その日、朝一番で本国の皇帝となったばかりのオデュッセウスからエリア11総督たるナナリーに通信が入った。
『エリア11総督ナナリー・ヴィ・ブリタニア、君の総督位を本日をもって解任する』
突然の解任との言葉に、ナナリーを驚愕が襲う。
「な、何故ですか?」
『君に総督は無理だと判断した』
「でもお父さまは私を総督として認めて……」
『先帝であった父上には父上なりの思惑あってのことだろうが、私は違う。
君が総督としてエリア11に派遣されてからこれまでの行動全てを聞いて、そして直接ではないが現状を見て判断した。君は為政者足り得ない』
「お言葉ですが陛下、総督は一生懸命やってらっしゃいます、それを……」
ナナリーの傍に控えていたスザクが一歩前に出て弁護するように言葉を挟んだ。しかしそれはオデュッセウスの怒りを買っただけだった。
『黙りたまえ、枢木スザク! 君に発言を許可した覚えはない!』
「も、申し訳ありません」
スザクには詫びて一歩下がるしかなかった。
『一つには言動不一致。君は黒の騎士団に対して行政特区日本への参加を呼びかけながら、その一方で彼らに攻撃を仕掛けた。これでは信用は得られない。もっとも、これはそこにいる枢木に大きな責任があるようだが。しかしそれも君がしっかりしていればそのような事は起きなかったはずだ。
そしてその行政特区だが、愚策としか言えない国是に反したユーフェミアの策を、そのまま何の検証もしようとせずに再建しようとした。しかも結果として特区は参加者の一人もなく失敗し、そればかりか100万人ものイレブンの海外亡命を許した。
さきほど枢木は君は一生懸命やっていると言っていたが、実際のところ、君が総督として、為政者として何を学び何を為したのか、全く聞こえてこない。そしてそんな役に立たない総督を私は認めない。
所詮君は、ルルーシュを釣り縛るための柵でしかなかったというわけだ』
俯いたまま、じっと黙って耐えてオデュッセウスの言葉を聞いていたナナリーだったが、最後の言葉に顔を上げた。
「え? 私が、お兄さまを釣り縛るための柵……?」
『一番近くにいながらルルーシュがしていることに気付いていなかったのか、君は』
呆れたようなオデュッセウスの言葉が続く。
『何故自分だけが皇族に戻れたのか、戻されたのかも理解していなかったのか。
ルルーシュが黒の騎士団のゼロだからだ。そうでなければ父上は継承権87位と低位の、しかも何の後ろ盾も能力も無い君を総督になどされなかっただろう』
「お兄さまが、ゼロ……?」
兄がゼロなら、自分は何をした? エリア11赴任直前、自分の元に現れたゼロを、自分は拒否した、否定した。でもゼロはクロヴィスお異母兄さまとユフィお異母姉さまを殺したテロリストで……。それらの思いに、ナナリーは軽い恐慌状態を引き起こしていた。
その一方、ユーフェミアの特区政策を、素晴らしい理想の姿と思っていたものを愚策と断ぜられて、ナナリーの傍に控えていたスザクは怒りと口惜しさに唇を噛みしめ、両の拳を強く握り締めていた。
今度はそんなスザクにオデュッセウスの声がかかる。
『枢木スザク、君もラウンズから解任する。もちろん騎士侯の身分も剥奪だ』
「えっ?」
突然のことに、スザクは対応できなかった。
『個人技も重要だが、真面に隊の指揮を執れない者はラウンズとして失格であり、そうである以上必要ない。それに何よりも、騎士として、主が死んだからといって別の力ある主に即座に乗り換え、また人としては、友人を売って己の出世を買うような人間を私は信用しない』
スザクはオデュッセウスの言葉に大きなショックを受けた。
それでは自分の望みはどうなるのか。ワンになってエリア11を自治領として貰い受けるという自分の計画は。
今のスザクには、ナナリーのことも、ゼロことルルーシュのこともなかった。ただ自分の計画が計画だけで終わり、これまで自分が積み上げてきたことが全て無駄になったのだということしかなかった。
『Ms.ローマイヤ』
オデュッセウスは、今度はナナリーを間にしてスザクと反対側にいたローマイヤに声をかけた。
「はい、陛下」
『あと二人のスリーとシックスのラウンズにも本国への帰還を命じた。そして新しい総督は現在選任中だ。なるべく早く決めるつもりでいるが、それまでの間、前総督のカラレス亡き後、代行を務めたギルフォード卿と共にエリア11の事を任せる』
「畏まりました、謹んで承ります」
ローマイヤが恭しくスクリーンの向こうにいるオデュッセウスに礼を取る。解任を言い渡された二人とは対照的である。
ローマイヤは思う。
ナナリー第6皇女は、皇族とはいえ半分は庶民出の血であり、皇位継承権も87位と低く、足だけならまだしも目も不自由な状態で、幼い頃にエリアとなる前の当時の日本に送られて以来、皇族として真面に過ごしたのは僅かここ一年程のことでしかなく、為政者として碌な教育も受けておらず、元々が総督などという地位に着くこと自体に無理があったのだと。
そしてスザクに至っては、そもそもナンバーズ上がりの名誉如きが皇族の騎士に召し上げられたこと自体が間違っていたのだと。
その頃、本国の帝都ペンドラゴンにある宮殿の皇帝政務室では、オデュッセウスが思っていた。
これでいいと。
宰相であるシュナイゼルは、皇帝親政のためにほとんど出番はなくなったが、本人自身に野心そのものがなく、全てをあるがままに受け入れている。
そして対外的には、まだ政策としてはっきり打ち出してはいないが、自分の政策は父であるシャルルとは異なり、穏健融和路線であり、成立したばかりの超合集国連合と事を構える気はない。つまりその軍事組織である黒の騎士団と戦う意思は今のところはなく、超合集国連合と話し合いの場を設けるつもりでいる。
それに実際のところ、黒の騎士団にいるゼロことルルーシュの能力を無駄な戦闘で浪費するのは惜しいと思っている。それよりもできるならば手元に置きたいとすら思う。それにはあの二人── ナナリーとスザク── は邪魔な存在でしかないのだ。
一日も早く懐かしい異母弟に会いたいものだと、オデュッセウスは思った。
── The End
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