枢木スザクは日々後悔していた。
エリア11でコーネリアに詰問された時、否、と答えられたかといえば、言えるような状況ではなかった。少なくとも心情的には。しかしそれでも、自分はまだ軍属で特派に属するデヴァイサーでもあったので、それを理由に断ることはできたのではないかとも思う。
だが、当時、ユーフェミアへの忠誠がなかったといえば、これもまた嘘になる。ユーフェミアに仕え、彼女を支えて、中から国を変えていくのだとの思いが強かった。
だがそれはあまりにも甘い考えだった。
ユーフェミアの副総督解任により、自分は選任騎士から唯の私的な騎士となり、何の発言権もない。ただユーフェミアを外敵から守るのだけが与えられた役目だ。
そしてユーフェミアはパーティーなどに招待されても、仮にも第3皇女でありながらまるで晒し者のような扱いに、招待されてもパーディーに出席することはなくなり、日々、離宮に籠って過ごすようになっていた。
そうなればなおさらスザクの役目はない。ただユーフェミアの傍にいて、時折その話し合い手になるくらいだ。
それとても離宮にいる侍従や侍女からは、ナンバーズ上がりの名誉ということで一段下に見られていて、ユーフェミアと二人でいることにいい顔をされない。
流石にユーフェミアもスザクが鬱積を溜めてきているのには気付いた。
「スザク、エリア11に戻りたいのではないですか?」
ある時、ユーフェミアは思い切ってそうスザクに尋ねてみた。
「え? エリア11にですか?」
「ええ」
「でもエリア11に戻っても、行く処もないし、……何より、僕はユフィの傍にいることを選んだから」
そういった、皇女の一介の騎士でありながらまるで対等のような口をきいていることが離宮に仕える者たちの更なる反感を買っているとはスザクは思いもしない。ただユーフェミアがそれを望んでいるからとそうしているだけで、周囲を見てはいない。
そしてエリア11に戻る処がないというのもまた事実である。
かつて所属していた特派は、スザクほどの適合率ではないとはいえ、すでにスザクに代わるデヴァイサーを見つけたというし、黒の騎士団は何故かゼロを欠いて、その後の活動も冴えないと風の噂に聞いている。アッシュフォードは退学したし、ルルーシュの件もあり戻りづらく── それ以前に、ユーフェミアからの口利きでの編入の時と違い、戻ることなどできようがないのが現実であるが── 、結果、スザクの戻る場所はすでに何処にもないのだ。戻るとすれば本当に一介の一兵卒からやり直すしかない。
「それよりユフィ、ルルーシュの処に行ってきてもいいかな? アッシュフォードでのこともあるし、一度きちんと話をしたいんだ」
「ああ、そうですね。スザクはアッシュフォードでルルーシュと一緒だったのですものね。それにルルーシュとナナリーが日本に送られた時、一緒に過ごしていたのでしょう? 色々とつもる話もありますね。アリエス離宮の場所は分かりますか?」
「はい、宮の場所は調べて覚えました」
「そう。なら私は行けないけれど、あなたはゆっくり話をしてくればいいわ」
ユーフェミアが少し寂しげな顔でそう告げることに、スザクは気になった。
「ユフィが行けないって、どうして? ルルーシュたちが以前ここにいた頃には親しくしていたんでしょう?」
「……副総督解任だなんて、ちょっと恥ずかしくて顔向けできないのよ」
俯いて答えるユーフェミアに、スザクはしまった、と思った。こういう人の心の機微を察することのできないところがスザクの欠点であり、本人が今一つ気付いていないところでもある。
スザクはユーフェミアの許可を得て、ルルーシュとナナリーのいるアリエス離宮を訪れた。
最初に対応に出てきたのは、ギネヴィアの離宮から派遣されてきた侍従の一人である。
「どのようなご用件でしょうか?」
「えっと、その、ルルーシュに話があって会いに来たんですけど、彼、いますか?」
