トウキョウ租界は第2次トウキョウ決戦において使用されたフレイヤにより、政庁を中心として大きなクレーターができていたが、皇帝ルルーシュの命により、フジ決戦に前後して急ピッチでその復興が行われた。
そしてフジ決戦の終了後、トウキョウ租界内に設けられた軍事刑務所に、敗れたダモクレス陣営と黒の騎士団の生き残った者たちが収容されていた。
彼らに対してはすでに処刑の判決が下されており、後はその日を待つのみである。
しかしそんな中で、不穏な噂が裏で密かに出回っていた。
それは皇帝ルルーシュが計画していると言う“ゼロ・レクイエム”と呼ばれるものである。
名前からして不穏なそれが一体何を指しているのか、それを耳にした者は皆訝しんだ。そして同時にその内容を知りたがった。それは当然のことだろう。“悪逆皇帝”と呼ばれているルルーシュが計画しているというそれが何を為すためのものなのか、誰しも知りたがるのは道理であった。
だがそれはあくまで裏社会でひっそりと語られているのみで、ほとんどの民衆はそんな計画があることすら知らないのが実情ではある。
そんな中、ネットのとある動画サイトに投稿された一つの動画が世間に波紋を齎した。
それは黒の騎士団の旗艦である斑鳩の4番倉庫での、黒の騎士団の団員たちがゼロ抹殺を図ったシーンだった。生前のディートハルト・リートが撮影し、ルルーシュたちが接収していたものだ。それがどういった経路でかネットに流れてしまったのである。
それによって、ゼロが他ならぬ皇帝ルルーシュ自身であることが世間に知れ渡ってしまった。
そして何よりも、黒の騎士団がゼロを裏切り殺そうとしていたという事実が表沙汰になったのである。
それだけではない、その動画に被さるようにして流されたのは、アヴァロンにいたルルーシュと、天空要塞ダモクレスに身を置いていたナナリー・ヴィ・ブリタニアの遣り取りであった。
その中で、ナナリーはルルーシュこそがゼロであったことのみならず、自らペンドラゴンに、今はもうすでに破棄されている幻となった大量破壊兵器フレイヤを投下したことを認めていたのである。
ブリタニアの帝都ペンドラゴンを消滅させたのはナナリーを第99代皇帝としたダモクレス陣営であり、黒の騎士団はそのダモクレス陣営に付いていた。
“悪逆皇帝”ルルーシュによって殺されたとされる億に近い民衆は、ペンドラゴンの被災者に他ならないことが明らかになったと言える。他に億もの民を僅かの間に抹消できるようなものはフレイヤをおいてない。
そもそも“悪逆皇帝”とは何をして言っていたのか。
遡って紐解いていけば、当時はまだ開明的で“賢帝”、“解放王”と言われていた皇帝ルルーシュを最初に“悪逆皇帝”と呼んだのは、アッシュフォードで行われた超合集国連合の臨時最高評議会の場で、その最高評議会議長皇神楽耶の言葉が発端だったことが分かる。彼女は何をもってルルーシュを“悪逆皇帝”と断じたのか。
フレイヤでペンドラゴンを消滅させたダモクレス陣営こそ、ナナリーこそが“悪逆”と呼ばれるに相応しい行いをした者ではないのか。そしてゼロを裏切り、そんなダモクレス陣営に加わっていた黒の騎士団こそ、糾弾されてしかるべき存在であり、ルルーシュを“悪逆皇帝”とみなす理由は何処にも存在しなくなる。
それらが民衆の間に浸透し始めた頃を見計らったように、裏社会で密かに流れていた“ゼロ・レクイエム”なる計画の全容が表にも出始めた。
“悪逆皇帝”と呼ばれるルルーシュが、復活したゼロによって殺され、ダモクレス陣営や超合集国連合の代表たち、黒の騎士団の者たちを解放するという筋書き。
全ての悪を背負って皇帝ルルーシュが殺され、後に遺された者たちを正義とみなして新しい世界を創造する。
果たして本当にそんな事が計画されているのか、民衆は疑心暗鬼に駆られた。
フジ決戦の後、世界に流される“悪逆皇帝”の非道ぶり。しかしそれを追うようにして流れてくる、“悪逆皇帝”たることを捏造したと証明するデータ。果たしてどちらを信用していいのか、民衆は訳が分からなくなっていた。
