排 除




 シャーリー・フェネットとロロ・ランペルージには過去の、と言うべきか、未来の、と言うべきか、いずれにせよ、共通したもう一つの記憶がある。その記憶には、何故か自分たちが死んだと思われる後の物も含まれている。そしてそれらの記憶を持つ二人の目的は、シャーリーが想い、ロロが兄と慕うルルーシュ・ランペルージの幸福、それだけだ。
 ルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが“悪逆皇帝”などと呼ばれ、世界中から悪しざまに言われ、その存在を罵られること、そして何よりもその余りにも若い死を避ける事にあった。
 そしてすでに二人は、アッシュフォード学園でルルーシュの日常を24時間体制で監視していた、教師役として入り込んでいたヴィレッタ・ヌゥをはじめとする機密情報局員を学園から排除し終えていた。
 二人が次の目標とするのはカレン・シュタットフェルトこと紅月カレン。何故なら、カレンは学園においては同じ生徒会の役員であり、ルルーシュのもう一つの顔、すなわち機情からの監視を受ける原因の一つである仮面のテロリスト“ゼロ”の親衛隊長という立場にあり、彼の全てを知っていながら、彼を裏切り続け、殺すのは自分の役目と彼の命を狙い続けた存在。ゆえにカレンは二人から排除の対象者に入っている。
 それでも二人は悩んだのだ。ルルーシュが改竄された記憶を取り戻し、ゼロとして再び()ち上がるきっかけとなるのは、間違いなくカレンの存在を抜きにしては考えられないと思ったからだ。そしてまた彼女のKMFのデヴァイサーとしての能力の高さは抜きん出ており、ゼロが復活した後、彼にとって重要な戦力となるのは否めない事実。
 けれど要は考え方一つである。
 カレンがいなければゼロの、黒の騎士団の力は確実に削がれる。だがそれは同時に、いずれ訪れるフジ決戦におけるルルーシュの敵戦力を削ぐことにも繋がる。
 ゼロの存在()くして、その先の神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの存在はなく、そして彼なくば既得権益者たちの権利剥奪、ナンバーズ制度の廃止はありえない。そしてまたシュナイゼルのフレイヤという大量破壊兵器の元での支配などもっての外だ。
 ゆえにカレンには何としてもルルーシュをゼロとして復活させてもらわなければならないし、ブリタニアと敵対している間はいて貰わねばならないが、その後は邪魔なだけなのだ。
 結果として、二人は待つことにした。カレンがゼロの味方である間はそのままに、そしてゼロを裏切った後には邪魔者としてヴィレッタたちに対してしたように退場願おうと。



 待つ時間は長かった。
 ゼロの復活、エリア11の暫定総督たるカラレス将軍の後任たる第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアの総督着任、そしてゼロたち100万人のエリア11からの合法的脱出。
 それらを全てをシャーリーとロロは指をくわえて待っていた。それでもロロはまだいい。黒の騎士団に入団してルルーシュの傍にいることが叶ったのだから。けれどそれゆえにこそ、ロロは常に己の死というものと向かい合っていた。そしてまたシャーリーは、ロロの命が失われることを知っていて、それでも尚一人で、エリア11で、アッシュフォード学園の中で、カレンを皇帝となったルルーシュから排除するために待ち続けた。



