Good bye friend




 エリア11総督であるクロヴィス第3皇子暗殺犯の容疑者として逮捕されたのは、名誉ブリタニア人の枢木スザクだった。
 スザクに暗殺犯たる証拠はない。しかし、犯人が必要だった。だから純血派のジェレミア・ゴッドバルトは名誉ブリタニア人であるスザクを犯人として仕立て上げたのだ。
 そのスザクが連行される様はTV放映され、それを見たルルーシュは、己にとっては大切な幼馴染であり、初めての友人とも言えるスザクを助けるための手段に打って出た。それは、何よりもスザクが犯人ではないことを己が一番よく知っているからでもあった。何故ならクロヴィスを殺したのは、他ならぬルルーシュ自身だったのだから。
 だからスザクが引き立てられる中、一部のテロリストの手を借りて、己がクロヴィスを殺したことを告白しながら、同時に、魔女から与えられた絶対遵守のギアスという王の力を遣ってスザクを救い出した。そしてスザクに手を差し伸べたのだ。ブリタニアの行為の理不尽さを解き、己に手を貸せと。しかしその手は振り払われ、スザクは助けられたことには感謝の言葉を述べながらも、ルールに従うべきだと言ってブリタニア側へ戻っていった。
 結果、ゼロと名乗り、己がクロヴィスを殺した犯人であるとルルーシュが表に出たこと、また、スザクのアリバイが証明されたことから、あくまでスザクを犯人とすることが難しく、無罪放免ということまでには至らなかったが、ともかくもスザクは証拠不十分ということで、起訴されることなく釈放された。
 そして釈放されてトウキョウ租界内を歩いていたスザクは、その途中で一人の少女と出会った。その時点では、彼はその少女がエリア11の副総督として就任してきた第3皇女ユーフェミアとは気付くよしもなかったが、少女の希望によりゲットーに足を運び、その中で、スザクは少女の素性を知ることとなった。
 それがきっかけとなり、スザクはユーフェミアの口利きで、ルルーシュも在籍しているアッシュフォード学園の高等部に編入してきた。
 皇族の“お願い”は、イコール、“命令”である。ユーフェミア自身にはそのような意図はなかっただろうし、そんなふうに考えもしていなかっただろうが、それが現実である。そしてアッシュフォード家が皇族の命令を拒絶することなどできるはずもなく、スザクのアッシュフォード学園への編入は認められた。
 編入してきたスザクに対する生徒たちの視線は冷たく、陰湿な苛めが行われたが、高等部生徒会副会長であり、学園の中で1、2を争う人気を誇るルルーシュの、彼は自分の友人である、との言葉に、生徒たちは積極的に、とまではいかなかったが、スザクを受け入れていき、また、ルルーシュの口利きでスザクは生徒会に所属することとなった。
 この時点では、ルルーシュはまだスザクを説得できると思っていたし、そしてまた、スザクの「技術部所属で前線に出ることはない」との言葉を信じていたのだ。
 しかしそれは裏切られた。
 幾度か行われたゼロとしてのルルーシュの、スザクに対する己の設立した黒の騎士団への勧誘は全て失敗に終わり、果ては“厳島の奇跡”と呼ばれる、ブリタニアに唯一土をつかせた藤堂鏡志朗に対する処刑場面において、キョウト六家と藤堂に従う四聖剣と呼ばれる者たちの願いにより、藤堂の奪還を図った際、はからずも、ブリタニアが所有し、黒の騎士団にとっては最も強敵といえるKMF、黒の騎士団が“白兜”と呼ぶランスロットのデヴァイサーが枢木スザクだと知れたのだ。そうと知ったルルーシュの驚きと怒りは如何ほどのものであったか。
 自分たち黒の騎士団を最も苦しめてきた存在が、そしてまた、技術部で前線には出ないという言葉が嘘だったと公にされたのだ。
 それだけではない。その時、その映像が公開されていたことから、どのように受け止めたのかはしれないが、美術館でそれを見ていた副総督の第3皇女ユーフェミアは、こともあろうにそのスザクを己の騎士となる存在だと公表したのである。
 ほどなくして行われた、枢木スザクのユーフェミアの選任騎士としての叙任式典。TV放映もされたそれは、華々しくはあったが、どこまでも表面的なものであった。主従の誓いが終わり正面を向いた第3皇女ユーフェミアと、その選任騎士となった枢木スザクを、その場に列席していた者たちは冷たい視線で見ており、当初は何の行動も示さなかったが、スザクの上司でもあるアスプルンド伯、ユーフェミアの実姉であり、総督たる第2皇女コーネリアに仕えるダールトン将軍が行った拍手により、他の者たちもしぶしぶではあったが、二人を認めるように拍手を行った。いや、行わざるを得なかったと言うべきか。
