ゼロ・レクイエムを間近に控えてふと思う。
自分にとって、愛しいと思える日々とは何時だっただろうかと。
神聖ブリタニア帝国の第98第皇帝シャルル・ジ・ブリタニアとその第5皇妃マリアンヌの長子、第11皇子として生まれ、何も知らぬままま、父は滅多に訪れることはなかったものの、それでも、両親に愛されていると思っていた日々。やがて妹ナナリーが生まれ、その愛すべき妹の誕生を素直に喜んでいた日々。
少しばかり聡かったせいか、自分の周囲、つまりは自分の置かれている状況、皇室の中における自分の存在というものがどういうものか漠然とながらも理解ってからは、そこは安心して過ごせる世界では、日々ではなくなった。
何時、誰に足元を掬われるか分からない、気の抜けない日々。時には命の危険を感じることさえあった日々。それらの日々を愛しいとは思えない。確かに、優しく接してくれる仲の良い異母兄弟姉妹が全くいなかったわけではないが、それ以上に、庶民出の母や、その母から生まれた自分、そしてナナリーを疎ましく思い、侮蔑している他皇妃や異母兄弟姉妹、貴族たちの方が遥かに多かったのだから。
そして母が何者かによって殺され、重傷を負ったナナリー。母の殺害犯を探してくれと、ナナリーの見舞いをしてくれと懇願した自分を蔑み、無情にも「生きていない、死んでいる」とまで告げた父。そうしてナナリーと二人して送り込まれた一側即発の危機にある敵国と言っていい日本。
そこで過ごした日々は、決して楽しいとか、そんなことは無かった。周囲の大人や子供たちからの無遠慮な蔑みの視線、言葉、時に直接的な暴力を受けた。唯一の救いは、最初の出会いはともかくも、スザクという友人、いや、親友とさえ呼べる存在を得ることができたことか。 やがて父は自分たちがいるのにもかかわらず、日本に対して宣戦布告し、戦争を開始した。それは、たとえどのような理由があろうとも、自分とナナリーの二人は、父から、祖国から見捨てられたのだと、それ以外のなにものでもなかった。
戦後、母の後見を務めていたアッシュフォードに見出されて庇護され、無事に過ごす事ができてはいたが、しかし完全に安心して過ごせていたわけではない。何時皇室に見つかるか、命を狙われるか、あるいは売られるか、そういった不安と常に隣り合わせの日々だった。
常に周囲を気にして気を張りつめ、しかしそうとは悟られぬように過ごした日々。確かに、親しいと呼べる、少なくはあったが友人もできたし、普通の学生のように過ごす時が得られもしたが、それだけではなかったのだ。
そんな日々の中、かつて立てた誓いを果たすために、そしてそれ以上に、その時、障害を負い弱者となったナナリー一人を残して死ぬことができぬために、不老不死の魔女C.C.と契約を交わし、“絶対遵守“というギアスと呼ばれる力を得た。その力は俺を孤独にすると言われながら。その時は、そうするより他になかったから。
そして反逆の狼煙として、総督を務める異母兄でもある第3皇子クロヴィスを殺し、組織を起ち上げ、本意ではなかったとはいえ、愛する異母妹のユーフェミアをも手にかけた。
それらの束の間の日々の間、再会したスザクと過ごした日々。互いに互いの立場を知らず、気付かず、相手のつく嘘を真実と信じてナナリーと共にかつてのように三人で過ごした日々。
そんな日々の中、スザクは結局は俺たちの立場を知ってはいても理解することなく、俺に、俺たちにとって誰よりも手強い敵となっており、差し伸べられる何も知らない綺麗な手を取って、異母妹の選任騎士となり、彼自身気付かぬままに、知ろうともせずに、俺たちを何よりも危険な状況下へと放り込んだ。
そして自分の考えだけが正しいと、他は間違っていると直情的に捉えて、自分の考えを否定する者を全て否定して、敵であると分かった俺を、皇帝に売り、己の出世のみを欲した。
その後は、人殺しを否定し、自分が死ぬことを望みながら、皇帝の騎士たるラウンズの一人として、それとは真逆の、“白き死神”と異名を取るほどの活躍を続けていた。つまりは人殺しをして、それでいながら、自分はルールに従っているだけだと、全てを肯定するという矛盾に、彼に殺された人々から、自分にとってのユフィを奪っておきながらそれに頓着することもなく、ただルールに従っていればいいのだと、それが正しいことなのだとそれだけで。
そしてその後、ゼロとして、敵として復活した俺に対してナナリーを利用して人質同然に扱い、俺を追いつめた。 そんな中、その時はスザクも共にあったが、俺の両親の真実を、彼らが目指したものを知り、けれど俺はそれを否定して、そして彼らを、消した。
後は、心残りの大量破壊兵器たるフレイヤとそれを所持したままのシュナイゼルの始末をつけること。そしてその後には、スザクにかつての彼の主の仇をとらせてやることを、それによって、ナナリーが、ユーフェミアが望んだ“優しい世界”を実現するためだけに、全ての悪を“悪逆皇帝”と呼ばれるようになる俺に集めて、正義の使者たるスザク扮するゼロに殺されるゼロ・レクイエムを考え、日々を重ねるだけだった。そのために、スザクと契約を交わし、彼を俺の騎士とした。傍目にはどうあれ、少なくとも俺たちにとっては、それは契約上だけの主従関係だった。
こうして振り返って考えてみるに、俺にとって愛しい日々と言えるのは、周囲の思惑や、俺たち自身の立場はさておき、何も考えずに、スザクやナナリーと共に過ごしたあの幼い日々の中の僅かな時間しかなかったのだと改めて気付く。そしてそれがあったから、俺はどれほどの裏切りにあっても、結局のところ、スザクを切り捨てることができなかったのだと。
だから死を目前にして俺は願い、祈る。この後、俺に代わってゼロの仮面を被り続けることとなるスザクと、誰よりも愛しい妹であるナナリーのこれからの幸福を。
── The End
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