誰が知るだろうか、あいつの死の意味を。あいつが失われることの意味を。
あいつの本心を、願いを知っているのは、一握りのあいつの味方、協力者だけ。だが、正直なところを言えば、その者たちとてどこまで真の意味で分かっているか疑問がある。そう、特にあいつの命を奪い、その意思を継いで仮面を被る奴は。なにせ、あいつがこの計画を立てた最大の、そして直接のきっかけはあの裏切り者の「ユフィの仇」と、どこまでもあいつを殺そうとする意思に他ならなかったのだから。それはあいつの、必要最低限のことしか言葉にして出さないということにも原因はあるのだろうが。しかしそれは、これまであいつが生きてきた人生を考えれば致し方のないことであって、それを責めることはできない。いまさら、変えることもできないだろう。すでにそれだけの時もないのだから。
敗者として処刑されることになっている超合集国連合の代表たち、黒の騎士団、血を分けた者たち、彼らはあいつが殺されるシーンを見て、果たしてあいつの真意に少しでも気付くだろうか。確かに、中には多少なりとも気付いてくれる者がいるかもしれない。だがそれだけでは駄目なのだ。
悲しいかな、永い歳月を生きてきたからこそ、私には分かる。人間の歴史とは、すなわち戦いの歴史と言っても決して過言ではないのだ。確かに場所によっては戦いの無い時もあった。それは認める。だがそれは決して長い時ではなく、それ以上に世界中について言えることではないのだ。常に世界の何処かで、大なり小なり、何らかの戦いが繰り広げられていた。まるでそれが人間の性だとでも言うように。
世界を統一した“悪逆皇帝”の死後、人々は暫くはその死を、悪政から解放されたことを喜び、戦いの無い時が訪れるかもしれない。
あいつは、“悪逆皇帝”としての自分唯一人が、世界の全ての負を背負い、その連鎖を断ち切り、世界から戦いを無くすために己の命を差し出す道を選んだ。だが、一部の者だけではない、この世界に住む全ての者がその意味を、あいつの意思を、全てとは言わずとも多少なりとも知らなければ、あいつが望んだような戦いのない世界など、一時的にはともかく、訪れることはないと、私にはそう思えてならない。そう、あいつの望みは、望んだ世界の訪れは、決して叶えられないと。
私の共犯者であり、唯一、私の真名を知り、私が魔女なら自分が魔王になればいいと言ってくれた初めての男。私に、死ぬ時くらい笑って死ねと言ってくれた男。これから先、もう二度とあいつのような存在とめぐりあうことはないだろう。だから私は思う。もう誰とも契約を交わすまいと。だから私にとってはあいつが最後の契約者だ。そして私はこれから先、永遠とも言っていいだろう歳月を一人で生きていく。あいつとの思い出だけを胸に。
そして何時か、この世界で再び戦いが繰り広げられるようになった時、それを見たら、私は、あいつは一体何のために若い命を散らしたのかと、その死を、あいつの願いが叶わぬことを嘆き、一人虚無を纏い、何を望むこともなく、ただ下り落ちるように、流されるままに生きていくことになるだろう。
だから願うのだ。一部の人々だけではない、世界中の人々が、あいつの死の意味を、あいつの願ったことを知り、それを叶えてくれることを。そうすれば、あいつの生は、死は、決して無駄ではなかったと思えるだろうから。そうしてあいつの願ったようになった世界で、私はたった一人きりの永い歳月でも、少しはあいつが望んでくれたように笑って生きていくことができるのではないかと思えるから。
けれど、数少ない協力者たちを除いて、果たしてあいつや私の思いを、この世界の誰かが知ることがあると、本当にそんな時が来ると言えるのだろうか。
── The End
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