Far away




「お兄さま、スザクさん、私はお二人の敵です」
 見えない目で、それでも真っ直ぐにスクリーンを見つめて生きていた妹は告げた。



 ああ、この()は何も知らない、何も気付いていないと、そう思った。
 ナナリーが生まれてからずっと一緒に過ごした俺よりも、彼女は、僅か一年程の間だけ、彼にすればほんの僅かばかりの力を貸してくれた、そして── 思惑あって、彼女一人だけの── 命を救ってくれたと、それだけのことで、過去、実際にはほとんど会ったことのない異母兄(あに)の言葉を信じている。
 母国を追われ、人質として── 否、人質ですらなく、死んでこいと── 送られた異国の地で、誰に頼ることもできず、自分たちに住まいとして与えられた枢木神社の長い階段を、歩くことのできないナナリーを背負って登った時のその温もりは未だ消えずに残っているというのに、あの時から何と離れてしまったことか。
『優しい世界でありますように』と、そうおまえが願ったから、俺はゼロとして()ったというのに。
 少なくとも俺とおまえの二人、誰に追われることもなく、隠れることもなく、見つかることを、殺されることを恐れず、おまえの笑顔を見て日々を過ごすことができるように、それだけを願って、実の父に「生まれた時から死んでおる」と言われた俺はゼロになった。
 何故なら、この世界が優しくない最大の要因は、俺たちの母国たる神聖ブリタニア帝国にこそあるのだから。
 俺たち兄妹の父、シャルル・ジ・ブリタニアが掲げたブリタニアの国是たる“弱肉強食”、“覇権主義”がその根幹にある以上、ブリタニアは一度壊れなければならない。だから俺はゼロとなり、父を弑して皇帝となった。
 俺がゼロであることを黙っていたのが嘘だと言うのならそれを認めよう。ギアスのことを黙っていたのが嘘だと言うのならそれを認めよう。
 だが、だからといってフレイヤによる大虐殺を認めることは断じてできない。
 ナナリー、おそらくおまえはペンドラゴンの民は避難させたとでもシュナイゼルに言われてそれを安易に信じたのだろう。それほどに離れて過ごしたこの一年は大きかったというのか。無条件に異母兄の嘘を信じてしまうほどに。シュナイゼルの仮面に隠された本性に気付くことなく。
 現状を、実際の被害を確かめることもせずに。いや、その必要性を思うことすら、考えることすら無かったのかもしれない。
 ならばナナリー、おまえが俺に皇帝たる資格が無いというのなら、お前にもそれは無い。断じて無い。
 自ら自国の帝都に大量破壊兵器を投下し、人命はもちろんのこと、それ以外の、国を運営していく上での多くの必要な諸々を破壊して、それで国家が成り立つと思っているのか。それが一国の君主たる者のすることか。そんな事にすら思い至らないおまえに皇帝たる資格は無い。
 ナナリー、我が愛する妹よ。
 俺はあの太平洋奇襲作戦で出会った時、勘のいいおまえならゼロが俺だと気付くのではないかと思っていたと言ったら、おまえは果たしてそれを信じるだろうか。だが結局おまえは何も気付かずにスザクの手を取った。
 あの時から、俺たちは立場だけでなく、距離だけでなく、心までも離れてしまったのだろうか。
 父に己の生を否定された時から、俺にとってはおまえが、おまえだけが全てだったのに。おまえがいれば、おまえの笑顔があれば、どんな苦労も厭いはしなかったのに。
 なのに今はおまえが遠い。とても遠い。もう戻ることのできないおまえと過ごした年月が遠い。
 ナナリー、誰よりも愛するただ一人の妹よ。
 両親が望んだ昨日ではなく、シュナイゼルの望む今日でもなく、明日という名の未来のために、俺は闘う。たとえそれでおまえの命が失われたとしても、それが俺の贖罪なのだから。

── The End




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