神聖ブリタニア帝国の“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロによって弑逆されてから一ヵ月余り。
一時の熱狂も冷めた頃、カレンはアッシュフォード学園に復学した。ただしカレン・シュタットフェルトとしてではなく紅月カレンとして。
生徒は、いや、生徒だけではなく教師も熱狂してカレンを出迎えた。
何しろ“悪逆皇帝”と最後まで諦めずに戦った黒の騎士団のエースパイロットなのだ。騒ぐなという方が間違っている。
復学した初日、カレンは学園側の配慮── 英雄を留年になどできない── によって進級していたクラスに入って、頬を紅潮させて挨拶した。
「紅月カレンです、これから卒業するまですでに一年を割ってますが、よろしくお願いします」
カレンの胸には彼女のKMF紅蓮のキィが誇り高く輝いていた。
そんなカレンを、クラスメイトたちはやんやの喝采で出迎える。一時間目はほとんど授業にならないくらいだったが、教師も相手が相手だ、仕方ない、というように諦め顔だった。
日本人名を名乗っても喜んで出迎えてくれるクラスメイトたちに、カレンは嬉しくて仕方なかった。以前だったら侮蔑の対象になっていたのに、変われば変わるものだ。
しかしカレン自身は何も変わったつもりはない。それは確かにシュタットフェルトを名乗っていた時には病弱ということにし、その振りをしていたが、中身は変わっていないのだ。
加えてブラック・リベリオンの後、生徒のほとんどが入れ替わっている影響で、病弱なシュタットフェルト家の令嬢であるカレンを知っている者はほとんど、いや、全くいないといっていい。おそらく今やリヴァルくらいだろう。しかしそのリヴァルもカレンが病弱などではなく、黒の騎士団のメンバーであることを以前から知っている。何も隠すことはないのだ。
放課後、カレンは誘いを断ってクラブハウスを訪ねた。
クラブハウスは第2次トウキョウ決戦の際に投下されたフレイヤ弾頭の影響を受け、居住棟は壊滅的ダメージを負っていたが、幸いというべきか、生徒会室や部室のある棟にはさほど影響なく、居住棟はすでに必要ではなかったこともあり、再建にはそれほどの困難は無かったらしい。それでもフレイヤ弾頭投下後の混乱ですぐには取りかかれず、それが再建が長引いた一番の理由らしかった。
懐かしいクラブハウスの中、カレンは生徒会室を目指した。
軽くドアをコンコンとノックしてドアを開ける。
「カレン!?」
最初にカレンの名を呼んだのはリヴァルだった。
「お久しぶり、リヴァル」
「カレンさん、て、あの黒の騎士団のカレンさん?」
「えーっ、嘘、本物?」
室内にいた他の二名の、カレンの見知らぬ女子が騒ぎ出す。
「あー、悪い、おまえら今日はもう帰っていいから」
「そんなぁ、狡いですよ、副部長だけカレンさんと話すつもりなんでしょう」
「カレンとは積もる話があるんだよ、さ、行った行った」
不満を漏らしながらも二名の女子生徒は生徒会室を出ていった。
「リヴァル、あの子たちは?」
「ああ、俺が入ってる新聞部の子たち。生徒会、人がいなくなっちまったからな、時々手伝ってもらってるんだ」
「そうか、会長もシャーリーもニーナも、もういないんだもんね」
カレンは懐かしそうに大きな生徒会室の中央に据えられた楕円形のテーブルを撫でながら、しみじみとした感じで呟くように告げる。
「カレン、今、わざと抜かしただろう、ルルーシュとスザクのこと」
「!?」
カレンはリヴァルの言葉を否定できなかった。そんなカレンにリヴァルが続ける。
「カレン、此処が何処だか分かってるのか?」
「此処が何処かって、生徒会室でしょ?」
何を言ってるの、という顔をして答えるカレンにリヴァルは苛々を募らせらた。
「そうじゃない! ここはアッシュフォード学園だ。休みの多かった、短い期間しかいなかったスザクはともかく、大勢のファンがいたルルーシュ・ランペルージのいたアッシュフォード学園だ」