 皇族の選任騎士となった以上、その騎士は常に主たる皇族の傍らに控えるべきであり、ゆえに、皆、スザクは学園を辞するものと思っていたが、それは大きな誤りであった。
 それはユーフェミアも、そしてまたスザクも、皇族と、その皇族に仕える騎士、という主従関係をきちんと把握していなかったのがそもそもの原因である。元々日本人である名誉ブリタニア人のスザクは多少は致し方ないと思うこともできなくはなかっただろうが、何よりも皇族の騎士という存在がどういうものかを知っていて当然であるべきはずのユーフェミアが理解していなかったのだ。
 そのため、スザクは相変わらず帝国宰相の座にある第2皇子シュナイゼルが出資して創設した特別派遣嚮導技術部、通称“特派”に身を置き続け、つまりはブリタニア唯一の第7世代KMFであるランスロットに騎乗し続け、果てはユーフェミアがいいと言ってくれているからと学園に通い続けるという状態なのである。そしてユーフェミアもスザクもそれに何の疑問も抱かない。周囲が如何なる目で二人を見ているか、それに気付きもせずに。
 そしてそれは以前からその傾向があったことではあったが、特に選任騎士に任ぜられて以来、スザクのユーフェミアに対する敬愛の言葉と、ゼロを批難し、否定する言葉が酷くなり、彼は生徒会室に顔を出すたびにほぼ同じ言葉を繰り返す。その場にいる、ブリタニア皇室から身を潜めて隠れ住み、現在はアッシュフォードに匿われて生きていること、そして何よりも母国であるブリタニアを憎み、かつて終戦後には、「ブリタニアをぶっ壊す」とまで告げたことを聞いて知っているはずのルルーシュの気持ちなど考えもせずに。スザクの中には、自分の気持ちだけ、ユーフェミアを女神か何かのように崇め、ブリタニアに反旗を翻すテロリストのゼロを批難し続けるだけで、他者、すなわち自分と違う考えを持つ者を認めようとする気持ちがない。少なくとも、ルルーシュにはスザクにそれがあるとは受け止められない。
 スザクにとっては、全てルールに従う自分が正しく── 実際には皇族の選任騎士としての在り方としては、明らかに誤っているのだが、スザクにはその認識はない── 、それを認められない者、日本の独立を願ってテロ行為を行っているテロリストは全て間違っていて、決して許してはならないものなのだ。
 それを見ているルルーシュの心は段々スザクから離れていき、彼を見る視線はおのずと冷めたものへと変わっていくようになった。それに気付いた者は、もともとルルーシュはポーカーフェイスが上手く、己の感情を隠すのが上手いだけに、また、なかなか他の人間を受け入れはしないが、一度受け入れた相手に対しては懐深く、とても深く厚い情を見せるだけに、彼の心情の変化を理解した者がどれだけいるかしれないが、少なくとも、スザク本人は全く気付いていなかった。互いに“親友”と言い合っていた仲であったにもかかわらず。それはつまり、スザクにとってのルルーシュというのは、所詮その程度、の存在でしかなかったということなのだろう。
 ルルーシュにとってスザクは誰よりも大切な友人、親友であり、スザクが「初めて自分を認めてくれた」というユーフェミアよりもずっと前からスザクのことを認めていたというのに、スザクは直接的には何も言わなかったが、間接的に、ルルーシュのスザクへの思いを、スザクを認めているということを否定したのだ、
 そしてスザクが叙任式を終えて正式にユーフェミアの選任騎士となって数日後、エリア11中の全ての電波がジャックされ、今やエリア11最大のテロリスト組織となった黒の騎士団を率いるゼロの姿が、全てのスクリーンに映し出された。
 ゼロが仮面の中で口を開く。
『私は、この日本、現在のエリア11に住まう全ての民に謝罪する。全ての、ということは、イレブンと呼ばれるかつての日本人はもちろん、ブリタニア人、名誉ブリタニア人、全てに対してである。
 私は、ブリタニアに敗れる前の日本最後の首相であった枢木ゲンブの息子である枢木スザクを、私が殺めた故第3皇子クロヴィス総督の暗殺犯として連行されたのを救った時以降、何度となく、彼を私の設立した黒の騎士団へと勧誘してきた。繰り返すが、彼は日本最後の首相の息子だ。だからこそ、このエリア11が日本として独立するための行動を起こすにあたり、その旗頭として最も相応しいと考えたからだ。しかし、その考えは誤りであった。これは私の不見識以外のなにものでもない。
