神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロに殺されてから一ヵ月ほどして、カレンはアッシュフォード学園に復学した。カレン・シュタットフェルトとしてではなく、日本人の紅月カレンとして。
ルルーシュの死が何を意味するのか、カレンは分かった気がした。何故ならゼロはルルーシュのはずだったから。ルルーシュは最初から死ぬ気だった。自分たちを裏切ったりしていなかった。裏切ったのは自分たちの方だったのだと。そしてルルーシュは自分たちに優しい世界を遺してくれた。
だからせめてルルーシュと交わした約束を、全てが終わったら、アッシュフォードに戻ろうという約束を、自分だけでも果たそうと、カレンは学園に復学したのだ。
そんなカレンに、教師陣はまるで腫れ物に触るように接した。
それはある意味当然の事かもしれない。
一般の民衆は、ルルーシュが何故あんなふうに死んだのか知らなかったから。そんな一般人からは、カレンたちは悪逆皇帝と最後まで諦めずに戦った英雄だったのだから。例えカレン自身が、今ではルルーシュは悪逆皇帝なんかじゃないと気付いているとしても。
しかし何も知らない教師陣がカレンに対して取る態度は、世界の在り方のために真実を明かすことができない以上、致し方ないものであると、そうカレンは諦観していた。ルルーシュのためにもカレンは英雄でいなければならなかったから。それがルルーシュの願いであったのだろうから。
だがカレンのその考えは甘い物だった。 学園に復学したカレンを待っていたのは、腫れ物に触るような態度の教師陣だけではなかった。生徒たちの冷たい視線だった。その視線の意味を、カレンは掴みかねていた。一般の民衆にとって、カレンたちは彼らを、世界を悪逆皇帝から解放した、そのために戦った英雄であるはずで、そんな冷たい視線を向けられるような覚えはなかった。実際、ルルーシュが殺された日からこちら、カレンたちを英雄と褒め称え、持ち上げる者はいても、貶める者はいなかった。
それなのに何故、この学園の中では冷めた視線を向けられるのか。カレンにとっては疑問でしかなかった。理解のしようがなかった。少しでも想像力が働けば分かっただろうに。
そして待っていたのはその視線だけではなかった。
教科書が盗まれた、体操着が盗まれた、見つかったと思ったら、汚い文句が書かれてあった。まるで枢木スザクが学園に編入してきた当初の頃のようだった。それだけではない。携帯に差出人不明の不審なメールが何通も届いた。内容は、「死んでしまえ」「人殺し」「殺戮者」「ブリタニアの血を引いているくせに、日本人を名乗る馬鹿なイレブン」等々。
人の意識はそう簡単に変わるものではない。だから未だ選民思想の抜けないブリタニア人学生の嫌がらせかと、カレンはそう考えた。それならばある程度致し方ないのかもしれないと思った。きっと時が経てば考え方も変わって来るだろうと。
しかしそれらは一向に収まる気配を見せなかった。
いい加減カレンも我慢できなくなって来た頃、放課後に本校舎の裏に呼び出しを受けた。カレンを呼び出したのは、名前も知らない生徒だった。
呼び出された本校舎の裏でカレンを待っていたのは、一人や二人ではなかった。複数の男女がいた。高等部だけではなく、中等部の生徒や、大学部の学生もいた。
自分を取り巻いた学生たちを見回して、カレンは大きく溜息を零してから言った。
「いい加減、陰湿な事は止めてもらえないかしら。世の中は変わったのよ。もうナンバーズ制度はない、ブリタニア人だけが優れているなんてことはないって、気付いてもいい頃だと思うけど」
カレンのその言葉に、学生たちは嘲りの笑みを見せた。
「?」
自分は何か間違った事を言っただろうか、とカレンは思った。
「あなた、何か勘違いしてなくて?」
自分を取り囲む者たちを代表するようにして、一人の高等部の女生徒が口を開いた。
「勘違い?」
カレンは首を傾げた。自分が何を勘違いしているというのかと。
「あなた、自分が、自分たちがやってきたこと、自覚してないの?」
「……私は世界のために、そしてブリタニアから日本を解放するために戦ってきただけよ」
「よく言うわ。大量殺戮者の一味が」
「な、何の事?」
事ここに至って、漸くカレンは自分の思い違いに気付いた。彼らがカレンをイレブンとして見下して陰湿な苛めを繰り返したのでも、今日呼び出したのでもない事を。しかし実際の意味するところは分からない。確かにブリタニアと戦って大勢の軍人たちの命を奪ったかもしれないが、大量殺戮者なんて言われるほどのことをした覚えはカレンにはない。
