(ひと) り




 ── 王の力はお前を孤独にする。
 ああ、C.C.、確かにおまえの言った通りだ。今、俺は独りで逝こうとしている。半ば俺自身が望んだこととはいえ。
 C.C.、おまえとの約束を果たせずに逝くことを許してくれ。
 ジェレミア、こんな俺に忠誠を誓ってくれたおまえ、ゼロ・レクイエムに決して賛成などしていないだろうに、それでも俺の望むことならと協力してくれている。そんなおまえを残して逝く俺を許してくれ。そしてこんな俺のことはさっさと忘れて、おまえ自身の道を見つけて精一杯生きてくれ。



 母マリアンヌが殺され、父である皇帝シャルルに訴え出た俺を、父は否定した。生きてはいないと。そして俺は妹のナナリーと共に、敵地ともいえる状態になっている日本へと送られた。
 そんな父を憎みながらも、それでも俺は心のどこかで期待していた。きっと迎えに来てくれる、見捨てられたりなんかしていないと。
 だがそれは裏切られた。
 ブリタニアからの突然の宣戦布告と、そしてそれと同時に行われた上陸作戦。ブリタニアと日本は完全に戦争状態に突入し、そしてブリタニアが初めて戦場に実践投入した新兵器たる二足歩行兵器、KMFの機動力もあって、日本は僅か一ヵ月程で敗戦した。
 その後も誰も俺とナナリーを迎えにきてくれる者はいなかった。そうして本当に俺たち兄妹は、父や異母兄弟姉妹から見捨てられたのだと、いらない存在なのだと改めて思い知らされた。
 そして俺は誓った。「ブリタニアをぶっ壊す」と。
 戦場の中、辛うじて生き延びた俺は、ナナリーを連れて唯一俺たち捜しにきてくれた、かつて母の後見だったアッシュフォード家に救い出され、庇護された。
 アッシュフォード家は俺たち二人に献身的に尽くしてくれた。だがそれは当主であるルーベンとその孫娘であるミレイだけで、息子夫婦や一族の他の者たちは、俺たちをいつか復権する時のための道具と見ているのは直ぐに分かった。ということは、ルーベンが当主である間はともかく、その後は何時どうなるか分からないということだ。加えてルーベンに頼んで俺たちの死亡報告を流してもらいはしたが、皇族貴族たちの中には俺たちの生存を知って、命を狙ってくる者がいる可能性も完全には否定できない。そういう国なのだ、ブリタニアという国は。だからいくらアッシュフォード家に庇護されているとはいえ、安心はできない。何時何処でどんなことが起きるか分からないのだから。
 俺にとって大切なのは妹のナナリーだけだった。ナナリーだけが俺に遺された唯一の存在だった。だから実妹という理由はもちろんその根底にあったが、俺はナナリーを大事に扱った。可能な限りの手厚い看護をし、日常生活においても、可能な限り、少しでも不自由のないように配慮し、真綿でくるむように、もちろん学園内という限られた場所とはいえ、市井にある以上、完全には無理であったが、極力汚いものから遠ざけて、ナナリーの望むようにと常に気を配っていた。
 しかしそれが、大事にし過ぎ、汚いものから遠ざけ過ぎて、現実を見せなかったのが── 視覚的なことではない、ナナリーは見えないのだから── 悪かったのだろうか。
 ナナリーは真っ白で綺麗なまま、己の理想を抱いたまま、もっと優しい方法で世界を変えていけるなどと言って、俺がその陰でどれほどの苦労をしてきたか、配慮をしてきたかなど何も知らないまま、気付かないまま、連れ戻されたブリタニアで平然と当たり前のように皇女としてあり、そして反逆者ゼロの復活したエリア11へ自ら望んで総督としてやってきた。
 そこでナナリーが告げたのは、自分は何もできないということと、かつてユーフェミアがやろうとした“行政特区日本”の再建。
 自ら何もできないなどという者に一体誰が従うというのか。その直接の原因はさておき、僅か一年ほど前に虐殺という形で失敗に終わった特区を一体どうやって再建しようというのか。いや、できると思っているのだろうか。
 つまるところ、ナナリーは何も分かっていないのだ。総督という立場の意義も義務も責任も、何を為さねばならないのかも何一つ。少なくとも俺はそう理解した。でなければあのような言葉が出るはずがないのだから。