「それがどうしたっていうのよ、言いたい事があるならはっきり言ってよ、リヴァル」
「ここにはルルーシュの素の顔を知っている人間がまだ大勢残ってるんだよ。今は確かに“悪逆皇帝”の死に浮かれてる連中が多いさ。それは認める。でもそんな奴らばかりじゃない! でなけりゃルルーシュ・ファンクラブなんてとっくの昔になくなってる」
此処にはまだ大勢のルルーシュ・ファンがいるのだとリヴァルは告げる。
リヴァルの言葉にそういえば、とカレンは思い出す。クラスの中、騒いでいる者たちがほとんどだったが、何人かは酷く冷静に、中にはイヤな者を見るような目をしている女生徒たちがいたことを。
「でもルルーシュは、あいつは人を利用するだけ利用して独裁者になったのよ。だから“悪逆皇帝”なんて呼ばれてゼロに殺されたのよ! あんな奴の事なんかさっさと忘れなさいよ!」
カレンは言っていて悲しくなった。本当のルルーシュは“悪逆皇帝”なんかじゃないと分かっていたから。あの処刑パレードの際、ゼロが現れ、覚悟したように微笑みながら彼が刺し殺された時、全てはルルーシュの用意した舞台だったのだと分かったから。けれどだからこそ、自分はその舞台に上がる。彼は“悪逆皇帝”で正義の味方のゼロに殺されたのだと。
しかしそんな事を知らないリヴァルはカレンを詰める。
「そうしてカレンは“悪逆皇帝”と最後まで戦った英雄ってわけか、そんなに人殺しの機械のキィが誇らしいのかよ!」
「こ、これは……」
これはゼロに、ルルーシュに認めてもらって最初に貰ったもので、だから自分にとっては誇らしく大切なもので、それを忘れないようにしているだけで、決して英雄を気取っているわけではない。確かに英雄扱いされて悪い気はしないが、ルルーシュの本音が分かっている今は、必ずしも英雄扱いされるのがいいとは思っていない。
「ルルーシュとは生徒会の仲間だっただろう! だったらあいつが本当はどんなに優しい奴か分かってたはずだ! 何の理由もなく“悪逆皇帝”なんて、そんなものになるはずないって! あいつはフレイヤっていう大量破壊兵器を持った連中と戦ってくれたんだ、自分が悪者になるのを承知で! そのくらい分からなかったのかよ! 何も考えずに理解してやろうとせずにどうしてあいつを殺そうとまでしたんだよ!」
リヴァルは分かっている。分かって自分を責めているのだと思うと、カレンはいた堪れなくなった。リヴァルは誰に何を聞いたのでもないのにルルーシュを理解している。それに引き替え自分は、ルルーシュがゼロに殺されるまで何も分かっていなかった。それどころか今はそれほどではない、というより、やめてほしいという気持ちが強くなってきているが、一時は確かに英雄扱いにいい気になっていた。もう誰も、紅月カレンだと、本当の名を名乗っても蔑んだりしないことをただ喜んでいた。
「生徒会長、カレンがやれよな。俺は今日限りで辞めるから」
「辞めるって、リヴァル?」
「もともと会長がいなくなって、シャーリーが殺されて、ロロとルルーシュがいなくなって、誰もいなくなって、俺一人になって、だから会長代行を務めてただけだ。今のカレンなら付いてくる奴は大勢いるだろう。だからカレンがやれよ」
「リヴァル!」
「悪いけど、俺、正直カレンの顔を見ていたくないんだ。カレンを見てるとカレンがルルーシュを殺そうとしてたって事だけが頭に浮かんで堪らない。とても一緒にやっていくなんて無理だ。だから後はよろしく」
そう告げるとリヴァルは鞄を持ってさっさと生徒会室を出ていってしまった。
後に残されたのは、リヴァルの言葉に呆然としたカレンが一人。
私は何をしてきたの? 本当の事を何も知ろうとせず、知ったのは、理解ったのは全てが終わった後でしかなかった。そうカレンは思いながら、これからどうすればいいのかと途方に暮れつつ、生徒会室の中にただ一人立ち尽くしていた。
── The End
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