 枢木スザクは日本人であることを自ら捨て、名誉ブリタニア人となり、軍人となった。そして、本来ならば決して認められることのないKMFへの騎乗を、その適合率の高さから特例として認められ、ブリタニアが有する現行唯一の第7世代KMFランスロットのデヴァイサーとなった。それは何を意味するか。同胞殺しに他ならない。名誉となった彼は、自ら、本来同胞であるべきイレブン、日本人を、彼の認識に照らせば、誤ったテロ行為を行っているということで殺し続けているのだ。時によっては巻き込まれた周囲の、テロリスト、我々からすれば、本来的にはテロリストではなくレジスタンスなのだが、それとは関係のない一般の者も含まれていたことも大いにありうるだろう。
 それはさておき、侵略され植民地とされた母国の独立を願う者たちが、テロという行為に走ることはブリタニア人の諸君も理解してくれることと思う。現在のブリタニアの力を考えれば、そのようなことはありえないだろうが、もし、万が一にもブリタニアが他国に侵略され植民地とされたような場合、このエリア11でテロ行為を行っているテロリスト、我々と同様の行為に出るだろうと思うからだ。この考えは間違っているだろうか。
 だが彼はそれを誤っていると言う。つまり、我々に対し、ブリタニアに破れた以上はそのブリタニアのルールに従うべきだと。独立など考えず、ひたすらブリタニアに従順し、死んでいけと言っているのだ。そう、今この時にも、このエリア11の何処かで、ブリタニアによる侵略のために、生きたいと思っても生きていくことができず、病や飢えで死んでいる日本人が大勢いるというのに、それをブリタニアのルールに従えば当然のこと、仕方のないことと言っていると同義だ。そのようなことをどうして我々は受け入れねばならないのか。独立を望むのがいけないことか。過去の歴史からみても、その思い、行動は当然のことではないか。しかるに枢木スザクはそれを認めず、誤っていると言う。そんな彼の意見を、何故我々は受け入れねばならないというのか。
 枢木スザクはルールに従うのが何よりも一番大切だという。確かにルールに従うのは当然のことだろう。だが、そのルール自体が誤っている場合もある。時代やその時の状況によって、ルールは変わっていくものでもある。必ずしも永遠に変わらないルールなどないのだ。ならば、ルールに従うのが正しいと言う枢木スザクは、今日は認められていたルールが明日になって否定されたら、それが真逆のものであったとしても、今日までは認められたルールに従い、明日からはそのルールは否定されたからと、その否定に従うというのだろうか。それはつまり、彼にとってはまずルールありきであって、己というものが無いということを意味しているのではないか。
 そしてルールが何よりも大切だという枢木スザク自身が、何よりもそのルールを破っている。そして憐れなことに、彼はそのことに気付いていない。気付こうともしない。何も知ろうともしない。
 枢木スザクは帝国宰相である第2皇子シュナイゼルが設立した特派に所属する存在である。つまり、彼は第2皇子シュナイゼルの部下である。が、先日、皆も知っているように、彼はこのエリア11の副総督である第3皇女ユーフェミアの選任騎士となった。騎士とは、その主にのみ仕え、守るべき存在だ。しかるに、彼は未だに特派に所属している。すなわち、第2皇子シュナイゼルと第3皇女ユーフェミアと、二人の皇族に仕えている状況にあるのだ。しかも第3皇女の騎士となりながら、皇女の許可があるからというだけで、他の名誉には認められていない、彼だけに与えられた特例によって、一般の学園に通っている。つまり選任騎士という立場にありながら、常に傍らにあって守るべき主の側にいないということだ。これがどういうことか、騎士という制度のない日本人の諸君には分からずとも、ブリタニア人の諸君にはよく理解できることではないだろうか。彼が今現在行っている行動が、如何にルールを無視した誤ったものであるか。
 そしていささか蛇足かとも思うが、彼はそうして通っている学園において、如何に第3皇女ユーフェミアが素晴らしく、私が間違っているかを告げ続けているという。もし本当にそう思い、自分の意見を述べるならば、それはブリタニア人の学園で行う事ではなく、私と、私が設立した黒の騎士団を支持する日本人、イレブンに対して行うべきではないのか。我々のどこが間違いであり、だからブリタニアに、第3皇女ユーフェミアの理想に従えと。
 彼は専制主義国家であるブリタニアの在り方を何一つ理解しようとせず、何も分かっていないにもかかわらず、己の立場、身分も考えず、中からブリタニアを変えるとのたまっているとのことだ。だからどのような目にあおうとも、自分がブリタニアを変革するまで、イレブンたる日本人には黙ってブリタニアのルールに従えと言うのだろう。彼のどこにもそのような権利は無いというのに、そのようなことも考えず、知ろうともせぬままに。
