無理矢理押し込まれた寝室で、ベッドに腰を降ろしたまま一人項垂れ途方に暮れていたルルーシュだったが、突然締め切らていた扉が開かれた。
その音に慌てて扉の方をを振り返ると、そこには三人の男女が立っていた。
一人は、ルルーシュを此処に連れてきて閉じ込めさせた帝国宰相シュナイゼル、一人はそのシュナイゼルの副官であるカノン、そしてもう一人、ライトグリーンのストレートの長い髪と琥珀色の瞳をした見知らぬ少女。
唖然と三人を見るルルーシュに、その少女はさっさと近付き、唖然としたままのルルーシュの顎に手を当てると、徐に唇を重ねた。
流石にその様にはシュナイゼルとカノンも目を見開いて見ているしかできなかった。
然程時をおかずに離された唇。
そうして一瞬の時を置いて、ルルーシュの唇が紡いだ、少女の名を。
「C.C.」と。
「思い出したか、私の魔王ルルーシュ」
言いながら、C.C.は小さな箱を取り出してルルーシュに渡した。
ルルーシュは何気にその箱を受け取り蓋を開けてみると、そこに入っていたのは一枚のコンタクトレンズだった。
「それをはめればギアスの暴走を抑えてくれる。逆に言えば、ギアスを使う時だけそれを外せばいい」
ルルーシュはC.C.に言われるままにそのコンタクトレンズをギアスの宿っている左目にはめた。しかしその一方で疑問も湧いてくる。
「俺は一体……」
言いかけて、扉のところに立っているままのシュナイゼルとカノンの存在を思い出したルルーシュは、思わず身構えた。
しかしシュナイゼルはルルーシュのそんな様子は気にもとめないかのようにしてルルーシュに近付いた。
「思い出してくれたようだね、ルルーシュ。嬉しいよ」
微笑みを浮かべながら近付いてくるシュナイゼルに、しかしルルーシュは警戒を緩めなかった。
「どういうつもりですか、シュナイゼル異母兄上」
今のルルーシュに分かっている事は、少なくともこの異母兄にまだ自分がゼロだということを知られていないらしいということのみだ。
どうしてこのような事態になったのか、そして異母兄が自分に何をしようと、させようとしているのか、ルルーシュには見当もつかなかった。
「詳しいところは私もまだよく分かっていないのだよ。何故君の記憶が変わっていたのか、何がそうさせたのか。その全てを知っているのは、C.C.というその少女だけのようでね」
そう言ってシュナイゼルはC.C.に無言のうちに説明を求めた。
シュナイゼルの元を訪れたC.C.は、とにかくルルーシュに会わせろ、話はそれからだと、シュナイゼルに何の説明もしなかったのだ。
「簡単な話だ。テロリストのゼロはルルーシュだった。そして私を確保しようとしているシャルルはルルーシュの記憶を改竄し、機密情報局に24時間の監視をさせながら私がルルーシュに接触するのを待っている。それだけの事だ」
事もなげにC.C.はそう答えた。
「ルルーシュがゼロ!?」
「それでは、ゼロが処刑されたというのは……?」
「全くの偽り、だな」
カノンの問いにC.C.は簡潔に答えた。
「なるほど、ルルーシュがゼロね。コーネリアも手古摺るはずだ」
「C.C.、一体どういうつもりだ!?」
自分がゼロであることを仮にも敵と言っていいシュナイゼルの前で公言するなどと、との批難を込めてルルーシュはC.C.を睨み付けた。そしてその事実をあっさりと認めたシュナイゼルに対して、いささか気抜けした部分もあった。
「何、そこのおまえの異母兄殿はシャルルよりもおまえの方が大事そうに見えたのでな、それなら問題あるまいと判断したのだが」
C.C.のあっさりとしたその答えに、ルルーシュもシュナイゼルも一瞬気を削がれた。
「……魔女殿は私の心の内をよくお分かりのようだ」
「?」
「確かに私にとっては父たる皇帝よりも、帝国宰相という地位よりも、ルルーシュが大切だ。8年前、私はまだ力が足りずに、ルルーシュたちが皇帝の命ずるまま日本に送られるのをただ黙って見送るしかできなかった。そしててっきり死んでしまったとばかり思っていたのだが、今はこうして目の前にルルーシュがいる。ならば私が取るべき道は一つだけだ」
「俺を捕まえますか、帝国への反逆者として」
自分を睨み付けてくるルルーシュに、シュナイゼルは深い笑みを見せた。
「何よりも君が大切だと言っただろう。そんな事はしないよ。それに事実はどうあれ、公式にはゼロは処刑されたことになっているのだから」
「ならばどうするつもりです?」
「そうだね。どうしようか」
シュナイゼルは顎に手を当てて考え込むふりをした。 「ルルーシュ、君のブリタニアに対する反逆の意思は変わっていないのかな?」
「……」
ルルーシュは無言で返すことでシュナイゼルの言葉を肯定した。
「ならば外からではなく内から変えることは考えられないかな?」
シュナイゼルのその言葉に、ルルーシュは眉間に皺を寄せた。
「それは俺にブリタニアに戻れということですか?」
「陛下はいずれほどなく、君の妹であるナナリーをこのエリア11の総督に任ずるつもりのようだ」
「ナナリーを!?」
「今すぐという話ではないが。おそらく君が記憶を取り戻した時のことを考えてのことだろうね。つまりゼロとしての君の動きを牽制するためのカードとして」
「ナナリーが……」
ナナリーが無事であると知れたのは純粋に嬉しいルルーシュだった。しかし結局はそのナナリーは皇帝の駒として扱われているのだ。多分にナナリー本人はそうとは気付いていないだろうが。
