破 綻




 その時、生徒会室にいたのはルルーシュを別にすれば、生徒会長のミレイと、たまたま時間がとれたからと顔を出したスザクの三人だけだった。ルルーシュを除く二人に共通していることは、ルルーシュの出自を、本来の立場を知っているということだ。
 当初は大人しく書類の整理に勤しんでいた三人だったが、やがてスザクお得意のゼロ批判が始まった。
「だからゼロのやり方は間違ってるんだ! 正しいルールに則って、テロなんていう行為に走って犠牲を出したりせずに、軍や警察に入って中から変えていけばいいんだ。ゼロの誤った方法で手に入れた結果になんて何の意味もない!!」
「どこが間違っているというんだ? シャルル皇帝は力が全てだと、弱肉強食だと言っている。だから彼らはブリタニアの軍に、自分たちの持つ武力で戦いを挑んでいる。その行為のどこが間違いだと?」
「だからって、無駄な抵抗をして無駄な犠牲を出すなんて間違ってる!」
「何をもって無駄な抵抗というのかな? 無理矢理植民地化された国の人間が、自国の独立を願って抵抗する、これは自国を愛する人間としては当然の行為だと思うんだが」
「でも! 関係のない人間を犠牲にしていいってことにはならないだろう!」
 スザクの言葉にルルーシュは首を傾げる。
「しかし黒の騎士団ができたことによって、確かに規模は大きくなっているが、散らばっていた組織が纏まりつつあって、件数でいえばテロの数は減っているし、軍の犠牲は大きくなっているかもしれないが、それは敵対する征服した軍に所属するのであれば致し方のないことだろう。むしろその覚悟もなく軍に所属している方がおかしい。民間人に関して言えば、黒の騎士団はあらかじめ避難勧告を出しているから、全くとは言えないかもしれないがこちらの犠牲は減っているはずだしな」
 そこまで言って、ああ、とルルーシュは頷く。
「ナリタの件で言えば、シャーリーには気の毒に思うが、黒の騎士団はブリタニア軍に避難勧告を出すように告げていたとネットで情報を得ている。にもかかわらず被害が出たということは、黒の騎士団の出した勧告を無視して民間人を避難させなかったブリタニア軍の方が責任は大きいんじゃないかな」
「え? そうなの?」
 黒の騎士団が避難勧告を出すように告げていたことなど、全く知る由もなかったスザクは、ルルーシュのその言葉に目を丸く見開いた。
「おまえはルールに則ってと言っているが、そもそもブリタニア対日本の戦争自体がブリタニアの国際法を無視したものだったんだが。ブリタニアが突然日本に対して宣戦布告したと同時に、侵略し植民地とするために攻撃をしかけ、日本は自衛権を行使した、それがあの戦いであって、そこからしておまえの言うルールを無視しているんだが、それに対しておまえはどう思っているんだ? 間違って得た結果に意味はないんだろう?」
「そ、それは……、いまさらそんなこと言われても僕はまだ子供で何も知らなかったし……。けど、今、日本がエリア11としてブリタニアの植民地の一つであることは紛れもない事実で、そうである以上、この地で適用されるのはブリタニアの法だ。だったらそのブリタニアのルールを守るのは当然のことじゃないか!」
「確かにそれは間違いとは言えない」
 そう言ったルルーシュの言葉に、スザクは安堵の息を漏らした。だがルルーシュはそれで終わらせない。
「しかし、ルール、法は変わるものだ、永遠のものなどでは決してない。法は民を守るためのものだが、同時に為政者にとって都合のよいものでもある。特に専制国家においてはな。専制国家において最高の法は君主、ブリタニアの場合は帝政だから皇帝だ。皇帝の意思が法といっても決して過言ではない。となれば、次の皇帝が現皇帝の植民地政策を否定した場合、さて、どうなるのかな?」
「え……?」
 そんなこと考えたこともない、というように、スザクは呆気にとられたように、目と口を開いたただけで何も答えられなかった。
「それに最初におまえが言ったことに戻って、ゼロが間違っているということだが、奪われた国家を、自分の国を取り戻そうとすることの一体どこが間違っているというんだ? 過去の歴史においてもよくあったことだ。そして中には無事に祖国を侵略者から取り戻して独立を果たしている例もある。
 それと、おまえ言うところの正しいルールに従うということ、つまり名誉ブリタニア人になるということは、祖国を、このエリアにおいていえば、日本を、日本人であることを否定する、捨てるということだ。だが人には法と同時に情というものがある。それは法でどうにかなるものではない。日本を愛し、それを侵略したブリタニアを憎む者が名誉ブリタニア人になることをそう簡単に認めると思うのか? まあ、中には生きるために仕方なく名誉となる道を選ぶ者がいるのも否定はできないが。つまり名誉となっている者だとて、必ずしもブリタニアを認めている者ばかりではないということでもある。加えて名誉になることを望んだとしても、その全てが認められるわけではないし、おまえは軍や警察に入って中から変えると言うが、名誉になればその誰もが軍や警察に入れるわけでもない。人には適正というものもあるからな。名誉になったからといって、とれる道はおまえがいう道とは限らない。それで一体どうやって中から変えていけると? 第一、肝心のブリタニア人の多くは名誉を所詮は使い捨ての家畜のように思っているというのに」
「けど! 現に僕はユーフェミア様に認められて、軍人でありながらこうして学校に通うことを認めてもらった! それどころか騎士にまでしてもらった! 名誉である僕がだ! それは間違いなく変化の第一歩だ。違うというのか!?」
