枢木スザクは決して認めないだろう。信じることはないだろう。
だが、ブリタニアと敵対する国々とその国民、すでに侵略されて植民地となった国々、そしてそこに住むナンバーズと呼ばれ、奴隷のような扱いを受けている人々にとって、彼── ゼロ── は紛れもなく英雄だった。世界唯一の超大国たる神聖ブリタニア帝国に土をつけ続けている存在。ブリタニアからすれば、彼はテロリストでしかなかったが、それ以外の人々にとっては、英雄であり、希望だったのだ。
何よりもルールが大切だと、それを守らなければならないと頑なに信じるスザクにしてみれば、名誉ブリタニア人となり、軍人となった彼にとっては、確かにゼロはルールを無視し、無駄な犠牲を生み出しているテロリストでしかない。更にはスザクにとってかけがえのない主であった第3皇女ユーフェミアを殺した憎い仇でしかない。しかし彼のその考えは、彼自身の主観と現在の彼が属しているブリタニアだけから見た一方的なものであり、それ以外の者がどう見ているかを全く考えていないし、ユーフェミアのことに関しても、ただ上っ面の、スザクが知ることのできた一部の事実だけでしかなく、そこに表には出されることのない、隠された真実があろうことなど、思いもしていない。確かにゼロがユーフェミアを撃った事がきっかけではあったが、スザクにとってはそれが全てで、ユーフェミアを殺したのはあくまでゼロであり、彼女を死に至らしめた真実には一向に気付いていない。体中に銃弾を浴びながら、ブリタニアの最新医療によって生き延びた者がいるというのに、腹部に受けたたった一発の銃弾でユーフェミアが死に至ることなど、本来のブリタニアの技術からすればありえないことであるにもかかわらず、スザクはそのことにこれっぽっちも気付いていないし、ただ自分が見た事、聞いた事── そこにスザクを誘導して利用しようという思惑があったなどとは思いもせずに── 、思った事だけを真実として、それ以外の事を考えようとしていないのだ。
英雄とは、才知・武勇に優れ、常人にできない偉大な事を成し遂げた人物をそう呼ぶ。ゆえに、「なる」と言ってなれるわけではなく、「なりたい」と思ってなれるものでもない。その人物の人となりと成し遂げたことを見て、周囲の民衆が、その人物を「英雄」と呼び、こぞって賞讃するのだ。
「一人殺せば人殺しだが、数千人殺せば英雄だ」との言葉もあるが、ゼロにはそれはあてはまらない。確かに、ブリタニアに対して敵対行動をとり、戦闘を行っている以上、死傷者は出ている。しかし、それは戦闘であれば致し方のないことであるし、ブリタニア軍に対しては別だが、民間人に対しては前もって避難勧告を出し、極力無用な被害者を出さないようにしている。それは、活動開始初頭のナリタにおける事態が影響している。ブリタニア軍の避難勧告が徹底していなかったために、民間人に不要な犠牲が多く出たのだ。その中には、ゼロの表の顔であるルルーシュの友人の父親もいた。
もし先の言葉が当てはまるとしたら、それはスザクこそだろう。彼は名誉ブリタニア人でありながら、その適合率の高さから、特例的に現行唯一の第7世代KMFランスロットのデヴァイサーとなり、以降、前線に出て戦っている。しかしスザクは決して英雄などとは呼ばれない。彼が人殺しとして、犯罪者として裁かれないのは、それが戦闘の中でのことであり、軍人として命令に従っているからに過ぎない。結果、彼は特にラウンズとなってからの敵地においては、“白き死神”との異名をとる程の数の人間を殺している。そう、彼はまさしく、敵味方どちらにとっても“死神”でしかありえない。ただ一つ付け加えるなら、彼が犯罪者として裁かれないのは、ブリタニアが勝者であるからだ。もしもブリタニアが敗れるようなことになれば、ただちにスザクは勝者である国によって、戦犯として裁きの場に立たされることになっただろう。もっとも、スザク自身はそれも考えてはいないようだが。それは、ブリタニアが敗れることなどあろうはずがないという、ブリタニアの驕った考えに染まっていた可能性からとも考えられるが。
そしてまた、本人は、少なくとも以前は、死にたいと死に場所を探し、「人を殺したくない」と言いながら、名誉ブリタニア人となって軍に属し、ルールに従うのが正しいことだと、命じられるままに、かつての本来の同胞を、テロリストなのだからと殺していた。その中には時にはテロとは関係のない者もいた可能性もあるが、彼にはそこまでの思慮はないとしか思えない。彼にとっては、テロという間違った行動を起こし、被害者を出している、だから彼らを処罰── 殺す── するのは正しいことなのだ。そしてゼロを捕らえて皇帝に売ったことの褒賞に、ブリタニアにおいては、臣下としては最高位の騎士の地位たるラウンズを要求し、皇帝シャルルはそれを受け入れた。以後、彼は他国において、大勢の、ゼロなどおよびもつかない数の、ブリタニアが侵略しようとしている国の軍人たちを殺し続けている。その中には戦闘に巻き込まれた民間人もいることがある。スザクは戦闘開始にあたって、前もって降伏することを勧告したりなどしているが、一体何処に、自国を、自分の守りたいものを守ることを最初から放棄して降伏する軍人がいるだろうか。それはブリタニアの侵略を、自分たちがナンバーズ、被支配民族として奴隷のように扱われることを許容することにもなるというのに。