからだ。だから、裁判において、ルルーシュは判事に対し、ナナリーが皇帝たる己の実の妹であることを何ら斟酌する必要はなく、あくまですでに廃嫡された元皇族、つまり一般の庶民として扱うようにと厳命すらしている。決して特別扱いするなと。そして裁判にあたっては、ナナリーは、悪いのは、責任は全てルルーシュにあって、自分には何も責任はないと、あまりにも自分の為したことの意味、その結果を考えておらず、最後まで喚き散らしてルルーシュを罵っていたが、それに耳を傾ける者は誰一人としておらず、何も理解していないと、往生際の悪さだけが目立ち、民衆の間からは、兄であるルルーシュに対する同情の声が広がっていた。シュナイゼルが自分の部下であるカノンと共に全てを告白していたことから、それは余計に対照的であり、なおさらだった。
そして裁判の結果、ナナリーとシュナイゼルは公開処刑となった。そうでなければ、庶民たちが納得しなかっただろうからだ。ちなみにコーネリアに関しては、ペンドラゴンへのフレイヤ投下後、シュナイゼルと意見を異にし、そのためにシュナイゼルが処分させたとのことだったが、その死体を見つけて確認することができなかったことから、念のためを考え、国際指名手配となっている。また、黒の騎士団の団員たちについては、超合衆国連合側に引き渡されている。そこでどのような結果が出されたのか、そこまではルルーシュも詳しくは把握していない。ただ、無事に、何の処罰も受けずに済んだ日本人幹部はいなかったことしか。もちろん、カレンも含めてのことである。
そして処刑されたナナリーとシュナイゼルの遺体は、王家の墓に葬ることも許されず、犯罪人たちが葬られる共同墓地に葬られた。スザクは、今は獄にあって処刑を待つ身だ。やがてスザクもそこに葬られることになるだろう。ただ、スザクについては最後まで計画の変更を話さなかったことだけは申し訳ないと、ルルーシュはそう思っているが、スザクの性格を考えると、どうしても事前に話すことができなかったのだ。結果、騙した形となってしまった。
「今では、この国では皆がおまえを支持している。特権を剥奪された元皇族や元貴族、一部の富裕層だった者たちを除いては、おまえがかつてゼロとしてブリタニアに反逆していたことを知り、それも含めてだ。
おまえは皇帝としてよくやっている。常に国と民衆のこと、ひいては世界のことを考え、無私無欲で。それを民衆はよく理解している。ナナリーのことを、実の妹だからと特別扱いしなかったこともあってな。却って同情を引いているくらいだ。
はっきり言って、私はおまえの苦労や思いを何も知らず、気付かずにいたナナリーもスザクも大っ嫌いだが、ナナリーがたとえ何をしようと、おまえにとっては何にも代えがたい大切な愛しい妹であったことを知っている。近く処刑されるだろうスザクが、再会してからは何度も自覚のないままにおまえを裏切り危険な目にあわせていたことも知っている。それでも奴がおまえにとって、初めてできた大切な幼馴染の友人であったことは変えようのない事実だ。その事実まで忘れる必要はない。思い出は思い出として大切にしていていい。ただ、その思い出に縋ることさえなければ。二人のことは、悲しい思いだけではない、大切な思い出もあったはず。それはそのまま、おまえの胸の内に大切にしまっておいていい。二人の存在は、決しておまえに悲しみを、辛さを、それだけを残したのではないはずだから。
そしてまた、決して忘れるな。おまえは一人ではないということを。おまえを大切に思い、懸命に尽くそうと思っている者たちがいることを。そして何よりも、おまえが何をしようともずっとおまえの傍にいると、そう誓った私がいることを。全てを一人で抱え込むことはない。辛いこと、悲しいことがあれば、その内容によっては、皇帝としてのおまえは、民衆の前ではそれを表に出すことはできないだろうが、おまえを理解し、支えようとしてくれる者たちがいる。何時もおまえを見守っている私がいる。それを忘れないでくれ。民衆たちとて、おまえの大変さは理解してくれている。何せ、帝都を消滅させられているのだからな。
耐え切れなくなったら、何を遠慮する必要もない、私たちに、私にぶつけろ、それでおまえから離れていくような私たちではないからな。繰り返すが、おまえは決して一人ではない、それだけは忘れてくれるな、覚えていろ」
C.C.を縋るように抱きしめながら、ルルーシュは思う。こんなに長舌なC.C.は、思えば初めてだな、と。そしてまだ涙の跡を残しながら、ゆっくりとC.C.を抱きしめるその手を解いた。
「……ありがとう、C.C.」C.C.の言葉に、ルルーシュは何かが吹っ切れたような気がした。そのためか、C.C.に感謝の意を込めて些か軽い口調で問う。「ところで、もう抱き枕は不要か?」
一瞬、ルルーシュの言った言葉に目を見開いたC.C.だったが、すぐに笑みを浮かべて応じた。
「そういえば、ここ暫く、いや、随分とご無沙汰だったな。まあ、色々とあったから仕方なかったが。では、せっかくおまえから口にしてくれたんだ、その言葉に甘えよう」
そう答えて、C.C.は掛け布団を上げると、ルルーシュの隣に潜りこんだ。明日の朝、ルルーシュを起こしにくるだろう咲世子を久しぶりに驚かせることになるな、と思いながら。
一方、ルルーシュは思う。皇帝としてある時はそういうわけにはいかないが、それ以外の時、あくまで私人としてある時は以前と変わらないのだと。ただ、大切だった二人の人間が、優しい思い出の存在だけとなってしまったこと以外には。
そうして翌日から、ルルーシュにとっては同じようでいて、だが少しばかり違う日が始まるのだ。
── The End
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