回 帰




“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの死からおよそ一年、世界の人々の声を一言で纏めるとするなら、「こんなはずじゃなかった」とでもなろうか。
 ルルーシュの死により、世界は戦争ではなく話し合いの席に着くようになり、何事も武力ではなく話し合いによって解決を図る世界になるはずだった。ブリタニアのナンバーズ制度は廃止され、植民地も無くなって、世界の国々は平等になるはずだった。
 だが現実は違う。
 確かにかつてのブリタニアが行ってきたような強大な武力による戦争という状態こそはなくなった。超合集国連合の剣であり盾である黒の騎士団が世界で唯一といっていい武力集団となり、戦争は回避されている。
 しかしそれは大きな武力衝突が無いだけで、各国間の利害関係から、小さな衝突は幾つも起き続けている。軍という組織はなくなっても、国境警備隊などの多少の武器を所持した組織はいずれの国にも存在し、その組織の武力に関してはそれぞれの国の裁量によるところが大きく、超合集国連合としても軍隊ではないと言われればそれ以上強く出ることはできないのが実情である。
 各国間でもっとも事がうまく運んでいないのは、ブリタニアとブリタニアの旧エリアである。
 ブリタニアはルルーシュの死後、各エリアの要望に従って即刻返還、解放した。それはまだいい。しかしその後の対応がまずかった。
 本来ならば各エリアはその復興状況を鑑みながら解放される予定であった。それを帝政を改め合衆国ブリタニアとなった国の代表であるナナリー・ヴィ・ブリタニアは、各エリアが望んでいることだからと、それぞれの状況を把握することなく、即時の解放に応じたのである。
 このような解放の状態に、旧エリア各国はある意味で混乱した。各国の亡命政権は各々の国に戻り、きちんと機能するかと思われていたが、利害関係のもつれに加え、そもそも国家としての基盤、基礎があまりにもずたずただったのである。
 ブリタニアに搾取され尽くし、疲弊し、エリア時代、真面な教育も受けていなかった大勢の者たちを前に政権は態をなさなかった。その状況に、ブリタニアからは援助の手が差し伸べられはしたが、それは対等の国と国としてではなく、ナナリー政権のそれは、施し、だったのである。つまり上から目線だったのだ。
 それでなくともかつての宗主国とその植民地だった国である。その国民感情は最初からブリタニアに対して好意的なものであろうはずがない。そこに上から目線の施しといった態度での援助を、状況から致し方なく受け入れはすれど、その感情が良くなるはずがないのである。感情的な面に関して言えば、むしろ悪化の一途を辿っているといっていい。そしてそんな人々、国々の感情を、ブリタニアの代表となっているナナリーは何も気付いていない。調べたりなど、知ろうとすることすらしていない。援助さえすればそれでいい、あとは関係ない、とばかりに。
 国家の大小、豊かさの比はあれど、国と国の付き合い、外交を行っていく上では、確かに場合によっては力を示すことも必要かもしれないが、あくまで対等であるべきなのである。それを可哀想とか、憐れみをもって援助という名の施しをするのでは、表面上はどうあれ、良い関係が生まれようはずがない。
 代表であるナナリー自身には施しの意識はない。あくまでただの援助だと思っている。しかしその中に、かつて戦争をしかけ植民地としてきたことに対する損害賠償といった意識は欠片もなかった。
 それはナナリーの政治、外交に関する造詣の無さに由来する。そしてまたナナリーを取り巻く閣僚や官僚たちの意識の改革が進んでいないこと、つまり未だ帝政時代の選民思想に染まったままであるにもかかわらず、ナナリーがそれを理解せぬままに登用していることに一番の問題があったのかもしれない。
 そしてまたブリタニア国内においても、そんなナナリー政権に対する反感は強い。
 ルルーシュ時代の方がまだましだったという感情がある。ブリタニアは強国でいられたのに、現在はエリアは一つも無くなり、差別する側だったのが逆にブリタニア人ということで他国人から差別を受ける立場になっている場合もままあるようになった。その上、かつてのエリアから入ってきていたものが無くなり、旧エリアへの援助という名目の下、逆に税金が高くなり、品物の不足などから物価は上昇し、国民の意識や意欲は低下し、その心は荒みつつある。
