朱禁城の花婿




 中華連邦の首都たる洛陽、その中心部にある朱禁城内にある迎賓館では、中華連邦の象徴たる天子と神聖ブリタニア帝国の第1皇子オデュッセウスの婚約披露パーティーが、大勢の招待客を招いて開かれていた。
 主賓席に座るのは、もちろん、オデュッセウスと天子たる蒋麗華の二人である。
 鷹揚と座っているオデュッセウスとは対称的に、天子の麗華は縮こまり、体を小刻みに震わせていた。
 天子は自分をこの朱禁城の外に連れていってくれると、昔約束を交わした黎星刻を思っていた。自分を此処から連れ出してくれるのはこの人じゃない、星刻のはずだと。
 そんな中、来賓の名を呼び上げる声がする。
「ブリタニア帝国第2皇子シュナイゼル殿下ご到着!」
 シュナイゼルは一人の女性── ニーナ・アインシュタイン── をエスコートしていた。
 そんなシュナイゼルにオデュッセウスが天子に伝える。
異母弟(おとうと)はこれまで特定の女性は作らなかったんだけどね」
 会場のあちこちからシュナイゼルがエスコートする女性に対する声がする。
「私と、この中華の天子が主役の場にあのような庶民の娘を連れてくるとは、一体何を考えているのかな」
 それは天子に向かってではなく、オデュッセウスが独り言のように呟いた声だったが、天子にはしっかりと聞こえていた。
 そして中央を進むシュナイゼルとニーナに、同じく招待客として会場にいた三人のナイトオブラウンズが膝を付きその中の一人がシュナイゼルに告げる。
「中華にいる間はシュナイゼル殿下の下に入るようにと皇帝陛下から申し付かっております」
 主賓席からよく見える会場の中央で繰り広げられるその様子に、天子がよくよく隣に座るオデュッセウスを見ると、その眉は明らかに険しそうに顰められていた。
「皇帝陛下の命によりシュナイゼルの下につくように言われているからといって、此処がどういう場か分かっているのかね、彼らは。主賓はあくまで私と麗華であって、シュナイゼルもあくまで招待客の一人に過ぎず、ましてや此処はブリタニアではなく、天子である麗華を象徴とする中華連邦の城だというのに」
 誰に聞かせるともなく呟かれたその言葉は、隣に座っているために全て天子の耳に届いていた。
 外の世界のことには疎いと言われている── いや、知らされていないと言うべきか── 天子にも、ブリタニアの皇位継承争いの激しさはそれとなく耳に入ってきている。
 オデュッセウスはその凡庸で優しそうな外見の割に、ブリタニア一の実力者、切れ者と言われるシュナイゼルに対して、そしてその彼に対して膝を付いたラウンズたちに対して、実はあまりいい感情は抱いていない、もしかしたら認めてもいないのだと天子にも分かった。
 やがて別の来賓者の名が呼ばれる。
 それは天子の初めてと言っていい友人の皇神楽耶だったが、問題はその同伴者だった。何故なら神楽耶が同伴者として連れてきたのは、テロリスト、黒の騎士団の司令官たるゼロだったのである。他にゼロの親衛隊長である紅月カレンもいた。
 中華の兵士たちが一斉にゼロを取り囲む。
 それを止めたのはシュナイゼルだった。それは純粋に祝いの席で乱暴事は避けたいという思いからだったのか、それとも他に思惑あってのことか、そこまでは分からなかったが、ともかくもシュナイゼルのとりなしで、事は未然に防がれた。
 ゼロからすればシュナイゼルは今回の縁組を取り纏めた人物、目的のためには母が異なるとはいえ、実の兄をも利用しようとする男である。
 そのシュナイゼルにゼロはチェスという余興を持ちかけた。
 賭けられたものはラウンズの一人である枢木スザクとゼロの仮面。ゼロはスザクを神楽耶に、と賭けた。
 ゼロことルルーシュは、昔ブリタニアにいた頃は、一度としてシュナイゼルにチェスで勝てたことはなかった。しかしもう昔とは違う。必ず勝って枢木スザクの首を貰う、そう思ってシュナイゼルとのチェスに臨んだ。
 別室で行われ、メイン会場の大広間のスクリーンに映し出されているその勝負は、どちらが勝ってどちらが負けているのか、一目見ただけでは簡単に判断はつかない。いい勝負といったところだろうか。
 そんな中、ゼロはキングを動かした。そしてざわめく周囲に惑わされることもなく、シュナイゼルもキングを動かす。
 まるで勝ちを譲るかのようなその動きに、ゼロ、否、ルルーシュは反した。勝利は譲られるものではなく勝ち取るものだと。
 しかしシュナイゼルは言う、「皇帝陛下だったら取っていただろう」と。
 そんな勝負に水を差したのはニーナだった。いきなり刃物を取り出してゼロに向かっていったのだ、「ユーフェミア様の仇!」と。
 そしてそれを止めようとしたスザクをニーナは詰る。
「ユーフェミア様の騎士のくせに!」
 ニーナから刃物を取り上げたカレンが、床に崩れて泣き崩れるニーナに、ごめんね、と謝る。
 そんな遣り取りを見ていたシュナイゼルは、勝負はここまでにしよう、とゼロに持ちかけた。そして明日の結婚式には決して来ないようにと釘をさす。
 大広間でその様子を見ていたオデュッセウスはまた一人呟く。
「シュナイゼルにも困ったものだね。この会場であんな愚かな行いをするような娘を連れて来るとは。やはり私を馬鹿にして見下しているつもりなのかな。それに第一、こんな事があった程度でゼロが明日来ないなんてはずはないだろうに。そのくらい口にしなくても分かっていると思ったが。それとも、一応建前としての牽制かな。私としては是非ともゼロにも来てもらいたいものだね。麗華のためにも」
 その呟きの全て、本当の独り言にしては天子にはよく聞こえた。まるで天子に聞かせているかのように彼女には感じられた。
 そして思う。
 私のためにゼロに来て欲しいとはどういうことなのだろうかと。ゼロが来たら決して無事には済まないだろうに、自分の花婿── ── となるこの人は、一体何を考えているのだろうと、天子は不思議に思った。
 もしかしたらこの人は、オデュッセウスはゼロの正体を知っているのではないかしら。そんな馬鹿な、と思いながらも、その考えが頭を(よぎ)って離れない天子だった。

── The End




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