神聖ブリタニア帝国第3皇女にして、エリア11副総督であるユーフェミア・リ・ブリタニアがアッシュフォード学園の学園祭にて“行政特区日本”を宣言してから数日、校門の前に鈴なりのようにいたマスコミ各社も漸く引き上げて、どうにか本来の学園生活を過ごせるようになったある日、前後を別の、明らかに軍の物と思われる車によって守られた黒塗りのリムジンが1台、校門から入ってきた。
リムジンはクラブハウスの前で停まると、中から明らかに貴族と分かる壮年の男性が一人、供を連れて降りてきた。その人物は迷うことなくクラブハウスの中へと歩み入る。
その様子をクラブハウス内の生徒会室から見ていた高等部生徒会会長ミレイと、副会長ルルーシュの顔色が蒼褪めてきていることに気が付いている者はまだいない。他の、病弱で休みを取っているカレンと軍務でいないスザクを除くメンバーは、一体何事だと好奇心の方が勝っている。
妹のナナリーが今この場にいないのは、まだ幸いだろうかとルルーシュは思う。
二人分の足音が聞こえる。それは間違いなく生徒会室の扉の前で止まり、同時にノックの音がした。そして返事も待たずに扉が開けられる。
供の者を扉のところに待たせて、貴族の男は真っ直ぐにルルーシュの元へと歩み寄る。それを見る生徒会のメンバーに言葉はない。ただ視線で追うのみだ。
男はルルーシュの前まで来ると膝を折り、上位の者── 皇族── への礼を取った。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下におかれましては、妹姫ナナリー皇女殿下共々直ちに本国にご帰還あるべく、シュナイゼル宰相閣下のご命令によりお迎えにあがりました」
ルルーシュはリヴァルたちの、驚きのあまり声にならない叫びを聞いたような気がした。
そしてその一方で、自分と同じく蒼褪めた顔色のままのミレイを目の端に留めながら、否定の言葉を口にする。
「あの、お人違いでは、ありませんか? 確かに俺の名前はルルーシュですが、殿下と呼ばれるような身分の者ではありません」
「やはり否定されますか。しかし宰相閣下は、過日のこちらでの学園祭の映像に映っていたお二人を見、更に此処が殿下方の母君マリアンヌ皇妃様の後見であったアッシュフォード家の建てた学園であることから、間違いないと確信しておられます。今ならばまだアッシュフォード家に対しても、あの敗戦の混乱の折りから、これまでよく殿下方を護り通してくれたことを誉めて取らせるとのことにございます」
ルルーシュは終わりだと思い、一瞬天を仰いだ。
その言葉に、ルルーシュはアッシュフォード家を盾に取られたと思った。ここで更に否定を続ければ、本国への帰国を拒めば、アッシュフォード家への咎めとなるだろうと。
第一、シュナイゼルが確信していると言っている以上、逃れようはないだろう。これ以上の抵抗はアッシュフォードに迷惑をかけるだけだ。
だがミレイは顔色を蒼褪めさせたまま、震える声で抵抗を試みる。
「殿下方を見捨てたのは帝国ではありませんか!? 死んでこいと、人身御供として送り出しておきながら今になって帰還を促すとはどういう了見なのでしょう!?」
「アッシュフォードのご令嬢、それ以上は不敬となりますぞ。宰相閣下の温情のあるうちに、殿下方にはご帰国の途についていただきたく思います」
「ミレイ、もういい……」
ルルーシュはあくまでも自分たちを庇ってくれようとするミレイの肩に手をかけて止めた。
「……ルルーシュ様……」
それらの遣り取りに、他のメンバーたちはルルーシュたち兄妹が、日本侵攻の際に亡くなったとされた悲劇の皇族なのだと悟らざるを得なかった。
「ルーベンに伝えてくれ、今まで迷惑をかけて済まなかった。そして、感謝をしていると」
そして改めて男に向き直って告げる。
「ナナリーは先に居住棟の方に戻っている。仕度をするから暫し待て」
「御意に」
生徒会室を後にしたルルーシュはナナリーの待つ自分たちの居住棟へと向かい、男とその供の者がルルーシュの後を追うように付いていく。
その様子を目にしながら、ミレイは拳を握りしめ、怒りに震えていた。
一度捨てておきながら、今になって迎えを寄越すとはどういう了見なのだと。また殿下方を利用しようというのかと。
そしてその原因となった主従を恨む。ユーフェミアさえ来なければ、ユーフェミアが来る原因となった男── 枢木スザク── の入学さえ皇族の願いという名の命令であっても認めなければ、殿下方のことは知られずに済んだだろうにと。
何もできぬまま、やがてクラブハウスに横付けされたリムジンに乗り込む二人の姿を認めて、ミレイは眦に涙を浮かべた。
箱庭の役目は終わった。ここはもう箱庭ではなくなった。あとはただ普通の学園になって、箱庭は枯れゆくのみだ。
箱庭の守番たる老人とその孫娘は、その有り様をただ見つめているしかできなかった。
── The End
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