意思の疎通




 このエリア11の副総督であるユーフェミア皇女の選任騎士に就任して以来、スザクの言動に拍車がかかった。すなわち、如何にユーフェミア様が素晴らしいかから始まって、如何にゼロが間違っているかに終わる言葉の繰り返しである。
 カワグチ湖での一件以来、ユーフェミア皇女に対して異様ともいえるほどの傾倒、敬慕を見せているニーナを別にすれば、他の生徒会メンバーがいい加減うんざりしていることに全く気が付いていない。
 ある日、とうとうそんなスザクの言動に引導を渡すべく、他のメンバーからルルーシュが選ばれた。何故ルルーシュかといえば、言葉だけでスザクを黙らせることができるのが、彼くらいしかいないからである。
 その日の放課後も、スザクは軍務のために授業には出席できなかったものの、生徒会に顔を出した。
 一通り作業を終えたところで一休憩、とシャーリーがお茶を淹れに立ち上がったところで、スザクのいつもの言葉が始まった。
「ユフィ、ユーフェミア様は本当に素晴らしい方だ」
「ほう、どんなふうに?」
 いつになく反応のあるルルーシュの様子に、スザクはこれが引導を渡されるためのものだとも思わずに嬉しそうに語る。
「何よりも、お優しい、慈愛に溢れる方だ」
「そうだろうな、“慈愛の姫”と呼ばれているほどだからな」
「そうだ。名誉に過ぎない僕をこの学園に通えるようにしてくださった」
「おまえだけを、な」
「え?」
 棘のあるその言い方に、スザクは首を傾げた。
「本当にお優しい方なら、就学年齢にある名誉ブリタニア人全てを、こことは限らないが、学校に通わせるようになさっているだろう」
「それは、それに該当するのを、皇女殿下は僕しか知らないからで……」
「そんなものは調べればすぐ分かることだ。つまり、皇女殿下にとっては個人的に知っているおまえだけが特別例外ということになる」
「う……」
 スザクは思わず言葉に詰まる。
「確かに学校の件はそうかもしれないけど、それは僕が通常の軍務ではなく、特派という部署に所属していて、比較的自由に行動できる時間が、他の名誉ブリタニア人の兵士よりも多いからだと思う。
 それに、ユーフェミア様は戦死した兵士たちの慰霊や、そのために孤児になった子供たちのための孤児院に慰問なさったりもしている」
「それは官僚がそういったスケジュールを決めているからだろう。
 上にある者のスケジュールを決めるのは、確かに当人の意向も含まれるだろうが、概ね官僚たちだ。
 そしてさっきおまえが言ったこと以外では、コンクールの受賞式など、当たり障りのない行事だけで、それ以外にユーフェミア副総督が何をしたか一切聞こえてこないんだが」
「それは……」
「それは?」
 スザクは普段あまり考えないことを必死に頭の中で考え巡らしている。
「それは、まだユフィが副総督という立場で、政務に携わるのもこのエリア11が初めてだからだ。政務に慣れてこられれば、きっといい事をなさってくださる」
「いい事とは何だ? ああ、それといくら選任騎士とはいえ、皇族を愛称で呼ぶのは止めた方がいい。ヘタすれば不敬罪で逮捕されるぞ」
「気を付ける」
 スザクはユーフェミアから愛称で呼んでくれと言われ、他に人がいない時などは「ユフィ」と呼びかけるのが半ば癖になっていた。今回、その愛称を出してしまったのは普段考えないことを必死で考えて他のことが疎かになってしまったからだろう。加えて、場所がアッシュフォードの生徒会室であり、いるのも親しくしているその生徒会メンバーだけというのもあるかもしれない。
 お茶を淹れて戻ってきたシャーリーをはじめ、他のメンバーが呆れ気味な中で、ニーナは愛称でユーフェミアを呼ぶことを許されているスザクを羨ましく羨望の目で見ている。
「ユーフェミア様は何よりも人々が平等に幸せに暮らせるようになることを願っていらっしゃる」
「その人々の範囲は? ブリタニア人だけだろうな?」
「そんなことはない! ナンバーズも名誉もだ! 人種に関係なく望んでいらっしゃる。実際、名誉であることを承知の上で、僕を認めて騎士としてくださった」
「それは間違いだ」
「間違っていない、本当にユーフェミア様はそう望んでいらっしゃる」
