群 青




 ゼロの国外追放── それを逆手にとってエリア11を合法的に出国し、中華連邦から借り受けた蓬莱島に落ち着いた100万の日本人たち。
 ブリタニアの干渉を受けず、遠く祖国を離れても、心が日本人である限りそこが日本であると、そうしてやってきた新天地。
 彼ら親子もまた、そうしてゼロについて蓬莱島にやってきた家族だった。
「父さん、俺、黒の騎士団に入団するよ」
 息子のその言葉を受けて、父親は分かっていたかのように黙って頷いた。
 黒の騎士団に入団すれば待っているのは戦いの日々。それは命を懸けた日々になる。何時何処で息子に死が訪れるかもしれない。しかし入団を決めた息子の意思は変えられまいと、父親は悟っていた。
 ましてやゼロの元、黒の騎士団は日本人にとって英雄である。何時かブリタニアから日本を解放してくれるであろう唯一の希望。
 そんな黒の騎士団の一員として、その望みを果たすための力の一助となれれば、それに勝る喜びはない。
 例えそこに死が待っていたとしても、それでも日本をブリタニアから解放することができるなら、自分一人の命など小さなものだ。
 そうして彼は黒の騎士団に入団すべく、蓬莱島に着いて落ち着く間もなく黒の騎士団の本部へと足を向けた。



 入団当初はまず適性検査を受けることになる。
 KMFのデヴァイサーには誰もがなれるわけでない。それぞれの適正に応じて配属が決められる。
 彼の望みはKMFのデヴァイサーとなることだった。だがその適性がないと言われても、それでも黒の騎士団で何らかの役に立つことができるならそれにこしたことはない。ゆえに結果がどう出ようと、彼の黒の騎士団入団に関する気持ちに変わりはなかった。
 幸いなるかな、彼はKMFのデヴァイサーたる適性があるとして、技術班の指導の下、KMFの構造について学び、操縦方法を学び、シミュレーションを経て、そうしてやがて実戦に至ることとなる。
 中華連邦の騒動の時点では、彼はまだ研修中の身であり、実戦に出ることはなかった。ただ実戦に赴く者たちの補助をするに留まった。
 それが彼には歯がゆかった。
 しかし彼の先輩たちは言う。
 戦いはこれだけじゃない。むしろこれからが本当の戦い。ブリタニアから日本を解放することこそが本当の戦いなのだから、何も焦ることはないと。
 そしてそれは事実となった。
 中華連邦での戦いの後、ゼロは日本という一国を飛び越えて、ブリタニアという国家そのものに対峙すべく一大構想を提示した。
 超合集国連合の創設である。
 ブリタニアと敵対する国々が集まり、一つの組織となってブリタニアと対する。
 ゼロは日本だけではなく、世界を巻き込み、超合集国連合対ブリタニアという二大枢軸による戦いへと持っていこうとしていた。そのあまりにも壮大な構想に、彼は度肝を抜かれた。
 だが同時に納得もしていた。日本だけが解放されても、事は終わらない。たとえ日本が解放されたとしても、今のブリタニアが変わらない限り、何時また侵攻を受けて支配されることになるか分からない。そのためにも今のブリタニアを壊すことが必要であり、そのためには日本だけでは駄目なのだと彼は理解した。
 そしてゼロの構想のままに形を作り上げていく超合集国連合。
 必然的に黒の騎士団の立ち位置も変わる。日本だけのテロリスト組織から、世界の、超合集国連合のための組織へと。それはすなわち、民間の組織から公式な軍事組織への変容である。
 実際に何がどう変わるのかは分からなかった。
 ただこれからは独自に動くのではなく、超合集国連合の外部機関として、超合集国連合に所属する全ての国家のために働くことになるのだと、それだけを彼は理解した。
 そうして超合集国連合の最高評議会で決定された第壱號決議── 日本奪還。いよいよ悲願の時がやってきたと彼は思った。
 すでに彼は実戦に入ることが決まっている。KMFに乗ってブリタニア軍と戦うのだ。
 出撃前の僅かな時間を縫って、彼は父親に会いにいった。これから出撃すると、日本を奪還してくると告げるために。
 そんな息子を迎えた父親は、どこか寂しそうであった。生きて帰ってこれるのか、何ら保証のない戦いに赴こうとしている息子。だがその息子たちの戦いがなければ、日本が解放され、自分たちが懐かしい日本に帰ることも叶わないのだ。父親はただ息子の無事を祈って送り出すだけだった。



 第2次トウキョウ決戦において、彼はトウキョウ方面軍に配属されていた。
 租界に張り巡らされたゲフィオン・ディスターバーにより、ブリタニア軍の戦力は大幅に削られている。その間隙をついて政庁に攻め寄せる。
 ゼロの見事な作戦に息を呑みながら、彼は己の騎乗するKMFを駆った。向かうはトウキョウ租界の中心にそびえたつ政庁。
 その時、彼は光に包まれた。一瞬のことだった。考える間もなく彼は光の渦に巻き込まれ、その光が消えた後には巨大なクレーターがあるのみで、彼の騎乗するKMFはもちろん、敵も味方も、そのクレーターの上には1機のKMFもなかった。



 黒の騎士団から齎された公式のゼロ死亡の悲報に、蓬莱島を悲しみが覆った。
 けれどそれ以上に、ゼロ死亡の次に齎された死者の報告に、彼の父親は涙を堪えた。そして一人、故郷を思い出して父親は浜辺へと向かう。
 日本が日本であった頃、まだブリタニアの支配を受けていなかった頃、息子を背中に背負って歩いた故郷の浜辺。今、その浜辺は遠く、遺されたのは老いた自分一人。
 背中の温もりはすでに失われてしまい、もう二度と還ることはない。
 分かっていたことだ。息子が黒の騎士団への入団を決めた時から。訪れるかもしれないその時が来ただけのことだと、父親は自分に必死に言い聞かせた。
 それでも失ってしまった息子の温もりを思い出し、一人群青の海を見つめながら浜辺を歩き続け、声もなく涙を流し続ける。
 今、彼には日本もブリタニアも関係なく、ただ失われた者を、たった一人の息子を思う哀しみだけがその心を覆い尽くしていた。

── The End




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