 それでも俺は、ナナリーを傷付けず、そしてブリタニアという国から解放したかった。
 しかしそれは叶わなかった。
 超合集国連合の出した第壱號決議に従って行われることとなった日本侵攻。その戦いの中、なんとかナナリーを救い出そうと手を尽くしたがそれは叶わず、フレイヤという大量破壊兵器の閃光の中にナナリーは消えた。その時はそう思った。ナナリーは失われたと、死んだのだと。
 その後、黒の騎士団の旗艦である斑鳩を訪れたシュナイゼルにより、幹部たちに俺の正体とギアスのことをばらされ、幹部たちは俺を裏切り者と呼び、殺そうとした。
 ついさっきまで戦っていた敵の大将の言葉をそれほどまで簡単に信じる者がいるなど、信じられなかった。だが彼らはシュナイゼルの言葉を信じ、俺を排除しようとしたのだ。
 しかしナナリーがいない今、俺はもうどうなってもよかった。そんな俺を救ったのは偽りの弟であるロロ。俺を救い出し、逃がすためにギアスを使い、つまりは己の心臓に負担をかけて、俺の腕の中で息絶えた。
 その後、神根島の遺跡から入ったCの世界で知った真実。母の死の真相、そして父と母が望み、為そうとしていること。
 そんなくだらないことのために俺たちは棄てられたのか、殺されかけたのか。そして両親の望む世界のどこに希望があるというのか。何もありはしない。ただ昨日という日を繰り返すだけの何もない日々。なんと愚かなことか。そんな世界を素晴らしいことだなどと。この人たちの希望を叶えてはいけない。望むのは明日、未来だ。明日に何があるかは分からない。しかし少なくとも、何がしかの進歩はある、未来がある。だから俺は、神と呼ばれる集合無意識にギアスをかけた。いや、願った。明日が欲しいと。
 その願いが聞き届けられたのか、彼らが神を殺すために創り上げたアーカーシャの剣は崩壊し、彼ら自身はCの世界に飲み込まれて消滅した。
 残ったのは俺とC.C.と、そして俺が「ブリタニアをぶっ壊す」といった言葉を聞き、ブリタニア皇室から隠れアッシュフォードで匿われていると知りながら、名誉ブリタニア人となり、軍人として、己の行動が俺たちに何を齎すか何も理解しないままに皇族である第3皇女ユーフェミアの手を取ってその騎士となり、あくまでも「ユフィの仇」と俺に剣を向けてくるスザク。
 俺が殺したユーフェミアが、そして俺がスザクに殺させてしまったナナリーが望んでいたのは優しい世界。だがそれを実現するにはどうしても邪魔なものが、存在してはならないものがある。大量破壊兵器フレイヤ。あれがある限り、このまま何もしなければ、それを使ったシュナイゼルの武力によって治められる世界となるだろう。だから俺たちは契約を結び、計画を立てた。それがゼロ・レクイエム。
 それはシュナイゼルと対峙し、これを破ってフレイヤを廃棄して、その後、俺が悪逆皇帝として正義の味方であるゼロとなったスザクに殺され、それによって世界を話し合いによる統治へと、平和へと導くというもの。スザクにユーフェミアの仇を取らせてやることもできる。それまでは契約によってスザクは、俺の唯一の騎士という立場に身を置くこととなるが。それでも本望を果たせるとなれば、それくらいは享受できるだろう。
 唯一気の毒だと思うのは、俺に忠誠を誓ってくれているジェレミアだが、それは諦めてもらうしかないだろう。振り返ってみれば、ジェレミアの主であった異母兄(あに)クロヴィスを殺し、その容疑者とされたスザクを救うためにジェレミアに濡れ衣を着せてその身を改造される原因を作ったのは俺。それを考えれば、俺は本当にジェレミアに対して大層な負債を負っている。なのにそんな俺に対して、ジェレミアは誠心誠意、忠誠を尽くしてくれている。本当にジェレミアにはつくづく申し訳ない事をしていると思う。もっとも当のジェレミア本人は、俺のためならば、俺が望むことならば、全力でそれを叶えるために力を尽くすだけだと気にしてはいないようだが。そしてだからこそ、彼に対してなおさらに申し訳ない気持ちが増すのだ。



