並行世界




 誰よりも明日(みらい)を望んだ愛し子の死に、人の集合無意識である神は、その愛し子を裏切った者たちに罪を与えることにした。
 愛し子の存在により英雄となった者たちに対し、ならばその愛し子のいない世界でどこまでやれるかやってみせるがよいと。



 彼らの意識が戻った時、それはエリア11総督クロヴィス・ラ・ブリタニアによるシンジュクゲットー掃討作戦の最中だった。
 当初はわけが分からずにいた者たちも、そこがそれまで己たちのいた、あるいは記憶している時代ではなく、そこから過去に遡っていることに気付き、そしてまた、彼らに対して指示を下していた声── ゼロ── の存在が無いことに気付いた。
 ほうほうの態で逃げ出した彼らは、自分たち扇グループの拠点に戻って顔を見合わせた。
「どういうことだ、これは?」
「なあ、ゼロはどうなったんだ?」
「あいつのことは口に出すな!」
「けどよぉ、あいつがいないってのは変だろう。クロヴィス死んでねぇし。シンジュクゲットーに対する掃討作戦、まだ終わってないぜ」
「このままじゃ此処もそのうち見つかってやられてしまうかも」
 話し合った結果、彼らは一旦シンジュクを後にして様子を見ることにした。幸いKMFは彼らの手元にある。ブリタニア軍に抗する手段はあるのだからと。
 翌日になって総督クロヴィスによる掃討作戦は中止されたが、彼らの記憶の中にあるクロヴィスの暗殺は行われていなかった。
「あいつはいないのか?」
「そんなはずないだろう」
「けど、実際にクロヴィス暗殺が実行されてないし」
「なあカレン、どうなんだ?」
「私、明日学園に行って様子を見てくるわ」
「ああ、そうしてくれ」
 そして、紅月カレンことカレン・シュタットフェルトは、翌日アッシュフォード学園に赴いた。考えてみれば始業式以来の登校になるはずだ。
 そうして登校した学園に、クラスに、カレンの記憶にあるルルーシュ・ランペルージは存在していなかった。
 調べてみれば、生徒会副会長は同じクラスのリヴァル・カルデモンドだった。
 カレンはクラスメイトであり、生徒会のメンバーでもあるシャーリーにそっと尋ねてみた。
「ねえシャーリー、ルルーシュはどうしたの?」
「ルルーシュ?」
 シャーリーはカレンのその問いに目を見開いた。
「ルルーシュなんて名前の生徒、私の覚えている限りいないよ。カレンの記憶違いじゃない? 滅多に登校してきてなかったし」
「いない?」
 シャーリーのその答えに、カレンは愕然となった。
 ルルーシュ・ランペルージが、ゼロがいない。
 なら自分たちは一体どうしてしまったのか。集団で夢でも見ていたとでもいうのか。だが彼── ルルーシュ── が用立ててくれたKMFは確かに手元にある。ならば誰が自分たちにKMFを用立ててくれたというのか。そして自分たちは単に時を遡っただけではないのか。カレンの中で疑問が膨らむ。
 学園から下校したカレンは、すぐさま扇グループの拠点に顔を出した。
「扇さん! ルルーシュはいなかったわ」
「なんだって?」
「ルルーシュなんていう名前の生徒はいないって言われたのよ」
「そんな馬鹿な……。じゃあ俺たちは揃って同じ夢でも見てたっていうのか? ならあのKMFはどうして俺たちのところにあるんだ? 奴が用立ててくれたものじゃなかったのか?」
「そんなことを私に言われても私だって分からないわ! ただ分かっているのは、この世界にはルルーシュは、少なくともアッシュフォード学園にはいないってことだけよ!」
「じゃあ他のところにいるのかもしれないな」
「他のところって何処に?」
「俺たちと同じように時を遡って、けどその後の記憶があるからアッシュフォードには通わなかったとか」
「でも転校したとかじゃなくて、最初からいないって言われたのよ?」
「俺たちとは違う時間に遡ったんじゃないのか?」
「あいつがいたらブリタニアに売ることだってできたのに!」
「ブリタニアに売るって、扇さん!?」
「当然だろう、あいつはブリタニアの皇子なんだから! そうすりゃ少しは何がしかの見返りを得ることだってできたはずだ!」
 ルルーシュがいたらブリタニアに売りつけることを前提に考えていた扇に、カレンは疑問を投げかけたが、扇はそれを一蹴した。
 そんな遣り取りが続いている中、再び外が騒がしくなってきた。
「どうしたんだ?」
「またブリタニア軍が出動してきてます! それもこっちに向かって!!」
 表を見てきた井上が、叫びながら転がり込むようにして部屋に入ってきた。
「皆、出るぞ! こっちにはとにかくKMFがあるんだ、ただでやられたりはしない!」
「おう!」
 扇の言葉に呼応するかのように、玉城や南を始めとしたメンバーは部屋を飛び出し、KMFに騎乗した。もちろんカレンもだ。
 しかしブリタニア軍はそれを待っていたかのように扇たちに向かってきていた。
 慌てて臨戦態勢を取り、ブリタニア軍を迎え撃つ扇たち。シンジュクゲットー内での二日続けてのブリタニア軍の作戦に、周辺の住民は慌てて逃げ出していた。
「何も逃げることなんかねぇぞ、俺様たちがやっつけてやる!」
 玉城がオープンチャンネルで怒鳴った。しかしそんな声は耳に入らぬかのように、周辺の住民たちは我先にと逃げていく。
「何逃げてんだよ!」
「その方がいい、いらぬ被害を出さずに済む!」
 扇のその言葉に納得したかのように、「そりゃそうか」と返して、玉城は先頭を行くカレンの後を追った。
 やがて始まるブリタニア軍との戦いは、大人と子供のそれのようだった。何とか互角に戦えているのはカレンのみで、扇をはじめとした他の者たちは押されている。
「なんでだ、なんでこんなことに!」
 そう叫んだのが扇の最後の記憶だった。





