悲劇が喜劇に変わる時




 時に、悲劇と喜劇は、表裏のものと言える時があるのではないかと、そう思う。



 遂に知ることとなった“アリエスの悲劇”と言われる皇妃マリアンヌ暗殺の真相、それは、“悲劇”ではなく、“喜劇”ともi言えるものだった。
 母を殺されたこと、そしてその後のことを考えれば、子供である俺とナナリーにとっては、確かに悲劇だった。テロとされたその事件の犯人は、皇位継承を巡る陰謀、あるいは庶民出であることから忌避されていた事実から、皇族や貴族たちによるものと囁かれていたし、俺自身、そう思っていた。だから誰が犯人なのか、その真相を、真実を知りたいと思い続けていた。
 けれど、まさかそれが“妬心”からくる“仲間割れ”が原因だったなどと、一体誰が考えるだろう。
 しかもその“仲間”というのが、他者が聞けば荒唐無稽としか思えない計画の同士だと言うのだから。
“Cの世界”において、嘘のない優しい世界を創るために、人々の集合無意識の集合体である、シャルルたちが言うところの“神”を殺し、人々の意識を一つにするという“ラグナレクの接続”。これまでのシャルルの言動を考えれば、まだ武力によって世界統一を果たすのが目的だと、そう言われた方がよっぽど納得できる。だいたい、人々の意識を曝け出させたら、その世界はシャルルに対する恨み、怨嗟、あるいは恐怖で満ちているだろうに、それでもそれがシャルルにとって“優しい世界”足りえるのだろうか。それとも、嘘がなくなれば、それだけでそこは“優しい世界”になるとでもいうのか。だとしたら、シャルルはそこに満ちるであろう自分に対する負の感情を理解しているのか、想定しているのか、それを承知の上で、隠し事がなくなれば、人々の意識が統一されれば、そこに“未来”があると、本当に信じているというのか。あるいはそうは思えないが、全て覚悟しているとでもいうのか。それとも、そんなことはないとでも思っているか。その方がありえそうだ。
 だが、シャルルたちが考えていたようなことは決してあり得ないと俺は思う。隠し事をできず、全てを曝け出す、逆に望んでもいないのに他者の声を聞き、深層心理を知ることになれば、そこに待っているのは狂気ではないのか。それはかつて人々の心を読むギアスを持っていたマオが証明している。
 自分たちの考えが正しいと、それこそが優しい世界であり未来なのだと、けれど結局は自分たちにだけ都合のいい、自分たちにとってだけの優しい世界でしかないことに気づかず、猛進し、その実現のために、多くの国を侵略し、多くの人々を殺し、虐げてきたことは、それらをされてきた国や人々にとっては悲劇だが、当事者たるシャルルたちだけを見た場合、あまりにも愚かだとしか俺には思えない。そしてその過程で殺された母マリアンヌの事件はその動機も含めて、子供である俺たち兄妹を除けば、喜劇にしか思えない。せめてもの救いは、当事者たちの死をもって、計画を頓挫させ得たことか。最終的な結末がシャルルたちの望んだとおりになったかどうかはともかく、もう少しで“神殺し”が行われていたところであり、その結果によっては、人々をこれまで以上の悲劇が襲うことになったかもしれないないのだから。
 だから思う。たとえ“親殺し”という罪を背負うこととなっても、シャルルたちの計画を否定し、計画を頓挫させ、ついには命を奪うことになったが、それは決して間違ってはいなかったのだと。



