それ── 崩壊── は、一体何時から始まったのだろう。
幼馴染が自分たちを守ると誓いを立てたのに、それを忘却の彼方へ忘れ去ったかのように、ユーフェミアの騎士となって膝を着いた時か。幼馴染が皇族の口添えで学園に転入してきた時か。それともシンジュクゲットーでその幼馴染と再会した最初の時か。再会した事そのものが間違いの、崩壊の始まりだったのだろうか。
そして今、アッシュフォードの持つ第3世代KMFガニメデの手の上で、ユーフェミアの行った“行政特区日本”の宣言が決定打となった。
ナナリーと二人、学園祭のための仮設の小屋に隠れている中、TVカメラを向けられたユーフェミアが大勢の人間に囲まれ、得意そうに満面の笑みを浮かべて“行政特区日本”のことを告げている。
ルルーシュはユーフェミアが衆目を集めているのを幸いと、ナナリーの車椅子を押しながらそっと自分たちの居住空間であるクラブハウスに戻った。
「お兄さま、どうしてですか? 私、ユフィお異母姉さまに言ったんです、お兄さまがいればそれだけでいいって。この学園という箱庭の中でお兄さまと二人で過ごすことができれば、私はそれだけで良かったのに」
「ナナリー」
車椅子の肘かけに置かれたナナリーの手が震えているのを見て、落ち着かせるようにルルーシュは自分の掌で包み込んだ。だがそのルルーシュの手もまた震えが残っていて、兄妹は互いに手を合わせて落ち着こうと努力した。これからのことを考えるために。
幼馴染の枢木スザクが転入して来たその最初の日に、ルルーシュはアッシュフォードに匿われている、つまり隠れているのだと告げておいた。だがスザクにはその意味は通じていなかったらしい。いや、それとも理解していなかったのか。理解していたなら、ユーフェミアの騎士と決まった時点で学園を去っていたはずなのだから。
だからこそ送別の意味を込めてナナリーとルルーシュは騎士就任祝いのパーティを開いたのに、スザクには何も通じていなかったのだ。
その後もユーフェミア様がいいと言うからと、学園に通い続けるスザクに、二人、特にルルーシュは危機感を募らせていった。
そんな中で開催された今日の学園祭でのユーフェミアの行動。
アッシュフォードが二人のために創った学園という名の箱庭は、完全に崩れ去った。たとえユーフェミアにそんな意思は無かったとしても。
「ナナリー」
「もう此処にはいられないんですね、お兄さま」
手を重ね合わせながら、ナナリーはルルーシュに先んじて彼の言おうとしていることを告げた。
「そうだね、もういられない」
「スザクさんがユフィお異母姉さまの手を取った時から、こんな時が来るんじゃないかと思っていました。その通りになっただけのことなのに……。もうスザクさんの中には、私たちとの約束は無いんですね。忘れてしまわれたんですね」
「俺たちのスザクはあの夏の日々だけだったんだ。今は名誉ブリタニア人で、エリア11の副総督たる第3皇女の選任騎士。あれはもう、俺たちの知るスザクじゃない。
もしものことを考えて、少し前から次の居場所を用意しておいた。一緒に来てくれるかい?」
「もちろんです。私はずっとお兄さまと一緒にいられればそれだけでいいんですから」
その日のうちに、二人は箱庭たる学園から他の人間に分からないように出ていった。
“行政特区日本”の記念式典の日、ユーフェミアとスザクは憂鬱な面持ちで式典の開始時間を待っていた。
特区の準備のためになかなか学園に顔を出せなくなっていたスザクが、前日の夕方、少しだけ生徒会室に顔を出した時、リヴァルからルルーシュとナナリーの二人が、学園祭のその日から姿を消したことを伝えてきたからだ。一切何の連絡もなく、こちら側からも取れないと聞いて驚いた。
「なんで、一体どうして……」
その時、生徒会室にミレイがいなかったのはスザクにとって幸いだったのかもしれない。
学園生徒の中でただ一人、ミレイだけが二人の失踪理由を知っていたからだ。そんなミレイがスザクを見れば、決してただでは済まなかっただろう。
スザクは長時間いることもできず、リヴァルに、もし連絡があったら知らせてくれとだけ頼んで学園を後にした。
そして式典の今日この日、もしかしたらこの人々の中の何処かにいるかもしれないという一縷の望みを持って、式典開始を待っていた。
ユーフェミアもスザクから二人の失踪を聞かされて狼狽えていたが、その一方で待ってもいた。何故なら、いまだ姿を見せないが、ゼロ── ルルーシュ── に参加を呼びかけていたから。
「ユーフェミア様、お時間です」
促されてステージ中央に向かおうとした時、上空から向かってくるKMFに気が付いた。よく見ればその肩の上にはゼロの姿があった。
「来てくれたのですね、ゼロ。“行政特区日本”へようこそ!」
ユーフェミアは周りが止めるのも構わずに、両手を広げて満面の笑みでゼロのKMFを迎えた。
ステージに降り立ったゼロは、ユーフェミアの元に足を向けた。
「エリア11副総督ユーフェミア第3皇女殿下、まずは“行政特区日本”設立、おめでとうございます」
「ありがとうございます。こうして……」
来て下さったということは参加してくださるということですよね── と続くはずだった言葉は、ゼロの次の言葉によって途切れてしまった。
「私と私の配下にある黒の騎士団は参加はしませんが、この特区が成功することを願い、静観させていただきます。
今日は直々の呼びかけをいただいたのでこうして参上したまで。特区の行く末如何でまたお目にかかることもあるかもしれませんが、今日のところはこれで失礼させていただきます」
「ゼロ!」
ゼロはユーフェミアの己を呼ぶ声を無視して、マントを翻すとKMFのコクピットに戻り、早々に飛び去ってしまった。
── ルルーシュ、私の案を受け入れてはくれないのですか……?
特区に参加しなければ狭量と取られ、参加すれば武装放棄させられる。
特区の行く末に最初から期待などしていないゼロはどちらの道も取らず、第三の、静観、という立場を取った。つまり、雌伏の時、と。
そして賛成も反対もしない、何の手も出さず行く末を見守るという黒の騎士団の対応に対して、ブリタニアは何の策を講じることも叶わなかった。
一方、黒の騎士団においては扇をはじめとして特区への参加を求める声もあったため、参加したい者には騎士団を離れ、一般人として参加することを認めた。これはある意味、騎士団の団結を図ることにも繋がり、それなりの意義を見い出せた。
結局、式典はゼロ抜きで始められた。
参加したイレブン、否、日本人たちは、ゼロと黒の騎士団は参加しなかったものの、“日本人”という名を取り戻せたことに浮かれ、周りが、特区を取り巻く政治的状況が見えていなかった。それは日本人だけではなく、ユーフェミアも同じだった。
そして式典翌日、特区を唱えて作り上げた、いわば一番の責任者たるユーフェミア・リ・ブリタニアの皇籍奉還が本国において正式に発表された。
姉であるエリア11総督コーネリアすら知らされていなかったユーフェミアの皇籍奉還のニュースは、一夜にして特区に集まった者たちを不安の坩堝に落とし込んだ。たちまちにして特区の未来が描けなくなってしまったのだ。
今は雌伏の時と地下に隠れた黒の騎士団と、副総督にして第3皇女という肩書きを無くしたユーフェミア。崩壊し、忘却の彼方へ押しやられるのは、果たして黒の騎士団か、それとも、理想だけで作り上げられた“行政特区日本”か。
── The End
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