偽りだらけの騎士




「ナイト・オブ・セブン! あなたは何ということをしでかしてくれたのです!!」
 作戦を終えて政庁に戻ったスザクを出迎えたのは、怒りに満ちたローマイヤの声と表情だった。
「あの、一体何を……」
 ローマイヤが自分に対して怒りを向けているのは分かる。だが、それが何に対してなのかが一向に分からない。ローマイヤの怒りをこうむるようなことをした覚えは、スザクには一切なかった。
「ナナリー総督は、黒の騎士団に対して“行政特区日本”への参加を呼びかけました。つまり、話し合いをと。なのに、その黒の騎士団に対してあなたは何をしたのです!?
 総督が呼びかけたその日のうちに、あなたは彼らに対して攻撃をしかけた。総督が黒の騎士団に参加を呼びかけたシーンと、あなたがその黒の騎士団に対して攻撃をしかけたシーンとが、全世界に向けて電波をジャックして流されています」
「そんな事が!?」
 このエリアだけではなく、全世界に向けて流されている、ということに驚きの声をあげたスザクだったが、それはローマイヤにしてみれば、見当違いの答えも甚だしい。
「あなたは確かにラウンズ、つまり臣下の中では最高位ではありますが、あくまで臣下の中でのことにすぎません。それに対して、総督であるナナリー皇女殿下は、継承権は低いとはいえ、れっきとした皇族。つまり、ナナリー総督とあなたの関係は、仕えるべき皇族と、それに従う臣下でしかありません。加えて、あなたは総督補佐でもある。そちらでもあなたは総督の意思に従うべき立場にあるはず。それを、あなたは総督の意思を無視して黒の騎士団に対して攻撃をしかけた。この事が何を意味するか、あなたには分からないのですかっ!?」
「ですが彼らはテロリストであって、倒さねばならぬ存在、敵です。しかもこのエリアにおいては最大の。その黒の騎士団に対して攻撃をしかけたことの何が問題だというんですか!?」
 口には出さなかったが、ローマイヤは、これだからナンバーズは! と思った。
 名誉ブリタニア人、などと聞こえばかりは多少はいいが、所詮ナンバーズはナンバーズ。ローマイヤは彼らには物の道理は分からないのだ、理解できないのだとの意識を、そして蔑みの気持ちを強くした。
「あなたは総督が参加を呼びかけたその日のうちに、黒の騎士団に対して攻撃をしかけた。総督の意に反して。つまり、あなたは皇族である総督に逆らったということです。これでは朝令暮改もいいところ。彼らが行った、全世界に情報を発したことによって、ナナリー総督は、このエリアだけではなく、世界中で、その言葉は信用のならないものだと、口では良さそうなことを言っていながら、実際には奸計に嵌めて敵を倒そうとする、決して信頼してはならない存在だという認識を持たせたのです。これからは総督が何を言おうと、為そうと、誰も何も信じないでしょう。総督の信用は地に堕ちました。総督を窮地に陥れたのですよ! これで総督に一体どうやってこのエリアを治めていけというのですか!? 下手をすれば総督に対して本国からどのような懲罰が下ることか。それでなくても“行政特区日本”の設立などということを持ち出して国是に逆らっているというのに!」
 ローマイヤの言葉を聞いているうちに、スザクは段々と顔色を蒼褪めさせていった。スザクにしてみれば、ブリタニアに逆らうテロリストに攻撃を加えた、それだけのはずだった。だがそうではないのだ。自分がした事は、総督であるナナリーの意に反したことであり、彼女の言葉を無かったことにしたことなのだと漸く理解して。
「総督には全て報告させていただきました。放送されたものを含めて。とはいえ、総督は盲目でいらっしゃいますから映像を見ることは叶いませんが、音声は聞き取っていらっしゃるでしょう。黒の騎士団の言い分を。それに対して、あなたがご自分の意に反して為したことについてどのような判断を下されるのか、とても興味深くはありますね。何せ総督にとって、あなたは誰よりも大切で信用のおける幼馴染だそうですから。けれどそれがまた更に周囲の者たちの反感を買うことになるのですが、果たして総督ご自身はそれをどこまでご理解していらっしゃるのか。これもまた疑問ではありますね。ともかく、これで総督は穏健なことは言ってられず、強権をもって統治していくしかなくなりました。総督にそれができるかどうか、大いに疑問ですし、それ以前に本国から何らかの沙汰がある可能性が高いですが。あなたもせいぜい首を洗って待っていらした方がいいかと思いますよ」
 それだけ言うと、ローマイヤは踵を返してスザクの前から立ち去った。その時、すでにスザクには返すべき言葉は無かった。そして立ち去り際のローマイヤの、誰に聞かせるでもないだろう言葉がはっきりと耳に入る。
「いかにラウンズに取り立てられたとはいえ、所詮ナンバーズはナンバーズということなのでしょうね。そしてそのような者だけを信用し、肝心のブリタニア人官僚の意見を無視する総督が問題ということなのでしょう」
 それは、明らかな総督批判、皇族批判を含む言葉ではあった。しかしローマイヤに、いや、ローマイヤだけではなく、この政庁に務める者全てがだろう、そのように考えるのは、自分が取った行動と、普段の自分とナナリーとの間の行動に問題があるのだと、いまさらながらに思い知らされた気がした。
 ナナリーが総督として赴任してくる前、スザクはアッシュフォード学園に復学した。
 ルルーシュのギアスを否定しながら、シャルル皇帝のギアスを肯定し、ミレイたちに記憶改竄のギアスをかけるのに協力すらした。つまりミレイたちは記憶を改竄された被害者以外の何者でもなく、自分はそれに協力した加害者だ。それにもかかわらず、何食わぬ顔をして、友人面をしてミレイたちの前に立っている。
 そしてまたナナリーに対しても、ルルーシュを捜している、でも見つかっていない、と嘘をつき続けている。
 己こそが嘘をつき、偽りだらけの中に身を置いているのではないかと、今になってスザクは思った。
 ほどなくして、スザクはラウンズから降格させられ、騎士候の位も剥奪された。もちろん総督補佐の地位も解任された。結果、一名誉ブリタニア人の軍人となったが、行くところも所属する部署もなく、その身は宙に浮いたままだ。
 そしてナナリーは、総督の任を解かれて本国へ帰国となった。本人はそうとは知らずとも、ナナリーがエリア11の総督となったのはゼロであるルルーシュに対する柵としての意味合いからだったのだが、今回の全世界に対して流された情報と照らし合わせて考えた場合、このままエリア11の総督として着任させておく方が、ブリタニアにとってはマイナスと判断されたのだろう。皇族の端に連なるとはいえ、身体障害を抱えた弱者のナナリーが果たしてあのブリタニアの皇室で無事に生きていくことができるのか、それがスザクには自分の事よりも心配だった。それらのことによって、スザクはルルーシュがゼロとして()った理由の一端が、漸く分かったような気がした。それは余りにも遅きに失したが。

── The End




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