 超合集国連合との会談の最中、狙ったように、いや、狙ったのだろう、ペンドラゴンにフレイヤが投下され、ペンドラゴンは消滅し、半径100キロメートルのクレーターだけが残った。
 そして通信を繋いできたシュナイゼルが皇帝として担ぎ出してきたのは、あろうことか、第2次トウキョウ決戦の最中、フレイヤで死亡したと思われていたナナリーだった。
 ナナリーは俺とスザクに嘘をついていたのだと言った。スザクは確かに嘘をついていたが、俺はただ隠し黙っていただけで、それに気が付かなかったのはナナリー自身だ。ナナリーに本当にその気があったなら、俺の行動がおかしいことに幾らでも気が付くことが出ただろうに。
 そしてそれ以上に俺にナナリーを失望させたのは、分かっていたことではあったが、俺が思っていた以上に、ナナリーが何も分かっていないことだった。
 ナナリーは戦闘の指揮権をシュナイゼルに委ねたといったが、エリアの総督であるナナリーが、いくら帝国宰相とはいえ、エリア外の人間に委ねるとは何事か。それだけではない。死亡を偽装して隠れ潜み── ナナリーは否定するだろうが、世間の目にはそうとしか見えない── 、総督として、戦後の、特にフレイヤで多大な被害を出したエリア11、トウキョウ租界で為さねばならぬ事を何一つ為さなかったのだ。そんな存在を誰が総督だと、ましてや自国の帝都を、そこに住まう民ごと破壊した存在を皇帝と認めるというのか。
 ナナリーが生きていてくれたことは純粋に嬉しい。だがそれとこれとは話が別だ。ナナリーには為政者たる資格など何一つない。ナナリーはシュナイゼルの傀儡に過ぎないのだ。もちろん本人はそんなことはないと認めはしないだろうが。
 だがそれでも、フレイヤの事、その後の事を考えれば、多少の変更は必要とはいえ、ゼロ・レクイエムそのものを変えることはできない。
 フレイヤの生みの親であるニーナの協力を得て、フレイヤに対抗するためのアンチ・フレイヤ・エリミネーターを開発し、俺たちは巨大な天空要塞ダモクレスに座すシュナイゼルとの戦いに入った。もうナナリーのことは眼中にはない。ナナリーのことは戦後の問題。今はシュナイゼルに勝つことだけが問題なのだから。
 そうして俺はシュナイゼルにギアスをかけ、ダモクレスを支配した。スザクは予定通り死んだことになっている。
 やがて俺は悪逆皇帝として、情報操作をしながら時を過ごし、その時がやってきた。
 皇帝に逆らった者たちの処刑のためのパレードの中、ゼロとなったスザクが俺の前に立ちふさがる。
 やがてゼロが一直線に俺に向かってくる。ユーフェミアの仇をとるために、ユーフェミアの望んだ世界を創るために。そしてゼロの剣が俺を刺し貫く。
 そうだ、それでいい。悪逆皇帝たる俺が一人でこれまでの負の全てを背負い、ゼロの剣にかかって果てる。それにより悪の連鎖が断ち切られるだろう。そしてそれをきっかけに世界は変わっていく。俺一人の死をもって。
 ナナリーの泣き叫ぶ声が聞こえる。だがもう何も見えない。
 ただ、自分が死んでいくのだけは理解できる。
 後のことは、ゼロとなったスザクと、ゼロに従えとギアスをかけたシュナイゼルがいればなんとかなるだろう。この先の道筋は遺した。それ以上の責任は流石に負いきれない。
 ただ、俺は全てを残して独りで逝くのみだ。

── The End




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