「ブリタニアの国是は弱肉強食。ブリタニア人とナンバーズをきっちり区別している。国是に反するような行為を、仮にも帝国の皇女であるユーフェミア殿下が取る、あるいは取れるはずがない」
「そんなことはない! 確かに難しい時間のかかることかもしれないけど、中からきっと変えていける。そして僕はそのお手伝いをするんだ」
「無理だな。少なくとも、現在の皇帝が健在である間は不可能だ。皇帝は世界征服を着々と進め、エリアを増やしている。そして今の皇帝の次は、巷では現宰相のシュナイゼル殿下であると言われている。現在の皇帝の下で宰相を務められているシュナイゼル殿下が、いきなり政策の方向転換をするとは考えられない。それとも、シュナイゼル殿下や他の殿下方、特にシュナイゼル殿下を別にすれば、何よりも第1皇子であられるオデュッセウス殿下を押しのけて、ユーフェミア皇女殿下が次代の皇帝になるのか? なれるのか?」
「そ、それは……」
「それを考えずに、今現在、差別され、苦労し、疲弊しているナンバーズや、これから征服されていくであろう国々の人々に何時かくる平等の時を待てと言うのは無理があり過ぎる。むしろそんな日はこないと言った方が正しい」
「そんなことはない! 何時かきっとブリタニアも変わる! 僕が変えて見せる!」
「皇族の選任騎士になったとはいえ、名誉風情の立場でそんなことができるのか?」
「僕が騎士に任命されたのが始まりだ、これからブリタニアは変わっていく!」
「そう思っているのはおまえだけじゃないのか? 現におまえに続く者は出ていないだろう?」
 シャーリーの淹れてくれた紅茶を口に含み、彼女に美味しいよ、と言ってからルルーシュはスザクに切り返した。
「今の時点ではそうかもしれないけど、いつか変わっていく。だからゼロなんてテロリストの存在は間違ってる。その時がくるのを待っていればいいんだ」
「お前は皇女の選任騎士となって待遇も良くなっているからそんなことが言えるんだろうが、現時点で差別され、そのまま逝くしかない者たちはどうなんだ? そういう者たちにそのまま我慢していろと言うのか?
 確かにテロリストの行動のお蔭で関係のない人が巻き込まれ死傷者を出している。現にここにいるシャーリーの父親がそうだ。だが、お前の言うくるかこないか分からない時を待つしかない人々にとっては、ゼロをはじめとするテロリストたち、本人たちにすればレジスタンスだろうが、ブリタニアから解放される時を考えて行動している彼らに夢を見ているのは否定できない事実だろう?」
「けどゼロは間違ってる! テロなんかしなければ余計な死傷者は出ない! テロなんかじゃなく、警察や軍に入って中から変える努力をすべきだ!」
「おまえ、ゼロに助けられておきながらよくそこまでゼロを否定できるな」
 ルルーシュは口角を上げて嘲笑(わら)った。
「中に入る、警察や軍に入る、それにはまず、イレブン、いや、日本人であることを捨てて名誉になれということだ。だが誰も彼もがおまえのように日本人であることを捨てられるわけではないし、また仮に望んでも誰もが名誉になれるわけじゃない。自分の都合のいいようにだけ考えるな、スザク」
「都合のいいようになんて、そんな……」
「俺から見ればおまえはおまえの都合だけで動いている、あるいは流されているようにしか見えないよ、スザク」
 スザクの否定しようとする言葉をルルーシュは遮る。そして決定的な言葉を吐き出す。
「今日こそ納得したよ、おまえと俺と、意思の疎通を図るのは無理だって。おまえは余りにも物事を単純に考え過ぎて、きちんと深く考え見ようとしていない。人の話を聞かずに自分の理論を押し付けようとする。これでは話はいつまでも、どこまでいっても平行線だ」
「ルルーシュ……」
 その言葉に、スザクは言いようのない寂しさを覚えた。親友なのに、誰よりも近い存在なのに、彼は僕を理解してくれないと。
 だがそれは逆も言えることで、スザクはルルーシュを理解しようとせず、彼の言うように自分の意見が正しいのだと押し付けようとしているのだが、そのことに彼自身は気付いていない。

── The End




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