 超合衆国連合評議会との決裂後、ブリタニアへの帰途中、シュナイゼルやナナリーとのスクリーン越しの通信を終えたルルーシュは、アヴァロン内の私室でCの世界での、自分たち兄妹を捨てたあまりにも、身勝手だったシャルルやマリアンヌとのことを思い出しついでナナリーとの遣り取りを思い返した。
 ナナリーは呆れるほどに、あまりにも無知で、そして想像性に欠け、疑うこと、何一つ疑問に思うことなくシュナイゼルを簡単に信じすぎていた。
 少しでも考えれば、たとえシュナイゼルが避難勧告を出していたとしても、1億にも近い人々が何の問題もなくペンドラゴンから脱出することなど無理なことは簡単に分かることだ。ましてや、ペンドラゴンという帝国首都である大都市がまるまる失われるとなれば、無事に脱出して命は助かったとしても、持ち出せるものは限られるのだから、資産を失う。そしてそれは、必ずしも物理的なものだけではない。避難後のことも考えれば、脱出して命が助かったからといって、それで済む話でもない。
 国家として考えても、帝都の損失は、甚大だ。一時的なもので済む話ではない。この先、何年にも渡って影響が出る莫大な損害だ。
 だいたい、どこに自国の首都を攻撃する元首がいるというのだ? 内戦で争いが起きている状態ならば、ありえない話ではないかもしれないが。
 そして確かに、俺とシュナイゼルは相争う関係にあると言っていいだろう。しかし、少なくとも表面上は争いは起きていなかった。つまり内戦状態ではなかったということだ。そんな状況下、現皇帝の留守を狙って帝都をに大量破壊兵器を投下し、全滅させる。しかも、シュナイゼルに担がれ、主導されてのこととはいえ、それを自分こそが皇帝だと名乗るナナリーが行った。そんな皇帝を、はたして国民が認めるなどと本気で思っているのか?
 改めて、ナナリーの為政者としての資質、能力の欠如、知識の無さ、その立場に対する認識の欠如、無責任さが鮮明になる。
 ナナリーのエリア11総督としてあった時の“イレブンの皆さんの為に”という思いは本気だろう、それは認める。しかしそれを重視するあまり、肝心のブリタニア人に対する施政がなおざりになっていた部分があったのは否定できない。そしてそんなブリタニア人の、総督に対する不満の声など、まったく知らないのだろう。それでなくとも、僅か一年前に、経緯はどうあれ虐殺という行為によって失敗に終わった、誰にも望まれていない“特区”を再建するとして、被支配民族たるイレブンの為に、ブリタニア人に対して増税までしているのだ。確かに皇族がすることだからと、表面上はさほど大きくはなかったが、総督に対する不満は明らかにあった、全寮制のアッシュフォード学園の中においてすら、不満の声が囁かれていたほどだ。それらの声は、おそらく周囲が耳に入れないようにしていたのだろうが、それでも、その気になれば知ることは決して不可能ではなかったはずなのに、それすら、民意を、世論を聞く、知る、ということすら、考えつかなかったか。
 ナナリーを総督に任命したシャルルにしろ、今回ナナリーを皇帝として担ぎだしたシュナイゼルにしろ、それは俺に対する牽制であって、お飾りでよかったのだろう。シュナイゼルについていえば、それに加えて帝都に対するフレイヤ投下に関して盾にするという面もあるのだろうが。
 しかしナナリーはそんなことは欠片すら気づいていなかったのだろう。考えもしなかったに違いない。現に、エリア11総督として、ナナリーは「何もできない」と言いながら口出しをしていた。その最たるものが、誰にも諮ることなく就任演説で唐突に告げられた特区の再建だったわけだが、その他にも、ただイレブンの為にならないというだけで、代案を出すこともなく、ただ官僚たちが出した政策を否定し、徒に振り回していた。官僚たちの苦労を何一つおもんぱかることなく。そして官僚たちは、皇族の言うことだからと、それに従うしかなく、官僚たちの間にも総督たるナナリーに対する不平不満、批判の声が溜まっていったのは、残された報告書からも明らかだった。
 その挙句が第2次トウキョウ決戦でのフレイヤ投下後の行動だ。総督たる者が、シュナイゼルに言われたからと、それだけで、一言の声明を発することも、姿を見せることもしない。その意味に気づかない、考えもしないとは!! 更には本国の、自国の帝都に対する攻撃。たった一発でこの世から、世界最大の都市を、そこに住む人々ごと消し去った! その事実がもたらすその後の影響も全く考慮することなく!! そんな小娘が、何もわかっていない、考えようともしない、能力も資格もないただの小娘が 総督、皇帝だなどと! しかも当の本人はそのことに全く気付いていない!
 帝都へのフレイヤ投下による被害、それは国家として、最悪の事態だ。そしてそれ以上に、そこに生きていた人々にとって、その関係者にとってはこれ以上ない悲劇であることは間違いない。けれど、ナナリー・ヴィ・ブリタニアという為政者とは言えない為政者を見る限り、態度だけは立派で、振り返ってみれば父親と同様に、自分は正しいと、間違っていないと思い込み、自信過剰で何も理解(わか)っていないことすら理解っていないその様は、滑稽でしかない。どのような意図のもとであれ、あのような愚かな娘を為政者── 総督に任命したシャルル、皇帝として担ぎだしたシュナイゼルに対しては呆れるほかはない。
 だが、何よりも嘲笑(わら)えてならないのは、彼女が連れ去られるまで、必死に守ってきたこの俺自身だ。ただ大切に、慈しんで、守るばかりで、思慮というものを、教えることができなかったということなのだから。
 エリア11のトウキョウ租界と本国の帝都ペンドラゴンで引き起こされたこれ以上ないほどの惨劇、悲劇を別とすれば、これもまた、一つの喜劇と言えるのだろうか。

── The End




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