「ルルーシュ殿下は宰相補佐として宰相府にお出かけです。おいでになられる時はあらかじめアポイントを取ってからいらしてください。もっとも、名誉風情の騎士がそう簡単にルルーシュ殿下にお会いになれると考えられても困りますが。それから皇族であるルルーシュ殿下を呼び捨てにするのはやめていただきましょう。殿下が市井にいらした以前とは違うのですから」
以前とは明らかに立場が異なるのだと改めて認識させられたようで、スザクは恥に顔を赤らめた。
「そんなふうだからユーフェミア皇女殿下もその騎士であるあなたもなっていないと言われるのですよ。少しは考えて行動なさることをお勧めしますよ」
そう言って、侍従は離宮の扉を閉めてスザクを追い払った。
スザクは自分の何気ない行動が、そのまま主であるユーフェミアの評価にも繋がるのだと言われて、今度は顔色を蒼褪めさせた。
ルルーシュたちが日本の枢木神社にいた頃とは、そしてアッシュフォード学園に共に在籍していた頃とは、自分たちの立場はあまりにもかけ離れてしまっているのについ同じ気分で話してしまう。だがそれではもういけないのだ、立場が違うのだと重ねて思い知らされる。
ルルーシュは帝国の皇子で宰相補佐の立場にあり、自分はエリアの副総督を解任されたユーフェミアの私的な騎士に過ぎないのだと。
スザクは肩を落としてトボトボとユーフェミアのいる離宮へと戻っていった。
今のスザクには未来が全く見えなかった。どこでどう選択を間違えたのか、何をどうすればよかったのか。そしてこれからどうすればよいのか。何も分からず、ただ途方に暮れるしかなかった。
その頃、宰相府では執務が一段落つき、シュナイゼルとルルーシュは休憩と称してお茶の時間を過ごしていた。
「ところでルルーシュ、この前話していた君の騎士の件だけどね」
「それが何か?」
「うん。実はエリア11のナリタ連山での黒の騎士団との戦いの時に行方不明となっていたジェレミア・ゴットバルト卿なんだが」
ナリタ連山、黒の騎士団との戦い、と聞いて、表面には出さないまでもルルーシュは心の中で顔色を変えた。
「実は私の部下が大怪我を負っていた彼を保護してね、ちょっとした実験体になってもらっていたんだよ」
「実験体?」
一体どういう実験だと思い顔に出すが、シュナイゼルはそれに答える気はないらしく、話を前に進める。
「そう。それでその調整も終わって、うまいこといったらしくてね。そうしたら、どうやって耳にしたのか、彼は君がここに戻っていると知って、君の騎士になりたがっているというのだよ」
「俺、いや、私の騎士に?」
君は覚えていないかもしれないけれど、彼は以前、マリアンヌ様がいらした当時、アリエス離宮の警備についていたんだよ。その時、マリアンヌ様を守りきれなかった代わりに今度は君を守りたいと言っているそうだ。エリア11ではオレンジ疑惑などもあってどうかとは思ったんだが、どうしたい、ルルーシュ?」
ルルーシュの心の中を冷や汗が流れる。
ジェレミアにオレンジ疑惑を抱かせたのは他ならぬ自分であり、それはもちろんまっかな嘘、はったり、出鱈目である。しかも彼がその実験体とやらになった経緯のナリタ連山での戦いで彼を倒したのは、記憶に間違いがなければカレンの乗った紅蓮弐式だったはずだ。
そんな自分の騎士にジェレミアが志願しているというのか。
「一応、彼の身の潔白は晴れているし問題はないと思うんだが、彼を騎士にする気はあるかい?」
「ゴットバルト卿が私などの騎士で良いというのなら、私には問題はありませんが……」
そう、問題はない、はずだ。少なくともジェレミアには自分がゼロだということはバレてはいまい。自分の後見人の立場にあるシュナイゼルがわざわざ話をしてくるというのがその証拠と思われる。
「なら、さっそくエリア11に連絡を入れて、彼をこちらに呼び戻す手配をしよう。彼を君の選任騎士にできれば君の体裁も立つしね」
そう言ってシュナイゼルは朗らかに笑った。
つられてルルーシュも拙い笑みを浮かべた。本当にこれでいいんだろうか、と思いながら。
── The End
|