否 認




 神聖ブリタニア帝国第99代“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロによって弑されてから数ヵ月。新たに合衆国ブリタニアと名を改め、その代表にはルルーシュの同母妹のナナリー・ヴィ・ブリタニアが就いた。



 蓬莱島── かつての中華連邦の造った人工島であり、合衆国日本の発祥の地であるこの島は、現在、どこの国にも属さず、超合集国連合と、その外部組織である黒の騎士団の総本部となっている。
 この日、ナナリーはブリタニアの代表として初めて蓬莱島を訪れた。それはブリタニアの超合集国連合加盟を決めるための最高評議会出席のためである。
 合衆国日本の代表であり、最高評議会議長である皇神楽耶にとってはブリタニアの加盟はすでに織り込み済みのことではあったが、形式は整えねばならず、最高評議会を開催してその加盟の賛否を問うことになった。
 最上段に立つ神楽耶が、最高評議会の開催と、続いて本日の議題を述べる。
「本日の議題は合衆国ブリタニアの加盟に関してです。ブリタニアの加盟に賛成の方は……」
「お待ちください。討議も無しにいきなり賛否を決定しようというのですか」
 ある議員から待ったがかかった。
「何か問題がありますか?」
 神楽耶がその議員に不思議そうな顔を向ける。
「問題があるどころではありません」
「どういうことでしょう?」
 評議会会場の中央で、車椅子に座っているナナリーがそれを告げた議員に問いかける。
「現ブリタニア代表のナナリー・ヴィ・ブリタニアは、かつてシャルル皇帝時代、エリア11と呼ばれた現在の合衆国日本の総督であり、我が連合の戦闘集団である黒の騎士団と戦火を交えた相手です」
「それだけではありません」
 他の議員も挙手をして発言をする。
「第2次トウキョウ決戦において、こともあろうに、植民地とはいえ自国の領土である市街地で大量破壊兵器フレイヤ弾頭を投下し、軍民合わせて3,500万余の死傷者を出した揚句、本人は死を偽装して、トウキョウ租界の混乱を治めるどころか拍車をかけました」
「そして当時のルルーシュ皇帝が超合集国連合への加盟を求めたことを受けて臨時最高評議会を開いていた折り、自国の帝都であるペンドラゴンにフレイヤ弾頭を投下し、多くの非戦闘員を含めて自国民1億余を殺害しております」
 次々と議員たちからナナリーの行ったことが挙げられていく。それにナナリーは必死に対応した。
「第2次トウキョウ決戦では軍の指揮はシュナイゼルお異母兄(にい)さま、いえ、シュナイゼル宰相が執っており、私は関知しておりませんでしたし、死を偽装したというのは誤報です。私は気を失ってアヴァロンに収容され、状況判断ができておりませんでした。
 ペンドラゴンへのフレイヤ投下については、確かに投下しましたが、避難勧告を出しており、被害は最小限に抑えられております」
「指揮を執っていたのがシュナイゼル宰相であったとしても、あの当時、あの地の責任者は紛れもなく総督であるあなたであり、最終責任者であることに違いはありません」
「ペンドラゴンには避難勧告が出ていたということですが、そのようなものは一切出ておりません」
「えっ?」
 EUを構成する国家の内の一ヵ国の代表である議員が述べた言葉に、ナナリーは目を丸くしてそちらを見た。
「当時、我が国は連合には参加しておらず、ブリタニアの帝都であるペンドラゴンに大使館を構えておりましたが、現地からは一切そのような情報は入っておりません。それどころか、フレイヤ投下以降連絡が途絶えたままです」
「それは我が国も同じです」
「我が国も」
 次々と挙手がされるのに、ナナリーはそんなはずはないと呟きながらうろたえる。議長である神楽耶が口を挟む余地もなかった。
「フジ決戦において、あなたは自分こそが99代皇帝であるとしてシュナイゼル宰相を従えてルルーシュ皇帝と戦火を交えましたが、ルルーシュ皇帝がそれまでに行った執政は、強権ではありましたが、皇族特権の廃止、貴族制度の廃止、財閥の解体、エリア解放といった既得権益の廃棄、排除でした。つまり、それまでのシャルル皇帝下での弱肉強食を廃し、植民地主義を否定し、ルルーシュ皇帝自身は別として、人々に平等を齎そうとするものでした。ルルーシュ皇帝は確かに“悪逆皇帝”と呼ばれるほどのこともしましたが、以上のことは否定のできない事実です。そのルルーシュ皇帝と戦ったということは、あなたはシャルル皇帝の政策を肯定していたことになる」
