困った妹 【番外編2】




 その日、珍しく時間の空いたリリーシャは、これまた珍しいことに異母妹(いもうと)である第6皇女カリーヌにお茶に呼ばれた。
 本当に珍しいこともあるものだと思いながらも、時間もあることだし、とリリーシャはその招待に応じた。
 行ってみればリリーシャは応接間ではなくカリーヌの私室の居間に案内され、他に余人はなく、カリーヌとリリーシャの二人だけの茶会だった。
「珍しいこともあるものね、あなたが私を、それも私だけを呼ぶなんて」
 いがみ合うまではいっていないものの、リリーシャとカリーヌはそれほど交流があるわけではない。ただし共通している点はある。二人とも兄── カリーヌにとっては“異母”であるが── である第11皇子のルルーシュが大好きなのだ。とはいえ、カリーヌはあまり表だってそれを出していないので気付いている者は僅かだか。
「ちょっとお話をしてみたくなったの、お異母姉(ねえ)さまと」
「私と? 一体どんな話かしら?」
 小首を傾げながらリリーシャは尋ね返した。
「ナナリーのことよ」
「ナナリー?」
 聞きたくもない名前を聞いたというように、リリーシャはその美しく細い眉を僅かに歪めた。
「お異母姉さま、ナナリーの降嫁に対して本当に何もしなかったの?」
「ああ、そんな事」
 納得したようにリリーシャは頷いた。
「何もしていなくてよ。ただ皇帝陛下に、第7皇女はあまりにも公務を行うには不適格な皇族です、と申し上げただけ。だって実際、日本訪問で大失敗をやらかして、そのためにルルーシュお兄さまがどんなに大変な思いをされたか、それを考えればそのくらい当然のことでしょう?」
 出された紅茶を、その香りを楽しみながらリリーシャは当たり前の事をしたまでのこと、とさりげなく応えた。
「実を言うとね、この離宮に務める者の中に、ナナリーが降嫁した先の貴族の家に仕えている身内がいる者がいて、ナナリーのあちらでの話を小耳に挟んだの」
「……それはあまり誉められた事ではないわね」
 侍従や侍女たち、自分に仕える者が、他者の噂話をするのはリリーシャの言うように決して誉められたことではない。むしろ場合によっては処罰に値する。
「それは分かってるわ。でも面白かったんだもの」
「面白かった?」
 カリーヌの言葉に、リリーシャも興味を惹かれたように身を乗り出した。
「ええ。なんでも、自分は皇女だということで威張り散らして、本当ならルルーシュお兄さまのお役に立ってずっと一緒にいられるはずだったのにこんなところに嫁がされるなんて、って周囲の者に当たり散らしたり泣き喚いたりしているのですって」
「まあ。それは相手の方もさぞ迷惑に思っているでしょうね。せっかくの皇女の降嫁なのにとんでもない貧乏籤を引いてしまって」
「もともとその貴族は最近になって頭角を現してきた辺境の貴族なのですって。家の格を上げるために皇女の降嫁を願い出ていた貴族で、裕福ではあってもそれほどたいした家柄ではないそうよ。だからリリーシャお異母姉さまには悪いけれど、庶民出であるマリアンヌ様の娘なら丁度釣り合いも取れると皇帝陛下はお考えになったのでしょうね」
「それならある意味似合いの夫婦なのかもしれないわね。立身出世と家の格上げしか考えない貴族と、己の能力を過信して何の努力もせず、ただ周囲に迷惑をかけるだけの皇女なのですもの」
「お異母姉さまは妹であるナナリーの降嫁先の貴族についてはお調べにならなかったの?」
 カリーヌは素直に疑問を口にした。
「そんな面倒な事するわけないでしょう。だいたいあのナナリーの降嫁先なんてたかがしれていると思っていたし。とても名門の大貴族の家柄に降嫁できるような、名前ばかりでそんな立派な皇女ではなかったもの」
「実の妹なのに、随分と厳しい目で見ていらっしゃったのね、お異母姉さま」
「当然でしょう。ルルーシュお兄さまのお役に立つどころか足を引っ張るだけの妹なんて、妹と認めたくもないわ」
 眉間に皺を寄せながらリリーシャは返した。
 ナナリーはなまじ母をも同じくする実の妹だけに、ほかの異母姉妹よりその存在はやっかいだったのだ。庶民出の母を持つとはいえ、その容姿と能力から、ルルーシュを慕う異母兄弟姉妹は大勢いるが、その中でも特別だったのが母を同じくするリリーシャとナナリーだった。ところがそのナナリーが、双子の兄姉であるルルーシュとリリーシャが優秀であったために自分も優秀だと、できるのだと思い込み、かつ兄の愛情を独占しようと肝心のルルーシュの迷惑も考えずにまとわりついていた。リリーシャとしては、そんなナナリーがいなくなるというのなら、相手がどんな貴族であろうが構いはしなかった。リリーシャにとって肝心なのは、ナナリーがルルーシュの視界から消えるという事実だったのだ。
「お異母姉さま、分かってらっしゃると思うけど、私もルルーシュお異母兄(にい)さまのことが好きよ。私のことも認めることはできなくて?」
「そうね……」
 リリーシャは少し考え込んだ。
「でもあなたは皇族として相応しくあるように努力しているし、今のところ、そう難しいものではないけれど、公務もそつなくこなしているわ。ナナリーとは違う。そこは評価していてよ」
 リリーシャの答えに、カリーヌは満足したような笑みを浮かべた。
「じゃあルルーシュお異母兄さまがお暇な時、ご迷惑にならない範囲でアリエスをご訪問してもいいかしら?」
「ならこうしましょう。今日のお返しに、今度は私があなたをアリエスにご招待するわ」
 それから暫しの間、二人は女同士の会話を楽しみ、次のアリエスでの茶会を約束してその日は別れたのだった。

── The End




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