イレギュラー




 戦争の結果、シンジュクゲットー内にある、完全にではないものの破壊され、寂れた倉庫の片隅で、ルルーシュはエリア11総督である神聖ブリタニア帝国第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアの親衛隊を前にしていた。その親衛隊員たちの手には銃が握られ、今にもルルーシュを撃ち抜こうとしている。
 そんな親衛隊員たちのうちの一人が、ルルーシュの顔をいぶかしげに見ていた。ルルーシュ自身は気付かなかったが。そして親衛隊長が「撃て」の一言を放とうとした直前、その隊員が声を上げた。
「隊長、お待ちください!」
 今にも上げていた手を振り下ろして「撃て」と一言を発そうとしてしていた隊長だったが、せっぱつまったような隊員のその声に、思わずそれを止めて、声を発した隊員を見やった。
「どうした?」
「もしかしたら、記憶違い、私の勘違いかもしれないのですが、その学生、亡くなったとされている、第5皇妃マリアンヌ様の長子であられるルルーシュ殿下のように思えるのです!」
「何っ!?」
「直接的には存じ上げませんが、それでも、クロヴィス殿下がまだマリアンヌ皇妃がご存命の頃、アリエス離宮を訪れる際に何度かお供をしたことがあります。その際、離れたところからでしたが、ご一家を拝見したことがあります。それに、こちらにこられてから殿下が描かれたご一家の肖像画ですが、その中のまだ幼いルルーシュ殿下にどこか似た面差しがありますし、亡きマリアンヌ皇妃にもよく似ていらっしゃるように見受けられるのですが」
 その隊員の言葉に、隊長をはじめとして他の隊員たちも改めてルルーシュを見やった。クロヴィスの親衛隊である関係上、皆、少なくとも1、2度は彼が描いた絵を見たことがある。その絵に描かれていた家族三人を必死に思い出そうとしていた。
 一方、ここで殺されるのか、身体障害を抱えた妹のナナリーを残して死ぬしかないのかと思いつめていたルルーシュだったが、親衛隊の間で交わされる会話に気付いて、別の意味で顔色を変えた。
 ── ……バレ、た…のか……?
「し、しかし、ルルーシュ殿下は妹君のナナリー皇女殿下と共に亡くなれらたと、イレブンに殺されたとの報告が……」
 冷や汗らしきものを流しながら隊長がそう言葉にしたが、別の隊員がそれに対した。
「ですが隊長、もし万が一にも本当にルルーシュ殿下であったなら、我々は皇族の方を殺したことになってしまいます!」
「それに、クロヴィス殿下はルルーシュ殿下を異母弟とはいえ、大変慈しまれておられました。仮にその学生がルルーシュ殿下であった場合、我々が殺したことが殿下に知られたりするようなことになりましたら……」
「人違いであったら、その時はその場でそれなりの対応をすればよいこと。この場合は、万が一にも本当のルルーシュ殿下であられた場合を考えて行動されたほうがよろしいのではないかと愚考いたします。本当のルルーシュ殿下であるか否か、その判断はクロヴィス殿下がなされるでしょう。本当のルルーシュ殿下であった場合、殺めてなどしまったらそれこそ大問題、我々の責任問題です、決してただではすみません! そして人違いであったなら、どのようにすればいいか、クロヴィス殿下が指示を下さるでしょう。ポッドの中身を見られたことに関しては、その学生がルルーシュ殿下ではないとはっきりしてから対応してもいいかと存じます」
 親衛隊員たちの遣り取りに、ルルーシュの背中を冷や汗が流れる。そして思う。このままではクロヴィスの元へと連れて行かれそうだ。ならば、とにかくなんとしても人違いだとして通すようにすること。ただその場合、その後に殺される可能性があるが、その時はその時、なんとかして逃げ出す、いや、無事に辞する方法を考えればいい、と。だがその前に、可能ならこの場を、人違いだとなんとか乗り切るのが先か、とも。
「よし、学生と、その少女を連れていけ。学生については万一のことを考えて、丁寧に、な」
 親衛隊長は部下の隊員たちに、意を決したようにそう指示を下した。
「ま、待って、下さい! 俺は皆さんが話してらしたような立場の者ではありません! 確かに名前は同じだし、亡くなられたマリアンヌ皇妃に似た女顔だからか、時々からかわれることはありましたけど……」
 とりあえず、ルルーシュは別人だ、との意思表示をしたが、親衛隊の方針はすでに決していた。
 二人の隊員が「失礼します」と声をかけてからルルーシュの両腕を押さえて連れ出し、別の二人がうずくまるようにしていた、ポッドの中にいた少女を、いやがる態度を無視して取り押さえ、連行するように歩かせる。
 ── どうしたらいいんだ……?
 このままではクロヴィスと顔をあわせることになる。あの異母兄(あに)が自分のことに気付かなければいいが……。
 それだけを願いながら、想定外の事態に、ルルーシュはただそう思うのみで、どうしたらいいのか、何も考えることはできなかった。
 さて、そうして政庁のクロヴィスの元に連れていかれるルルーシュには、一体どんな運命が待ち受けているのか。

── The End




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