「あなた、自覚ないの?」
カレンの様子に、代表者たる女生徒が呆れたように聞き返した。
「自覚、って……」
「あなた、ナナリーの元でルルーシュ君と戦ったのよね。ペンドラゴンをフレイヤで消失させたナナリーに味方して」
「あっ!?」
カレンは言われた言葉に大きく目を見開いた。
「自覚無かったの? あなたはペンドラゴンを消失させ、一億余りもの人間を一瞬のうちに殺した大量殺戮者であるナナリーの陣営にいたのよ。私の兄はその時ペンドラゴンにいたの。あの時、身内や友人がペンドラゴンにいたのは私だけじゃない、皆多かれ少なかれいたのよ。だからあなたは大量殺戮者の仲間だって言っているの」
その告げられた言葉に、カレンは思わず後ずさった。
「それだけじゃないわ」
今度は別の女生徒が口を開いた。
「あなた、ルルーシュ君を殺したゼロの仲間だったのよね。ブリタニアの血を引くくせに、ブリタニアに反逆したのよね」
「ルルーシュ君がどんな人だったか、同じ生徒会に所属していたあなたなら理解っていたと思うのだけど」
「ルルーシュ君が悪逆皇帝なんかであるはずないじゃない。彼は優しい人よ」
「私たち調べたのよ、“悪逆皇帝”として彼がしたと言われてること。ほとんど出鱈目じゃない。億という人間を殺したのは、ルルーシュ君の妹のナナリーで、彼女こそ悪逆女帝だわ」
「そんな悪逆女帝に味方していたあなたも悪人よ、ただの人殺しよ。ルルーシュ君と私たちの身内の仇なのよ」
次々と放たれる言葉に、カレンは返す言葉を持たなかった。
「……わ、私は……」
「私は、何?」
一人が小首を傾げながら、尋ね返す。
「そんなつもりはなかった、とでも言うつもり?」
「この学園で開かれた超合集国連合の評議会では皇帝のルルーシュ君を檻に閉じ込めて、潜ませていたKMFで殺そうとまでしてたわよね。同じ生徒会の仲間だったルルーシュ君を」
「あの優しいルルーシュ君を悪逆皇帝って最初に詰めったのは、合衆国日本代表で、連合評議会議長の皇神楽耶だったわよね」
「それってあなたたちの代表よね。彼がそれまでにしたことは、エリアの解放や、ナンバーズ制度の廃止、既得権益者の権利を奪ったりしただけで、悪逆皇帝なんて言われるような事をしたことはなかったのに」
「ルルーシュ君を閉じ込めて抵抗できないように仕向けて、ブリタニアに対して身勝手な内政干渉をしようとしたのは黒の騎士団と超合集国連合の方よね」
「彼を悪逆皇帝にしたのはあなたたちよね。あなたたちは自分たちが正しいと、自分たちを正当化するために彼を貶めたのよ」
「人殺しが大きな顔をしてこの学園に通わないでくれる?」
「迷惑なのよ、人殺しのテロリストのくせに英雄面してこの学園に通うなんて」
「私たちから優しいルルーシュ君を奪った人間の皮を被った雌豚のくせに」
カレンが後ずされば、前にいた者たちがカレンに迫ってくる。
後ずさりし続けて、カレンは、ドン、と何かにぶつかった。振り返ってみれば、そこにはまた別の男子生徒たちがいた。カレンの表情が蒼褪める。
「……あ……っ……」
もう下がることもできず、カレンは追い詰められた。
後ろにいた男子生徒に背中をど突かれた。カレンはつんのめるようにして前に踏み出す。
カレンを取り囲む円陣はだんだん小さくなっていった。
「人殺し!」
「大量虐殺者の仲間のくせに! ルルーシュ君を悪者にした、あんたたちの方が本物の悪者のくせに!」
「罪の無いルルーシュ君に罪をなすりつけて殺した側の人間が、ルルーシュ君の優しい思い出の詰まったこの学園に通うなんて許せない!」
「さっさと辞めてよ」
「もうこの学園に来ないでよ! ルルーシュ君の思い出が穢れるだけだわ!」
女生徒たちが言葉でカレンを責める中、男子生徒たちは黙ったままカレンを突きまわす。
カレンは漸く理解した。
自分たちがした事はルルーシュを裏切っただけではなく、彼を追い詰めて、死に至らしめて、そして自分が為した事ではないとはいえ、ナナリーたちに味方したということは、ペンドラゴンに身内がいた者にとっては、自分は仇の仲間、仇の一人なのだと。そしてそれに対して反論の余地がないことを。
「さっさとこの学園を出て行きなさい! 人殺し!!」
最初に口を開いた女生徒が、最後通牒のようにカレンに告げた。
── The End
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