「彼女がエリア11の総督となるのは、彼女自身が望んだことでもあるのだけれどね」
「ナナリーが望んだ!?」
「多分、行方不明になった君を探したいという思いと、慣れ親しんだエリア11をどうにかしたいというナナリーなりの思いなのだろうけれど。それを陛下が上手く利用しているというところだろうね」
確かにナナリーがブリタニアの、皇帝の手の内にある間は下手に動くことはできない。それを考えれば、確かにナナリーがエリア11の総督になるというのは、対ゼロということを考えればこれ以上ないカードだ。ましてやナナリー自身がそれを望んでいるというのならば。
「けれど私自身の考えとしては、ナナリーには総督などという地位は手に余るものだと思っている。君には悪いが、ナナリーには為政者たる資格も能力も覚悟もない。かつてのユフィのように」
「!」
ユーフェミアの名を出されて、ルルーシュは顔色を変えた。 シュナイゼルはそれはゼロであるルルーシュがユーフェミアを手にかけたことを思い出してのことだろうと思ったが、それだけではない。ルルーシュがユーフェミアを殺すきっかけになった特区虐殺のそもそもの原因が己の暴走したギアスに起因することまでをも思い出してのこととは、当然ながら理解していない。
「ゼロを売ってラウンズに出世した枢木卿は、内からブリタニアを変えてみせるなどと言っているようだが、ラウンズといっても所詮臣下の一人であることに変わりはない。けれど君は違う。れっきとした皇族の一人だ。外から力づくで変えるよりも内から変える方が楽だよ。
それにナナリーが無事に本国に戻った以上、たまたまこのエリア11を訪れていた私が君を見つけて連れ帰ったとしても、誰も不思議には思わないだろう。だからこのまま私と一緒にブリタニアに帰る気にはならないかな?」
「俺は帝国に反逆し、異母兄であるクロヴィスを、異母妹であるユーフェミアを殺したゼロですよ」
「ゼロは処刑されたよ」
「コーネリア異母姉上は俺がゼロであることを知っています」
「コーネリアはブラック・リベリオンの後、ブリタニアを出奔したままだ。ブリタニアに戻っても無事には済まないだろうね」
「あなたは俺に何をさせたいんです?」
半ば答えを承知している上で、ルルーシュはあえてシュナイゼルの言葉を求めた。
「ブリタニアに変革を。今のままではブリタニアは遠からず行き詰る。陛下は進化と仰っているけれど、果たして本当にそうだろうか。強者が弱者を虐げる、それはブリタニアの本来の騎士道精神からは大きく外れた行為だ。古き良きブリタニアに戻るためにも、今のブリタニアは変わらねばならない。幸い現在のブリタニアの政治はほとんど私の手の中にある。君が私を手伝ってくれるなら、そんな私の考えも躊躇いなく行えるのではないかと思ってね」
「……皇帝は人の記憶を改竄する力を持ったギアス能力者です」
「君の場合は?」
シュナイゼルはそのギアスなるものが如何なるものかは分からぬまでも、ルルーシュとC.C.の遣り取りからルルーシュにもそのギアスという力があると見当をつけていた。
「絶対遵守だ」答えたのはC.C.だった。「ただし、一人につき一回しか使えないがな」
「ならばなおさら、有効活用すべきだと思わないかい?」
C.C.の答えに、一瞬シュナイゼルにしては珍しく目を丸くしたものの、直ぐに破顔したように言ってのけた。
「ルルーシュ、ここは頭を切り替えろ。すでにナナリーはブリタニアの手の内にある。外からではどうしたって無理が出てくる。ならばこちらから内側に入るのも一つの手段だと思わないか?」
「C.C.……」
「よく考えることだルルーシュ、私の魔王。私はおまえがどんな結論を出そうとおまえの傍にいる。そう約束したからな」
そう告げて、C.C.はルルーシュの頭を抱え込み、その黒髪を撫ぜた。
「……あなたは本当にブリタニアを変えるつもりなんですか? そしてそれができると考えているのですか?」
C.C.にしたいようにさせたまま、ルルーシュはシュナイゼルに問いかける。
「私一人では厳しいが、君がいれば、そして君の力があれば、不可能ではないと思うよ」
暫く考え込むようにしていたルルーシュだったが、ややあって答えた。シュナイゼルの望み通りの言葉を。
「分かりました、戻ります、ブリタニアに。ただしC.C.も一緒で構わないということであればの話ですが。C.C.、おまえも一緒に来てくれるか?」
「順番が逆だろう。それに言っただろう、私は何があろうとおまえの傍にいると。私が魔女ならおまえは私の唯一の魔王。魔王の傍に魔女がいるのは当然の事だ」
「そうだったな、C.C.」
C.C.の言葉に苦笑を交えて答えるルルーシュを見ていたシュナイゼルは、
「なんだか妬けるね」
そう言って、それから今後の事を話し合おうと言い出した。
その晩、カノンを含めてシュナイゼルと今後の事についてとことん議論したルルーシュは、翌日、誰にも告げることなくシュナイゼルやC.C.と共に、ブリタニアに戻るべく特別機の中にいた。
魔王が復活し、これからブリタニアがどう変わっていくのか、それはまだ誰も知る由もない。
── The End
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