ひとりぼっち




 神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴン、そこにあるアリエスの離宮が襲撃された。
 結果、第5皇妃であるマリアンヌと、マリアンヌに庇われはしたが、その甲斐もなく助かることなく、第6皇女ナナリーはその幼い命を散らせた。
 その様を為す術もなく、ルルーシュは目にした。血塗れになって絶命した母、そしてその腕の中で息絶えた愛する妹のナナリーの姿。
 マリアンヌの遺体は異母兄(あに)のシュナイゼルによっていずこかへ運び出され、ナナリーはいくら庶民出の母から生まれたとはいえ、他と比較すれば皇女とは思えぬ、粗末、とは言い過ぎかもしれないが、そう言ってもいいのではないかと思う程の墓地に葬られた。
 しかし愛する母と妹を同時に亡くし、たった一人生き残り、何を為すこともできず、虚無感に襲われていたルルーシュを怒らせたのは、その後の父である皇帝シャルルの態度であった。
 それでなくてもマリアンヌの遺体をルルーシュにも分からぬところに運び出し、どうなっているのかも分からぬというのに、その上に、アリエスへの襲撃を、ルルーシュにとって大切な二人の命を奪った襲撃犯を、ただテロリストによるものとして、その犯人捜しすら行わなかったのだ。
 そのことで皇帝に謁見を求め犯人捜しをと詰め寄ったルルーシュだったが、シャルルは取り合わず、それどころかルルーシュを、何も持たぬ、何もできぬ者、自分では生きていない、死んでいるも同然の者と言い放ち、すでにいつ開戦してもおかしくない状態である日本行きを命じた。
 送り出された日本ではどのような生まれであっても皇族の、皇子の一人であるにもかかわらず、護衛の一人すらつかず、たった一人、幼い身で、首相の枢木ゲンブの元に預けられた。そして住まう所として与えられたのは、本邸でもなく、枢木の所有する神社の境内の片隅にあるぼろぼろになりかけていた古びた土蔵だった。
 最初の日、「秘密基地を奪ったブリキ野郎」と喚いてルルーシュに殴りかかってきた同年代と思しき子供がいたが、その後は周囲の者に言い含められでもしたのか、姿を見せることはなかった。
 食事を運んでくる者がいる以外は、基本的にルルーシュは常に一人だった。
 天気の良い日は空を見上げ、そして地面に映った己の影を見て思い出す。実妹のナナリーと、時々、アリエスにやってきていたすぐ下の異母妹(いもうと)のユーファミアが、二人して互いの影を追いかけて遊んでいたことを。確か影踏み遊びと言ったか。一人でそれをやってもみたが、虚しいだけだった。
 土蔵で見つけた本の中にあった、一本の糸で色々な形を作って遊ぶ、あやとり、というものもやってみたが、元々の器用さもあったのか、直ぐにその中に示されている形のものは創り出すことができるようになって、やがて飽きた。
 何もする事がないルルーシュは、土蔵の中にあった本を読むくらいしか時間を潰す方法を持たなかった。もちろんそれらの本に書かれているのは日本語、中にはルルーシュはその時は分からなかったが、古い和紙に書かれた古語のものもあった。日本語に堪能だったわけではもちろんない。日本に送られることが決まった時に少し位は勉強もしたが。しかし時間だけはあったこと、どちらかといえば優秀な頭脳を持っていたこともあり、時間はかかったが次々と読みこなしていき、要ることも要らぬことも、主に日本の、特に古い歴史や文化などに関する知識だけは増えたルルーシュだった。望んでのことではなかったが、とにかく他にする事が無かったのだ。
 やがてブリタニアと日本は開戦した。
 ある晴れた日、たまたま土蔵の外に出ていたルルーシュは、青い空を飛んでいくブリタニアの戦闘機の隊列を見たのだ。
 誰も何も言ってこなかった。しかしその目にしたもので、両国は自分の存在など無視して開戦し、そして父はやはり自分を見捨てたのだと、ルルーシュは改めてそう思った。
 枢木神社が町外れにあることもあってか、ルルーシュが外出などしなければ、町の者たちはそこに敵国の皇子であるルルーシュがいることすら知らない。いや、それ以前に、日本に人質として皇子が送り込まれていることを知っている者すらどれだけいることか。正直疑わしいのではないかとルルーシュは思う。それほどに、開戦するまでは、ある意味、つまらなくはあったが平穏な日々ではあったのだ。
 やがてルルーシュは知らなかったが── 食事を運んでくる者がいなくなり、不思議に思ってはいたが── 日本は敗戦し、ほどなく母であるマリアンヌの後見役をしていたアッシュフォード家の者がルルーシュを捜し求めてやってきた。
 彼らはルルーシュがあまりにも痩せ衰えていたことに驚いた。しかし無理もない。与えられる食事はなく、時折、裏山の森の中にある木の実などでかろうじて飢えをしのいでいた程度で、むしろ今まで生きながらえていたのが不思議なほどだ。
 ともかくもルルーシュは救い出され、アッシュフォード家の当主ルーベンの計らいの下、ブリタニアの名を棄て、偽りの名を得て、やがて成立したトウキョウ租界に建てられたアッシュフォードの学園に入学した。
 そして年月(とき)は流れ──
 表面的には友人はできた。ルーベンの孫娘のミレイは、半ばルルーシュを励まそうと、そして半ばは自分自身の楽しみのため、次々とイベントを企画してはルルーシュを巻き込んでいった。
 けれどルルーシュは思う。
 自分には生きる意味がない。母と妹を殺され、犯人を捜す手段も、もちろんその犯人に報復する手段もない。ブリタニアを、というより、父であるシャルルを憎悪してはいるが、それがどうにかできるような状態にはない。
 自分は生きる屍だと思う。確かに生きてはいる。呼吸して、物を食べ、他人と、希薄ではあるが関係を持ち、それなりの日々を過ごしてはいる。だがそれだけだ。本当の意味で生きているとは言えない。自分など何時どうなってもいいとすら思う。それこそ父シャルルが自分に告げた「生きていない、死んでいる」という言葉のままに。
 せめてナナリーだけでも傍で生きていてくれたら、随分と違ったのではないかと思う。自分にとってナナリーは何よりも大切な守りきらねばならない存在になっただろうから、そのために自分は生きることに執着したのではないかと考える。
 じかし実際はこの有り様だ。
 ブリタニアへの、父シャルルへの憎しみを抱えたまま、ただ一人、ここに在る。

── The End




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