「違います! そんなことはありません」
「幾ら口で違うといっても行動がそれを示しています」
「おまけに現在のブリタニアの国防長官は、かつて“ブリタニアの魔女”と呼ばれ、シャルル皇帝の下でエリア拡大に貢献したコーネリア・リ・ブリタニアです」
「つまりブリタニアは名こそ変わったが、中身はシャルル皇帝時代と何ら変わっていないということになる」
「そのような状態であるブリタニアの超合集国連合加盟は、我が国としては承認いたしかねる」
「我が国も承認できません」
「違います、今のブリタニアは帝政時代のブリタニアとは違います」
 ナナリーは、ひたすら、違う、と言い続けることしかできない。
「冷静になって当時を振り返れば、ルルーシュ皇帝が“悪逆皇帝”と呼ばれるようになったのは超合集国連合加盟を求めて開かれたアッシュフォード学園での臨時最高評議会以来、更に申し上げれば皇議長の発言からです」
「確かに。それまでの彼は“民衆の正義の皇帝”、“賢帝”、“解放王”と呼ばれており、その施政に反対する地方貴族たちに対しては厳しい態度で臨んでいましたが、それ以外は我が超合集国連合がブリタニアに望んでいたことをしてくれていました。とても“悪逆皇帝”などと呼ばれるような施政ではありませんでした。彼が行ったとされる悪政の中には明らかに捏造されたものがあることが、最近、我が国の学者の調査で判明してもおります」
「加えてアッシュフォード会談では、本来発言権の無い黒の騎士団幹部からの、暴言とあからさまな内政干渉と取れる発言もありましたね」
「フジ決戦では何故かシャルル皇帝の施政を肯定する側であったナナリー・ヴィ・ブリタニアの陣営に、黒の騎士団が加勢していました」
「いまさらですが、これはどういうことですか、議長? 本日もあなたは議論もせずにブリタニア加盟の賛成を採択しようとしていたとしか思えない節がある」
「皇議長、あなたと黒の騎士団は、実はかねてから現在のブリタニア政権と裏取引があったのではないのですか?」
 評議会は主にEU各国を中心に、今や完全にブリタニアと、そして議長である神楽耶への抗議の場へとなり変わっていた。
 そして遂にEUの中でも大国といっていいフランス代表の議員が、神楽耶に対して最後通牒とも取れる言葉を付きつける。
「本日の本来の議題とは異なりますが、我が国はここに、最高評議会議長である皇神楽耶殿に対する不信任決議案を提出するものであります」
「なっ!?」
 次々と議員が発言する中、何も言えずにいた神楽耶は、その不信任決議案との言葉に思わず息を呑んだ。
「同意の方は挙手を願いたい」
 荒れる会議の中、多くの議員からこれまでの遣り取りに流されるように挙手が為され、賛成多数の結果、神楽耶は議長の座から追い落とされた。
 フランス代表の議員がまるで新しい議長のように立ち上がって述べる。
「本日の会議はこれまでとし、次回、新議長を決める最高評議会を改めて開催したいと思います。また、ブリタニアの加盟については、現在の政権は信頼するに足りぬと判断し、かつての帝政時代の影響のない、新たな政権となった時に改めて討議すべきと思いますが、如何?」
「賛成」「賛成」という声と共に拍手が鳴り響き、ナナリーは加盟が認められなかったことと、自分は代表の座を引き、新たな代表を選出せねばならないということを認識せざるを得なかった。



 数ヵ月後、合衆国ブリタニアは完全に帝政時代の影を拭った新政権を立ち上げ、漸く超合集国連合加盟を認められた。
 代表の座を失ったナナリーと国防長官の座を引いたコーネリアは、その後、修道院へ入ったとも市井に紛れたとも言われ、行方は杳として知れない。
 また、超合集国連合では、新議長の下、黒の騎士団も改編され、フジ決戦当時に── 日本人── 幹部としてあった者のほとんどがその職を解かれた。
 超合集国連合も、その外部組織である黒の騎士団も、新しい時代を迎えたのである。

── The End




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