世界の片隅で、時に魔王は思い出す。自分がまだ人間だった時のことを。
人質として送られた国が母国のエリア── 植民地── となってから、身体障害を抱えるたった一人の妹の世話をしながら過ごしていた学生生活。
そんな生活の中で、母国に対して反逆者として起ち上がった。
それは魔女からギアスという異能を授けられた時だった。
その力をもって、一つの組織── 黒の騎士団── を創り上げた、母国と戦うために。
しかしその日々の中で、自分に対して手を差し伸べてくれた異母妹を、暴走のためとはいえ、不本意ながらもかけてしまったギアスのために、自ら手を下した。その命を終わらせ、日本人に対する虐殺を止めさせるために。
そして起こったエリア11における母国ブリタニアに対する一斉蜂起。
けれど、その最中に愛しい妹が浚われ、自分は戦線を離脱した。
そこで待っていたのは、幼馴染であり初めての友人であり、そして最大の敵。彼は誰の言葉を受けてか、反逆者ゼロの正体を知り、その存在を否定した。だが否定しながら、その身を皇帝に売ることで更なる地位を得た。
そして一年もの間、記憶を書き換えられたまま、そうとは知らず、偽りの弟を、真実、弟と信じて、監視される生活に甘んじていた日々。
それは魔女によって終焉を迎えたが、同時に新たな戦いの始まりだった。
本国に戻り、皇女として、エリアの総督としてやってきた妹は何も知らず、知ろうとせず、異母妹が宣言した特区を再建しようとしていた。
その特区がどんなものか再考しようとすらせずに、ただ、彼女にとって異母姉のしたことは、しようとしていたことは正しいことと、盲目的に信じて、そのデメリット、リスクを考えることもせずに。
そんな妹を前に、自分は身を引くしかなかった。
しかしそれで済ませるわけにはいかなかった。それで終わってしまっては、母国に反逆した、否定した意味がない。
監視された一学生という仮面を被りながら、その一方で超合集国連合という組織を創り、その決議に従って、エリア11、否、日本の奪還作戦を実行に移した。
その中で用いられたブリタニアの新兵器、大量破壊兵器フレイヤの前に、トウキョウ租界は一瞬のうちに消滅し、その中には愛しい妹もいた。
守れなかった。守ることができなかった。妹がいないというのならば一体何のための反逆だったというのか。 そしてその状態に憔悴した自分を待っていたのは、組織幹部たちの裏切り。彼らは敵将の言葉を信じ、それまで自分が行ってきたことを全て否定した。何のために自分が前線に立って戦ってきたのか、その意味すら汲んではくれてはいなかった。
隠していること、黙っていることが多過ぎた。それは認めよう。しかし彼らは、行動と、少なくはあったが確かに言葉で示してきた自分を、信用してくれてはいなかったのだ。結局、自業自得というのだろうか。
けれどそんな自分を救ってくれた偽りの弟。
妹が失われたと知った時、罵り、利用して殺すつもりだったと告げたのに、そんな自分を文字通り命を懸けて救ってくれた弟。その弟の命に報いるために、自分はケジメだけはつけなければならないと思った。
しかしそこで知らされたあまりにも身勝手な両親の真実の前に、自分はこの世界にとってただのノイズに過ぎなかったのかと思い知らされた。
だがそれで済ますわけにはいかなかった。
人の未来を否定した両親、けれど自分は人の未来を欲し、神にギアスという名の、呪いではなく、願いをかけた。
それを人の集合無意識である神は受け入れたのか、両親はその存在を抹消された。
しかしそれで全てが終わったわけではなかった。
行方を眩ませている神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼルと、彼が所有する大量破壊兵器フレイヤ。フレイヤはこの世にあってはならぬものだ。
シュナイゼルがしようとしていることは、両親が昨日という日で世界を終わらせようとしたように、今日という日で終わらせようというもの。だが自分が望むのは明日と言う名の未来。
それを実行するために、憎むべき母国ブリタニアに入り、自ら皇帝となってブリタニアを支配し、様々な悪弊を排除した。
そして望んだ超合集国連合の臨時最高評議会。 それはある意味望んだ以上のものだったが、自分が築き上げた黒の騎士団の幹部たちのあまりの無知さに歯痒さを覚えたのも事実だ。彼らは完全にシュナイゼルの掌で踊らされる駒と化していた。自分たちでもそうと気付かぬままに。
シュナイゼルは、そして彼の元で生きていた妹は、母国の帝都にフレイヤを撃ちこんだ。妹は帝都の民は避難させたとのシュナイゼルの言葉を疑うことなく信じ、兄である自分がゼロであったことから自分を敵であると任じた。
そうして臨んだ最後の戦い。
シュナイゼルだけではなく、かつての仲間であった黒の騎士団とも矛を交えた。
そんな中でフレイヤを無効化するアンチ・フレイヤ・システムであるアンチ・フレイヤ・エリミネーターを、事前のテストもなく、たった一度の、決して失敗することの許されぬ状況で使用して、無事にフレイヤを無効化し、自分と、自分を仇とするかつては敵であった友人と共に、シュナイゼルのいる天空要塞ダモクレスに乗り込んでシュナイゼルを、皇帝を僭称する妹のナナリーを抑えた。フレイヤの発射装置であるダモクレスの鍵も共に。
あとは最後の幕。
世界を征服した“悪逆皇帝”として、大勢の人々の前で、光を取り戻した妹の前で、“英雄”ゼロに殺される── ゼロ・レクイエム。
それで全てが終わるはずだった。自分の死で、世界の悪の、負の連鎖を断ち切り、後には妹の望んだ“優しい世界”を遺すつもりだった。
なのに── 。
自分は死ぬことはなく、息を吹き返してしまった。
両親を抹殺した時、そうとは知らず、父シャルルの持っていたコードを引き継いでしまっていたのだ。
残されたのは、老いることもなく、死ぬことも許されない躰。永劫の時を生きる躰。
しかしそこにいたのは自分だけではなかった。
同じく不老不死の躰を持つ、自分にギアスという異能を授けた魔女。そして自分の意思に関係なく、ギアスの力を授けられ半機械人間と化した、自分に忠誠を誓ってくれる騎士。
そんな二人と共に、誰に知られることもなく旅に出た。もう決して表に出ることなど考えずに。
だがそうして遺された世界は、自分が望んだような“優しい世界”になることはなく、かつてのような大規模な戦争こそ起こっていないものの、あちこちで紛争が絶えない。
話し合いによる調停はそのほとんどが無駄に終わっている。
ならば一体何のためのゼロ・レイクエムだったのか。だが自分たちはもう表の世界には関わらないと決めている。不老不死者が関わっていい世界ではない。
ただこうして時折かつての日々を懐かしみ、せめて親しくしていた者たちが幸福であるようにと祈る日々。
もう二度と帰ることのない、変えることのできない日々を思い出し、魔王となった自分と魔女と、自分に忠誠を誓う騎士と三人、世界の片隅でひっそりと生きていく。それが魔女と契約した自分に課せられた宿命と受け入れて。
── The End
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