「ねえスザク君」
 それまで彼女にしては珍しく黙々と書類を片付けるのに専念して二人の遣り取りを聞き流していたミレイが口を開いた。
「な、何ですか、会長?」
「あなた、自分がどれだけイレギュラーな存在か分かってそれを言ってる?」
「イレ、ギュラー?」
「そう。名誉ブリタニア人の軍人でありながら、たまたま皇女殿下の目にとまり、特例として皇女殿下の、皇族の口利きで我がアッシュフォード学園に編入し学生となった。
 どういう経緯があってのことかは知らないけど特例として、適性の問題が一番だったのかもしれないけど、KMFのデヴァイサーとなり、果てはあなた自身が言ったように皇女殿下に騎士として指名された。そんなの、本当に特例中の特例よ。あなたは変化の第一歩だと言うけど、あなたに次ぐ人が一体どこにいるのかしら? 私、聞いたことないんだけど」
「そ、それは……、確かにそんなに急には、変わらないと思いますけど、でも間違いなく……」
「それともう一つ。あなたは皇女殿下があなたを騎士にしたことによって生まれるかもしれない危険性を分かってるのかしら?」
「危険性? 一体何が危険だって言うんですか?」
 スザクにはミレイの言葉の意味が分からない。自分がユーフェミアの騎士となったことのどこに危険性があるというのか。
「騎士に選ばれるということは、その周辺を調査されるということ。ここアッシュフォード学園には内密にしている宝がある。それがその調査によって知られる可能性があるということよ」
「あ……」
 ミレイの言葉に、スザクはそれが何を意味をするのかを流石に察してルルーシュを見やった。
「まあ、幸いなことにそれは今のところどうにか見つからずに済んでいるけど。
 でもこの前の学園祭で行われた“行政特区日本”の設立宣言。あなた、ルルちゃんたちに参加するように誘っているそうだけど、それがルルちゃんたちにとってどんなに危険なことかきちんと理解している?」
「だ、だって、ルルーシュたちはブリタニア人で、日本人とブリタニア人が一緒に手を取り合えるようになれば、危険なことなんて何も・・・・・・
「呆れた。本当に何も分かってないのね」
 ミレイは大きな溜息を吐き出した。
「特区に参加するのはほとんどが日本人。そんな中でブリタニア人は目立つ。目立つということは、すなわちルルちゃんたちの出自がバレる可能性が高まるということ。出自が分かればルルちゃんたちは間違いなくブリタニアに連れ戻されるでしょうね。そうなったら母であるマリアンヌ様亡く、後見する貴族がいないルルちゃんたちを守る者は誰もいない。そんな状態でブリタニアに連れ戻された場合、また政治的にどこかに人質として出されるとか、利用されるしかないのよ。皇室にあってはルルちゃんたちはシャルル皇帝が言うところの弱者でしかないんだから。それどころか、下手をすれば暗殺される可能性だって否定できない。そんな簡単なことすら理解できない?」
「で、でも! ユーフェミア様がきっとっ!」
「ユーフェミア皇女殿下は確かにこのエリアでは副総督という地位にいらっしゃるけど、それは総督であるコーネリア皇女殿下の実妹であるからに過ぎない。実力的には何もお持ちではいらっしゃらない。そんな皇女殿下が一体どうやってルルちゃんたちを守るというの? 守れるというの?」
「そのために僕が!」
「あなたはあくまでユーフェミア皇女殿下の騎士であって、あなたが守るべきはユーフェミア皇女殿下だけでしかないのよ。そんなあなたがどうやってルルちゃんたちを守ると? たとえ皇女殿下の命令があったとしても、あなたが何よりも優先すべきは皇女殿下をお守りすることであって、ルルちゃんたちではないのよ」
「そ、そんなことは……」
「だからあなたは何も理解していないと言うのよ。私、あなたがユーフェミア皇女殿下の騎士となった時、皇族とその騎士という関係をきちんと理解していれば、あなたはこの学園を去ると考えてたけど、あなたはそうしなかった。その理由が漸く分かったわ。つまり、あなたは何も理解していないからだって」
「結局のところ、おまえはルール、ルールと叫ぶだけで、人の心情というものを理解しようとしない、自分だけの価値観しか認めない身勝手な奴ということだよ。親友と思ってた奴がそんなくだらない人間だったとはな。おまえはもう俺の親友でもなんでもない。このままいけば、おまえは俺に、俺たち兄妹に破滅を齎すだけだろうからな」
「私たちが言ったこと、少しでも理解できたならこの学園から出ていって。そして二度と近付かないでちょうだい」
 ルルーシュとミレイが処理を終えた書類を片付けながら告げる言葉に、スザクは蒼い顔をしながら何も返すことができなかった。
 二人が生徒会室を去り、一人取り残されたスザクは思う。
 ルールに従って争うことなく、犠牲を出すことなく、中から変えていくのが一番いいことのはずなのに、僕はどうすればいいというんだと。
 どこまでいってもスザクはブリタニアという国家の在り方を理解できないでいる。皇帝を頂点にいただく専制主義国家たるブリタニアにおいて、その皇帝自身を除いては誰も国の在り方を中から変えていくことなど不可能だということに。そして中からの変化を望みながら、所詮は何の能力も実力もない皇女の騎士程度の立場では何もできはしないのだと、それをきちんと理解しない限り、その先には何もないのだということを。それを理解できないスザクの言うことは、結局はただの理想、妄想にしか過ぎないのだということを。

── The End




【INDEX】