 私はこのような行動を取り続ける枢木スザクを、不見識にも黒の騎士団に参加するように幾度も勧誘を続けたことを反省し、黒の騎士団の諸君と、枢木スザクを日本の裏切り者と断ずる日本人の諸君に対して深く謝罪するとともに、彼の行動を許容するブリタニアに対して警鐘を促す。枢木スザクの行動が、ブリタニアにとって果たして本当に許されることなのか、考えていただきたい。
 最後に、諸君の貴重な時間を奪ってしまったことを謝罪し、これをもって私からエリア11に住まう全ての民へのメッセージの終わりとする』
 黒の騎士団、更に厳密に言えば、ゼロによる電波ジャックは終わり、TVは通常の状態に戻った。
 しかし、図らずもこの放映を見ていた総督のコーネリアの顔色は真っ蒼に変わっていた。
 それはゼロに電波ジャックを行わせたこと、演説させたことにではない。その内容にだ。
 ゼロの演説の内容によって、コーネリアは自分の失態をこの時初めて知るに至ったのだ。何をかというなら、シュナイゼルの部下である枢木スザクを、シュナイゼルに何も告げることなくユーフェミアが騎士としたこと、それに対して自分もまたシュナイゼルに何も告げないままにきていたことを。スザクが名誉であることばかりに気をとられて、彼がシュナイゼルの所有する特派に属する者であるということ、つまりシュナイゼルの部下であるということを完全に失念していたのだ。
 コーネリアは時間を確認して、急ぎ本国の宰相府に通信を入れた。しかしその通信にシュナイゼルが出ることはなく、代わって対応したのは、彼の副官であるカノン・マルディーニで伯ある。
『シュナイゼル閣下からのお言葉をお伝えいたします。
 いまさら私から言うことは何もないし、何をしろとも言わない。ただ、君たちが私とエル家、およびそれに連なる者たちに大きな恥をかかせたということだけは決して忘れないように。
 以上です』
 カノンを通して告げられたシュナイゼルからの言葉に、コーネリアは崩れ落ちた。
 ゼロが行った演説の内容は、ブリタニア本国でも大きく取り上げられていた。いや、本国だけでなく、ブリタニアが所有する他のエリアにおいても。
 もちろん、大元の舞台たるエリア11では大変な騒ぎを巻き起こすこととなった。しかし、それに対して今一つ、肝心のユーフェミアとスザクは理解しきれていない。これは如何に二人がブリタニアという国の在り方、騎士制度の在り方を理解していないかということの証明に他ならない。名誉であるスザクはまだしも、皇女であるユーフェミアが、ということが一番の問題であった。
 ほどなく、スザクは特派から除籍され、もちろん、ランスロトのデヴァイサーからも解任された。そしてまた、コーネリアの命令によって── それに対しユーフェミアは酷く反発したが── スザクはアッシュフォード学園に対して退学届を提出するに至った。
 そのことに理事長のルーベン・アッシュフォードもそうだが、ルルーシュと、理事長の孫娘であり、己に箱庭の番人たることを課するミレイは揃って安堵の溜息を吐いた。
 ルルーシュにしてみれば、大切な友人と、そう思っていた、思い続けていたスザクとこのような形で別れることになり、その関係が終わることに対して多少の寂しさ、悲しみがあったことを否定する気はない。しかし、自分の、自分たちの置かれた立場を考えれば、これが一番いい方法だったのだと己を納得させ、心の中で呟いた。
 ── さよならだ、俺の友人だった枢木スザク。これからは敵として遠慮なくいかせてもらう。
 しかしルルーシュのその思いは、ある意味、空振りといってよかった。
 ゼロの、すなわちルルーシュの演説から数日後、総督、並びに副総督の更迭と本国への強制帰還、それに伴いユーフェミアの騎士として共にブリタニア本国に渡ったスザクだったが、即座に一兵卒としてエリア11へと戻された。
 コーネリアは他の戦場地域へと赴かされ、ユーフェミアは皇籍から除籍され、やがて降嫁する相手が決まるまで離宮での謹慎が申し渡された。必然的にスザクのいるべき場所はなくなり、エリア11への帰国を指示されたのだ。
 そうしてエリア11へ戻され、たただの一兵卒の名誉ブリタニア人にすぎなくなったスザクに対する周囲の、同じ名誉ブリタニア人も含めて、その視線は以前よりも遥かに厳しいものとなっていた。
 何よりもルールを守るべきと訴えながら、自らが誰よりもそのルールを破り、己だけ特例扱いしてもらっていたというスザクに対し、友好的な意識を持つ者などこのエリアにはもう一人もいない。
 すでに心の中で別れを告げている、スザクの唯一といっていいだろう、友人であったルルーシュを含めて。

── The End




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