 ブリタニア皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを迎えての、アッシュフォード学園で臨時に開催された超合集国連合臨時最高評議会。
 カレンは超合集国連合のあくまでも外部組織たる黒の騎士団の一構成要員に過ぎず、外交ということを考えれば、とても一国の君主を出迎えることのできるような立場でないにもかかわらず、たった一人でブリタニア皇帝を出迎えた。議場たる体育館に案内するために。
 それを校内の片隅で、何故カレンは己のしていることが不自然であることに、儀礼上認められるようなことではない事実に気付かないのだろうと首を傾げながら、シャーリーは待っていた。カレンがルルーシュから離れて一人になるところを。
 そして記憶の中にあるままに、カレンはルルーシュを一人置き去りにして彼の傍から駆け去った。
 そのカレンを建物の陰から姿を見せたシャーリーが出迎える。
「シャーリー!?」
「久し振りね、カレン」
「どうしてあなたが此処にいるの? 今日は校内には超合集国連合の関係者以外誰もいないはずなのに!?」
「勝手知ったる何とやら、かしら」
 カレンの眉が顰められる。一体何の目的でシャーリーが校内に潜んでいたのかと。そしてそれはおそらく自分を待ってのことであろうかと考えた。でなければシャーリーが今になって自分の前に姿を現すことは考え付かなかったから。
「……それで、私に何の用なのかしら?」
「あなたに用があるということは流石に分かるのね」
「そうじゃなきゃ、今頃こんなふうにして私の前に現れるわけがないでしょう。で、何の用なの?」
「邪魔者には消えて貰おうと思って」
「え?」
 カレンはシャーリーの答えに首を傾げた。シャーリーの言葉からするに、邪魔者は自分ということになる。だが自分が誰にとって、何にとって邪魔者だと言うのか分からないというように。
 そんなふうに思わず考え込んでしまっているカレンを余所に、シャーリーはサイレンサー付きの銃を取り出した。以前、ロロから手渡されていたものだ。
「シャ、シャーリーッ!!」
「これから先のあなたの存在は、ルルーシュにとって邪魔でしかないんだもの」
 口元に笑みを浮かべながらそう告げるシャーリーに、カレンは思わず異様な寒気を覚えた。
「な、何を言っているか分かってるの? 自分が何をしようとしているか、分かってるの?」
 カレンは震える声で、銃を手にするシャーリーに尋ねる。
「もちろん十分に承知しているわよ。ロロが死んでから随分と経ってしまったけど、これで漸く私たち二人の目的が達せられるわ」
「ロロッ!?」
「私たち、もう随分と前に決めたのよ。ルルーシュにとっての邪魔者を排除しようって。ヴィレッタ先生をはじめとする機密情報局のメンバーを排除したのも私たち。だからルルーシュを奪回してゼロとして起たせるのに随分と楽だったでしょう? そして今度はあなたの番」
「シャーリー!」
 シャーリーを止めようと飛びかかろうとしたカレンに、シャーリーの引き金にかけた指が動いた。
「うっ!」
 最初の弾はカレンの脇腹を掠めて、カレンの動きを封じた。
「一発でなんか、楽になんか殺してあげない。ルルーシュを助けて死んでいったロロの分も、あなたには苦しんでもらうわ。それが今までロロを待たせてしまったことへの私からのせめてもの詫びだから」
「な、なんで、そんなこと……?」
 撃たれた脇腹を押さえながら、動きを止められたカレンが上目がちにシャーリーに問う。
「言ったでしょう、ルルーシュの邪魔者は排除するって」
「ルルーシュは……」
「あなたにとってルルーシュがどんな存在かは関係ないの。私とロロにとって、あなたという存在はルルーシュのためには邪魔者でしかないのよ」
 そう言って、シャーリーは次々と銃を撃つ。
「や、やめて、シャーリー。あなたは間違ってる、私は……」
 カレンの言葉を無視してシャーリーは引き金を引き続ける。今日この日のために、シャーリーは人知れず銃を撃つ訓練をしてきたのだ。カレンを確実に射止めるために。
「さようなら、カレン」
 そう告げて、シャーリーは最後の弾をカレンの心臓目がけて撃った。
 体育館で臨時最高評議会が行われている中、目的を達したシャーリーは、息絶えたカレンを残して人知れぬように建物の裏から出ていった。
 ロロ、見ていてくれた? 漸くカレンを排除することができたよ── そう空に向けて声にならぬ言葉をかけながら。

── The End




【INDEX】