砂の十字架




 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。ゼロ・レクイエムと自ら名付けた計画によって、己の代わりにゼロとなった枢木スザクに刺され、大衆の面前で紛れもなくその命を散らせた。



 しかし、事実は違う。
 Cの世界において、本人も知らぬ間に、父でありブリタニア皇帝であるシャルルからコードの継承が為されていたのだ。
 ルルーシュが息を吹き返し、その意識を取り戻したのは、町外れにある鄙びた教会の中だった。
 ルルーシュを見守るのは、自身を魔女と呼ぶ、同じくコードを持つ不老不死者たるC.C.と、改造されてギアス・キャンセラーの能力を持たされ、半機械人間と化したジェレミア・ゴットバルトの二人。
 ルルーシュにしてみれば、後に残った人々に全てを託して終わったはずの人生だった。
 ゼロとして()ち上がってからこちら、ブリタニアとの戦いの中で多くの人の命を失った。
 彼らにしてみれば、日本独立の礎となったと決して後悔などしていないだろうが、ルルーシュにはそうして失った命に対しての贖罪の気持ちがある。
 ましてやブラック・リベリオンでは私事を優先し、多くの仲間を見捨てたのだ。
 そして100万人の日本人を率いて中華連邦の蓬莱島に身を退き、超合集国連合を設立して、そして決した第壱號決議、日本奪還作戦の決行における第2次トウキョウ決戦でのフレイヤによる数多(あまた)の被害。その被害を前にしてもルルーシュは妹ナナリーのことで頭が一杯で、他に目を向ける余裕を失っていた。
 更には自分が行ったことではないとはいえ、自分がブリタニア皇帝となったばかりに、シュナイゼルによって帝都ペンドラゴンにフレイヤが落とされ、億に近い人々が一瞬のうちに帝都もろとも消滅させられた。
 そのシュナイゼルと戦うために、多くの兵士にギアスをかけ、発射されたフレイヤに対して、時間稼ぎのためとはいえ、特攻をかけさせるという手段でしか対抗できなかった。最後はそうして稼いだ時間でどうにか完成したアンチ・フレイヤ・システム、アンチ・フレイヤ・エリミネーターによって防ぐことはできたが、それまでに死なせてしまった数多の命。
 それらの人々にも掛け替えのない存在があったであろうに、それを無視して、いや、正確に言うならば、あえて考えることをせず、ただ勝つために、シュナイゼルを倒す、そのためだけに数多の命を散らせた。その命の上にルルーシュの生はある。
 だからせめて自分の命と引き換えに、この世の憎しみ、負の連鎖を断ち切り、後に妹のナナリーが望んだ“優しい世界”を遺して逝くつもりだった。それが己の贖罪だと、課せられた十字架だとルルーシュは考えていた。
 それが蓋を開けてみればどうだ。
 生き返り、そしてもう二度と死ぬことの叶わぬ躰となった己。
 あるいはそれこそが、神が与えたもうた己の背負うべき十字架なのか。
 様々な思いがルルーシュの脳裏を(よぎ)る。
 その傍らで、これからどうするのか、C.C.とジェレミアが己の判断を待っているのが分かった。
「……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ、それが歴史上の事実だ。
 今此処にいるのは、魔女たるC.C.の唯一の共犯者たる魔王ルルーシュ」
 ルルーシュは言いながら、C.C.に目を向けた。そして一瞬目を閉じる。
「俺はもうこの世には存在しない人間。表に関わることはない。ただ、人々の未来を信じて永の時間(とき)を生きていこう。愛する者たちの幸せを祈りながら」
「ルルーシュ様」
「ジェレミア、おまえもまた、俺やC.C.とは違うが、普通の人間とは異なる時間(とき)を生きていくこととなるだろう。どうする、俺たちと来るか? それとも……」
「ご一緒させていただきます!」
 ジェレミアはルルーシュの言葉を最後まで聞くことなく、何の躊躇いも見せずに言い切った。
「この命の続く限り、ルルーシュ様のお傍にお仕えさせてください」
 ジェレミアのその言葉に、ルルーシュは綺麗な微笑みを浮かべた。C.C.も笑顔を見せていた。
「これからは三人でひっそりと生きていこう。俺たちのために犠牲になってしまった人々の命を悼みながら。それが俺たちに課せられた十字架なのだろうから」
 そうして三人は誰に知られることもなくトウキョウ租界を離れ、何処へともなく旅立っていった。トウキョウ租界、いや、そこに限らず、世界中の、何も知らない人々の“悪逆皇帝”の死に対する歓喜の声を後にして。

── The End




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