そしてスザクはその事に対して何も考えず、降伏せずに敵対してくる、そのことだけで、無情に殺し続けているのだ。彼の中にあるのは、手柄を上げ、何時かラウンズのワンとなってエリア11となった日本を所領として貰い受けることだ。彼はそれが日本を取り戻すことだと思っている。それが何よりも正しい方法だと。だが、それはあくまでも彼の独り善がりの考えであり、決して日本を取り戻すことにはならないということに全く気付いていない。所領ということは、あくまでブリタニアの属国であり、独立ではない。従って、決して日本を取り戻すことにはならないし、今はイレブンと呼ばれている日本人も、誰もそのような形は望んでいない。彼らが望んでいるのは日本の独立であり、ゆえに、ブリタニアからすればテロ行為、イレブンからすればレジスタンス行為がなくならないのだ。そしてスザクが自分の目的のために行っていることは、ブリタニアのための戦闘であり、他国を、そこに住む人々をかつての母国のような状態にすることなのだが、それを理解しているのだろうか。彼は母国であったかつての日本のことだけで、他国などどうなってもいいと思っているのではないか。少なくとも、スザクの望みを知っているルルーシュはそう受け止めている。スザクの行動を見る限りにおいて、そうとしか考えられない。それを、たとえスザクの本心を知らずとも、どこかしら人々は何かを感じ取っているのだろう。だから、たとえ戦闘行為の中でのことであり、国── ブリタニア── のためにどれほどの戦果をあげようと、彼が名誉だということも影響している部分があることは否めないが、誰も彼を英雄だなどとは思わないし、思えないのだ。だから彼は“死神”としか呼ばれない。
英雄は孤独だ。
英雄と呼ばれる存在の心境、思考を理解できる者などいないと言っていい。ただ賞讃し、敵対する者は恐れるだけだ。実際、ゼロについて言えば、黒の騎士団、特にその母体となった扇グループは、かつてキョウト六家の重鎮であった桐原からの言葉を聞いていたにもかかわらず、全くゼロを信用していない。それは彼が常に仮面をつけて正体を隠し続けていることもその要因の一つではあろうが、彼らはゼロが発した数少ない彼の本心からの言葉すら理解していない。しようとすらしていない。だから第2次トウキョウ決戦の際、平然と何の疑問も持つことなく、敵将シュナイゼルの言葉を信じ、ゼロを裏切り、殺そうとしたのだ。
ただ、孤独、ということに関して言うなら、コード保持者であり、ルルーシュがゼロとして起つきっかけの一つとなった力を与えたC.C.は、契約するにあたって、「王の力はおまえを孤独にする」と告げていた。そう言われながらも契約を交わして力を得たルルーシュだったが、C.C.は常にルルーシュの、ゼロの傍らにあり、彼をよく理解していたし、時に協力もしていた。それは彼女自身の望みを叶えるという目的もあったゆえであることは否定できないが、彼女が常に傍にいたことを思えば、ルルーシュは決して孤独ではなかった。
ゼロ・レクイエムという茶番劇の最終幕。
何も知らない人々は、ルルーシュを“悪逆皇帝”と罵る。もちろん、表立ってではないが。しかしルルーシュは十分に承知していることだ。なにせ、一番最初にその言葉が発せられたのは、アッシュフォード学園において開催された超合集国連合臨時最高評議会においてであり、評議会議長である皇神楽耶から、直接ルルーシュに向けてのものだったのだから。
程なく、ルルーシュはゼロとなったスザクによって殺されることになっている。しかし、ルルーシュは理解しているのだろうか。
スザクは決して人々が思っているようなゼロには決してなれないことを。スザクは、たとえ戦闘中の任務上の事とはいえ、あくまで大勢の人間を殺し続けてきた殺人者に過ぎない。“死神”でしかない。そしてまた、ゼロとなったルルーシュの本心を、その思いを何も知らず、どこまでも、ただ「ユフィの仇」と彼の命を狙い続けるスザクに、ルルーシュが演じ続けてきたゼロを演じることなどできないということを。スザクはゼロという存在を、民衆がどのように捉えているか、ゼロに対して何を望んでいるか、それらを全く理解していない。確かにルルーシュはスザクに対して自分亡き後の指針を示しており、補佐としてギアスを掛けたシュナイゼルを用意してはいるが、本質を理解していないスザクは、決してゼロとはなりえない。
世界の民衆にとって、ゼロとは、英雄であり、希望だった。それに反して、スザクは死神でしかないのだ。死神は、決して英雄にはなれない。ゼロとなったスザクが英雄と呼ばれるのは、“悪逆皇帝”と呼ばれているルルーシュを殺した、その時だけだろう。
そして世界に残るのは、英雄と呼ばれたゼロではなく、死神と呼ばれたスザク扮するゼロであり、世界は、唯一人のかけがえのない英雄と呼べる存在を永遠に失うのだ。ゼロであったルルーシュの事を何一つ真に理解することのなかった、親友であったはずのスザク、ルルーシュがゼロとして創設した黒の騎士団、超合集国連合、そして誰よりも愛し慈しんだナナリーらのために。
真の英雄は失われ、残るのは、真実を何も知らない、英雄の仮面を被った死神だけ───── 。
── The End
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