 そんな中、ネットなどを通じて国民の間に流れた情報。
 それはかつてルルーシュが為したと言われる悪行のほとんどが出鱈目、捏造されたものであり、また帝都ペンドラゴンを滅ぼしたのが、他ならぬ現在の代表であるナナリー陣営の放った大量破壊兵器フレイヤであり、ルルーシュの強権により殺されたとされる一億余りのそのほとんどが、実際にはペンドラゴンに投下されたフレイヤによる被害者であること。
 更にはどのようなルートを経て流れたのかは知れないが、黒の騎士団の旗艦であった斑鳩の4番倉庫における黒の騎士団幹部たちによるゼロへの裏切り、ゼロがその仮面を外すシーンまでもがあり、その情報を見た者たちは、ゼロの正体を知った。つまり“悪逆皇帝”とされたルルーシュこそが、ゼロ本人であったと。
 また── ルルーシュがゼロである以上、偽物である── ゼロによって忙殺されるシーンの、ルルーシュの満足そうな笑みを浮かべた顔。加えてルルーシュが死んだ後、その死に対して疑問を持った者たちによる各種投稿等々。
 論調は日毎に強さを増し、現在のゼロを、ナナリーを、そしてその政権運営を、国家の在り方を否定していく。それはやがてブリタニア国内だけではなく、国境のないネットというものを媒介としているために世界共通の認識となりつつあった。
 しかしナナリーはもちろん、ゼロもネットによって流れる情報の恐ろしさというものに気付いていなかった。ネットという媒体に対する情報の取り締まりの難しさもあったが、当事者たちの認識不足がもっとも大きな要因と言えた。
 超合集国連合、ゼロ、そして現政権に対する不満や批判、それは新首都であるヴラニクスにおける連日のデモとなって表面化した。そのデモに対して、他国の者たちからの応援の声がこれまたネットで書き込まれる。
 政権は特殊警務隊を出動させて治安に当たったが、その警務隊の中にもサボタージュする者や、逆にデモに参加する者が現れるなどの状態が発生し、一向にデモの鎮圧には至らなかった。
 けれどナナリーには人々の声は届かない。彼らが何を言っているのかは分かっても、意味を把握できていない。ナナリー本人に悪気はないのだが、自分の何が悪いのかが理解できていないのだ。
 デモ参加者の中には、かつての帝政時代を懐かしみ、帝政への回帰を望む声すらまでもが上がってきた。
 民主主義国家として、合衆国ブリタニアとなっても良いことなど何一つない。むしろ悪化したことばかりだ。政権を運営する閣僚や構成された議会の議員たちは、活動資金が豊富だった元貴族や富裕層が多く、ルルーシュによって為された改革のほとんどは撤廃され、賄賂なども横行している。しかも代表は、自国の帝都にフレイヤを投下した大量殺戮者なのである。そしてそれに対する反省の弁が一切無い。
 そんな状態ではルルーシュが皇帝としてあった時代を懐かしむ声が出てもおかしくはない。少なくとも、ルルーシュが皇帝でいた間、国家の運営に問題はなかったし、翻って考えてみるに、ルルーシュの時代というのは改革の時代であり、彼が為したドラスティックな改革こそがブリタニアという国の進化であったのだ。
 フレイヤ投下時、たまたまペンドラゴンを離れていて逃げ延びた── 生き延びたとも言う── 皇族の中から新たな皇帝を選び、再び帝政に戻ろうという声がだんだんと大きくなっていた。
 デモがブリタニア全土に広まるうちに、今ここで帝政に戻ったとしても、ブリタニアがかつてのような弱肉強食、覇権主義、人民統制を執ることは国民の意識が変わった以上、有り得ないと思われることから、立憲君主制が良いのではないかとの声が識者の間からも上がってくる。それらにナナリーは応える術を全く持たない。ブリタニアは以前と同じではないまでも帝政時代に回帰することになるのか。
 世界の人々からその信用を失い、ゼロに対する裏切りを責められる黒の騎士団の当時の幹部たち、黒の騎士団を真面に機能させることができず、本物のゼロを失った超合集国連合、そして大量殺戮者である合衆国ブリタニア代表── ナナリー── と、その代表を支持する、今では偽物と分かっているゼロ、及び合衆国日本の── かつての黒の騎士団事務総長でありゼロを裏切った── 扇首相。彼らへの批難の声は日毎に力強くなって世界を駆け巡る。

── The End




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