不面目な騎士




 枢木スザクは己の価値観のみを大切にしていた。
 彼にとっての価値観とは、ルールに従う、それだけであり、そのルールがどういったものであるかまでは考慮していなかった。
 つまり同じルールでもそれを是とする者がいれば否とする者がいることを理解しようとしなかった。
 彼にとってはルールが全てだったのだ。たとえそれが誤ったものであっても。
 だから彼は納得していた。
 友人だったとはいえ、主のユーフェミアを殺したゼロことルルーシュを皇帝に売ったことを。そこには微塵も後悔という文字はなかった。
 しかしそこで納得して終わりにしてしまうのが、また彼の欠点である。
 人には人の付き合いというものがあり、それなりの礼儀というものがある。ましてや彼はゼロを捕えた功績によりラウンズに取り立てられたが、それ以前に、彼は“主を守れなかった騎士”なのだ。
 騎士にとって、特に皇族の選任騎士にとっては主を守るのが最優先事項であるにもかかわらず、彼はそれを怠った。そしてただ主の命を奪ったゼロを憎んだ。己が己に課された使命を果たさなかったということを微塵も感じてはいなかった。ただ殺されたという事実のみが彼の中にあり、彼自身が本来果たすべき役目を、身を挺しても主を守るべきだったというのに、それを怠ったという自覚が彼には全くなかったのだ。
 ゆえにユーフェミアを守ることができなかったにもかかわらず、彼女の母皇妃はもちろん、その親族に自分の不手際を、ユーフェミアを守り通すことができなかったことを謝罪するという発想がなかった。
 これでは彼が円滑な人間関係を築けようはずがない。
 ある日、とある有力な貴族がパーティーを催し、ラウンズとなったスザクにもその招待状が届いた。
 実を言えば、その貴族はナンバーズ上がりの名誉であるスザクを招待などしたくはなかったのだが、他のラウンズも招待する以上、同じラウンズであるスザクを無視するわけにはいかず、半ば渋々招待したのであって、できるなら彼が出席を断ってくることを望んでいた。
 しかしそんなこととは思わぬスザクは、面倒臭いと思いながらも同僚であるジノ・ヴァインベルグに一緒に行こうと誘われるままにその招待に応じたのである。
 不幸はユーフェミアの母皇妃アダレイドの実家であるロセッティ大公爵が招待されていたことである。
「ビズアリー公爵! なんでこんな奴を招待した!!」
 スザクを見るや、ロセッティ大公爵は彼を指さし、大声で喚いた。
「こやつは、儂の大切な孫娘を! ユーフェミア皇女を守れなかった、いいや、守らなかった男だぞ! そんな奴を何故呼んだっ!?」
 最初、ラウンズたる自分に対して誰が何を言っているのかと思ったスザクだったが、ユーフェミアの名を出され、そして“守らなかった男”と言われ、思わず後ずさった。
「貴様のために、儂の娘が、アダレイドがどれほど嘆き悲しんだか! それを詫びの一つも寄越さず、のうのうとゼロを捕まえましたとラウンズに取り立てられていい気になりおって!! それもこれもユーフェミア皇女の死があったからだろうが! 貴様はあの()を見殺しにしたのであろうが! 何がラウンズだ、選任騎士がすべきは仇をとる前に主を身を挺しても守ることであろうが、それもできぬ半端者がいい気になりおって!!」
 仮にもスザクはラウンズ、皇帝直属の騎士である。本来なら大公爵といえどそうそう怒鳴りつけられるような存在ではない。しかし誰もそれを止めようとは、間に入ろうとはしなかった。
 そうなのだ。ゼロを捕まえラウンズに出世したとはいえ、その前に、彼は主であるユーフェミア皇女を守ることのできなかった騎士であったのだと思い出し、間に入るどころか、皆の批難の視線がスザクに集中する。
 主を守ることのできない騎士がどれほど不面目なことなのか、スザクには分かっていなかった。ただ殺された、という意識のみが先行し、守れなかったという認識が欠如していたと言っていい。
 それを指摘され、今になって初めて、殺された悔しさではなく、守ることのできなかったことを恥じ入った。
 会場内にいた他のラウンズも、ジノも含めて、主を守らなかったと責められる騎士を庇いだてはできなかった。
 主を守れない騎士は本当の騎士とは言えない。身を挺し、己が命を懸けても最期まで主を守るのが、ブリタニアの、皇族の選任騎士なのだ。
 その点において、スザクは間違いなく失格者であった。
 スザクは主を守れなかった、いや、守らなかった。
 ユーフェミアがゼロに撃たれた時、彼はユーフェミアから離れていた。守るべき主の傍らにいなかった。それが何よりの証拠である。
 ラウンズといっても所詮はナンバーズ上がり、ブリタニアの騎士のことなど何も分かっていないのだと、公衆の面前で批難されても誰も庇う者はいない。守るべき主を守らなかったという事実の前には、スザクを庇うことなどできようはずもないし、もとより庇いだてしようと思う者もいない。同じラウンズとして親しくしているジノですら。
 ユーフェミアの母皇妃やリ家の親族からすれば、ユーフェミアを殺したゼロよりも、守るべき主であるユーフェミアを守らなかった半端者のナンバーズ上がりの騎士の方が、遥かに憎むべき存在なのである。
 その事実を突き付けられて、スザクは返すべき言葉が無かった。ただ俯き、ロセッティ大公爵の批難を浴び続けていた。
 全てはスザクの、皇族の選任騎士という存在の意義に対する認識不足、甘さである。
 ロセッティ大公爵の批難が一旦途切れたところで、スザクは俯いたままやっと聞き取れるかどうかの小さな声で
「……申し訳、ありませんでした……」
 そう返すのがやっとだった。
 そしてそのまま踵を返して会場を後にするスザクを追う者は、誰一人としていなかった。

── The End




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