 次に意識が戻った時、扇は扇グループが根拠地としている部屋にいた。扇の他のメンバーもいる。
 扇は慌ててポケットを探り携帯電話を取り出した。
 そこに表示されているのは、扇たちがブリタニア軍から毒ガスポッドを奪う作戦結構の日だった。
 すでにカレンたちは出ているのか、部屋の中にはいない。
 そこへ南が杉山を抱きかかえるようにして入ってきた。
「どうしたんだ!? 南」
「シンジュクゲットー掃討作戦が始まった、ブリタニア軍はもうすぐそこまで来てる。早く逃げないとやばい」
「何だって!?」
 扇は南の言葉に顔色を変えた。
 一体自分たちの身に、自分に何が起きているというのか。
 ほんのつい先刻までKMFでブリタニア軍と戦っていたばかりだというのに。
 そして時間的には毒ガスポッド奪取のために出ているカレンたちはどうなっているのか。
「おい、カレンたちから何か連絡は?」
 その問いには部屋の中にいた井上が首を横に振るだけだった。
「駄目、さっきから何度かけてみても連絡が取れないの」
 携帯を手に井上が答えた。
「一体、何が起きてるっていうんだ、さっきまで俺たちは手に入れたKMFでブリタニア軍と戦ってたはずなのに……」
「おまえの記憶でもそうなのか」
 杉山が力なく扇の呟きに応じた。
「私たち、何をしてるの? 何で同じことを繰り返してるの? いいえ、繰り返してるんじゃない、悪い方へ転がってる。この後は私たち……」
 井上のその言葉が記憶の最後となった。





 扇グループの拠点はブリタニア軍の攻撃を受けていた。
 対するのはカレンの操るKMFただ1機。それ以外は扇をはじめ銃で応戦するのが精一杯で、しかしKMF相手に銃などが通じるはずもなく、ただ押されるのみだ。カレンのKMFもすでに右腕をもぎ取られている。
「扇さん! もう無理、これ以上はもたない!」
 カレンの叫ぶ中、扇はKMFによって弾き飛ばされていた。
「なんで、だ、なんで、一体、何が、起きてる、んだ……?」
 その疑問の声を最後に、扇は息絶えた。





 扇たちは少しずつ戻る度に状況が悪化していく中、為す術もなく、ただ神による無限ループのような並行世界の中を、ただ過去へ過去へと遡っていくだけった。
 それは何時終わるのか、その果ても見えない。

── The End




【INDEX】