春になれば…




 神聖ブリタニア帝国において、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、父であり時の皇帝であったシャルル・ジ・ブリタニアを弑逆して帝位を簒奪し、第99代皇帝となって、旧弊を打破し、ドラスティックな改革を進め、世界の人々から、“解放王”とか“賢帝”と呼ばれていた一時期を抜かせば、シャルルによる世界征服、植民地化による弱肉強食を謳った時代、そして、フジ決戦、いや、正確には、アッシュフォード学園において開催された超合集国連合の臨時最高評議会以降、決戦に勝利した神聖ブリタニア帝国とその唯一皇帝たるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアによる強権による独裁体制の時代、そのルルーシュが仮面の救世主ゼロによって暗殺されるまでは、世界は冬の時代にあったと言っていいだろう。
 冬の次に来るのは、もちろん、春、だ。
 だからルルーシュによって敗戦者となり処刑されようとしていた人々が解放された時、人々は、喜び、浮かれた。
 何時どのような目にあわされることになるか分からない独裁体制から解放され、これからは武力ではなく、話し合いによる平和な世界が構築されていくと。もう、何を心配することもないと。
 確かにその通りだった。そう、暫くの間は。
 だがやがて、ルルーシュという抑えが()くなったことで、各国間・民族間の亀裂が表面化し始めた。それでも最初の頃はまだ十分に話し合いの余地はあったし、ゼロという存在が抑えになってもいた。
 しかしそれは長くは続かなかった。
 そもそもは、ルルーシュと戦った彼の実妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアをブリタニアの代表としたことが問題だった。それはゼロの指示によるものであり、誰も反対できなかったのだが、少なくともそれがなければ、他の、ブリタニア皇室や、その見返りを受けていた貴族たちを抜かした者が代表となっていれば、少しは変わっていただろう。だが、ゼロが選んだのは自国の帝都にフレイヤという大量破壊兵器を投下し、本来なら何よりも守らねばならない自国の大勢の臣民を殺戮した皇女なのだ。当初こそは独裁者ルルーシュの死と、そのルルーシュと戦った聖女という美名、何よりもゼロによる指名、ということが、人々の不満や恨みを無理矢理に抑え込んでいた。だがそれにも限界がある。ナナリーの施政の下、人々の生活が少しでもよくなっていれば、彼女の執る政策がよいものであったなら、そうはならなかったかもしれない。
 だが実際には違った。シャルルの頃に比べれば多少緩やかになったとはいえ、ナナリーは貴族制度や財閥など、ルルーシュが打ち破ったものを復活させ、結果、それ以外の人々は、再び強者に抑え込まれ、搾取される存在へと落ちた。落とされた。
 一方、日本ではかつて黒の騎士団の事務総長を務めていた扇要が戦後初の首相となっていた。
 確かに日本はかつてはブリタニアのエリアであり、多くの搾取、被害を受けてきた。だがそれにしても、首相となった扇の執った政策はあまりにも一方的で有り過ぎた。貴族や裕福な者ばかりではない、ごく普通の一般的なブリタニア人に対しても、異常なほどの取り締まり、押さえつけ、時に財産没収など、ナンバーズと呼ばれブリタニア人から蔑まれていた一般の日本人からすらも眉を顰められるほどのものがあった。それは内政的にこれといった的確な政治が行えず、そのことからくる支持率の低下に歯止めをかけるために、ブリタニアに対しての強行的態度で補おうとしてのことだったのだろうが、結果的に、それによって日本に滞在していたブリタニア人のほとんどが母国へ戻るという事態を招き、それはひいては財収不足、失業者の増大などを招き、母国に帰国する手段すらとれないブリタニア人は、息をひそめて隠れるようにひっそりと過ごすような有り様となっていたし、肝心の日本人すら、扇の失政の結果、インフラの整備は遅れ、極一部の、扇の取り巻きと言ってもいいような者たちを除けば、下手をすればその日の食べるものにすら困窮する状態にすらなっている。そして扇はそれに対して適切な対応を取れていない。何も深く考えようとすらせずに、ただ自分と仲間たちだけが、利権を貪っている。人々の不満は爆発寸前まで高まりつつあった。
 超合集国連合では、ゼロの軸足がブリタニアにあることを見て取って、現在のゼロに疑心を抱き始めたEUの国々が次々と脱退していった。その際には黒の騎士団に出向させている自国の兵士たちを黒の騎士団から自国へと戻させていた。一時期はブリタニアと並んで世界の二大枢軸の一方となっていた超合集国連合だが、今やその面影はなく、残っているのは日本と中華、そしてどこにも属せずにいるような弱小国の寄り集まり所帯となっているといっていい。その結果、黒の騎士団は元々の日本人を中心としたグループ、星刻が総司令であることから、中華のグループ、そしてやはり僅かに残った国々からの者たちという、二大グループと、どちらにも属せない者たちといった有り様だ。
 EUでは利権絡み、民族紛争絡みで大規模なものには至っていないものの、そちらこちらで小競り合いが絶えない状態となっており、超合集国連合も、最早名ばかりと言っていいだろう。以前は中心であった日本と中華の睨み合い状態となり、他の国々はそれに巻き込まれないように黙って見つめているだけだ。最高評議会議長であり合衆国日本の代表でもある皇神楽耶は、今や名ばかりで、首相となった扇と対立するも、これといった手立てが打てずにいる。
 そんな状況下、人々は思う。
 これだったら、まだ“悪逆皇帝”ルルーシュの治世の方がずっとマシだったと。確かに世界はルルーシュの独裁下にあったが、少なくとも、人々はそれまでの階級、身分などとはとは関係なく皆平等に扱われ、食うに困ることもなかったのだから。そう、皆が平等だったのだ、皇帝であるルルーシュとその周囲の政権に関わる一部の者を除いて。
 ゆえに人々は責めるようになる、ルルーシュを殺したゼロを。ルルーシュが生存したままであったなら、最低限かも知れないが、少なくとも生活は保障されていた。子供の教育も医療も、どちらも受ける保障をされていた。飢え、貧困に喘ぐことはなかったのだ。そして思う。彼が生きていたならばと。今の状況と比較すれば、きっと自分たちはルルーシュの独裁体制を指示するだろうと。だが彼はもういない。世界最大の大殺戮者といえるナナリー・ヴィ・ブリタニアをブリタニアの代表とし、そちらに軸足を置いているとしか見えない今のゼロは信用できない、現在の彼はかつての彼ではない、皆がそう思う。
 そして、誰か、と望むのだ。現在のゼロではない、かつてのゼロのような存在、あるいは、今はもう亡き皇帝ルルーシュの復活を。
 今は冬の時代に逆戻りしたと言っていいだろう。だから望む、春の訪れを。春になれば、と。





 世界のほとんどがそのような状況にある中、オセアニアと呼ばれる一体だけは比較的安定していた。それはその一帯がかつてブリタニアにも超合集国連合にも属さずにきたためだろう。
 そんな一帯にあるオーストラリアの一角にある屋敷で、一人の少年がテラスで本を読んでいた。
 その少年に、一人の少女が声をかける。
「おい、何もしないのか?」
「何も、とは?」
 少女の問いかけに、少年は読んでいた本を閉じるとテーブルに置き、自分に問いかけてきた少女を振り返った。
「今の世界を見て、何かしようとは思わないのか、と聞いている」
「今の俺に何をしろと? 今の世界の有り方は、今の世界に生きる人々が望んだ結果だ。まあ、正確には夫々の国の代表が、だが。しかしその代表を選んだのは民衆。いやなら反逆すればいい。かつての俺がしたように。
 俺は為すべきことを為し終えて、一度は死んだ身だ。その後を託したスザクは、俺が託したものとはまったく逆をいってくれているが、それでもあいつが選んで決めたことなら俺はもう口出しする気はない。
 俺はシャルルたちの“ラグナレクの接続”を否定して明日を望んだが、その明日を決めるのは、今、この世界に生きる民衆一人一人だ。だから俺はもう何もしない。後は残った者たちに託したのだから」
「そうか。おまえがそう決めたのなら、私もこれ以上は何も言わない。だが、本当にいいんだな、これから先、この世界がどうなろうと」
「それは世界が、人々が決めることだ」
 少女の言葉の裏には「おまえの妹がどうなっても」という意味が含まれていたのだが、少年はそれをも汲み取って、そう答えを返したのだ。だから少女はもうこの事には触れまいと決めた。少女が誰よりも愛する、少女にとってただ一人の魔王の決めた事だから。ただ一日も早く、この世界に真の“春”と呼べる日が訪れることを祈るだけだ。それが誰の手になるにせよ。
「それより、咲世子が茶の用意ができたと言っていた。中に入れ。それとも此処で茶にするか?」
 少女のその言葉に、少年は立ち上がった。
「なら、リビングでいいだろう、いつものように」
 少年の答えに、二人はテラスから部屋の中へと入っていった。
 そうして魔王と魔女は、二人に仕えてくれる僅かの者たちと共に、ひっそりと世界の片隅で、世界の成り行きを見守りながら、けれど決して手を出すことなく、生きていく。永遠に──

── The End




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