だが少なくともルルーシュこそがゼロであり、ペンドラゴンを消滅させたのがナナリーを擁するダモクレス陣営であったことはすでに紛れもない事実であることが、ネットに流された動画で明らかにされている。
つまるところ、“ゼロ・レクイエム”という計画の存在そのものはさておき、ルルーシュを“悪逆皇帝”であるとするのは大きな間違いであり、彼が皇帝となってから行われてきたドラスティックな改革は、確かに多くのものを破壊はしたが、それは先帝シャルル時代の悪しきブリタニアであり、ルルーシュは開明的な改革者でしかないことが調べれば調べるほどに明らかになってきている。
その上でもし万が一“ゼロ・レクイエム”などという、ルルーシュが“悪逆皇帝”としてゼロによって殺され、本来の悪しき者たちが正義に立つ者として遺されるなどということは、果たして許されることなのだろうか。
事実を知った民衆の怒りは、そんな計画をしたルルーシュではなく、彼をそこまで追い詰めた、ゼロであったルルーシュを裏切った黒の騎士団と、ペンドラゴンを消滅させたダモクレス陣営とに向かった。
ことにペンドラゴンにいた係累を殺された遺族の怒りは壮絶なものだった。
何の罪もない自国の数多の民を、たった一発のフレイヤで帝都ごと消滅させたナナリーたちダモクレス陣営に対する恨みは深く、そんなナナリーたちを後に遺そうとするルルーシュの計画など許せようはずがなかった。
そうして事は起きた。
軍事刑務所に収容されていたダモクレス陣営、黒の騎士団の幹部たちが死亡したのである。医師による検死の結果、それは毒物接種によるものとのことだった。
いかなるルートをもってそれを入手し、いかなる伝手を辿ってのことか知れないが、死亡した囚人たちに与えられた食事に毒が混入されていたのである。
日々、自分が“悪逆皇帝”たるに如何に相応しいか、そのデータの捏造と、自分亡き後のことを計算に入れて自分の代わりにゼロとなるスザクに渡す今後の資料の作成に励んでいたルルーシュは、ナナリーたちが毒殺されたとの知らせに顔色を変えた。
「ナナリーが、毒殺された、と……?」
報告を受けたルルーシュは座っていた椅子から慌てて立ち上がった。信じられぬことを聞いたというように。
「はい、陛下」
「そんな馬鹿な! ナナリーたちは軍事刑務所に入れていたんだぞ! ある意味もっとも安全な場所だ! それなのに何故毒殺なんてことがっ!?」
「ペンドラゴンの被災者の遺族たち数十名と、その軍事刑務所の看守数名が、自分たちが毒を入手して食事に盛ったと自首をしてきております」
「そんな馬鹿な……」
ジェレミアの報告に、力なく椅子に腰を落としたルルーシュは文字通り両手で頭を抱えた。
「それだけではありません、陛下」
「まだ何かあるのか?」
蒼褪めた顔を向ける主に、ジェレミアは言いにくそうに告げた。
「ゼロ・レクイエムの件が、民衆の知るところとなっております」
「!? あの計画が、漏れた? どうしてそんなことに……? あの計画を知っているのは、俺とスザクとおまえとC.C.、咲世子、あとはロイドたち……」
計画を知っている限られた者たちの名を上げていく中で、ルルーシュはまさか、というように眼を開いた。
「ロイドたち、か……?」
ロイドやセシル、ゼロであったルルーシュを憎んでいたはずのニーナ、そして己を唯一の主と言ってのけている咲世子は、ゼロ・レクイエムに反対していた。更に言うなら、今目の前にいるジェレミアや、自らを魔女と呼ぶC.C.とて、心から賛成しているわけではない。
そんなロイドたちを無理矢理納得させはしたが、彼らが納得したのが表面上だけのことだったとしたら。裏でその計画を潰すべく動いていたとしたら。
そんな考えがルルーシュの脳裏を過る。
「ロイドたちを此処に呼べ、今すぐにだ!」
「イエス、ユア・マジェスティ」
ほどなくルルーシュの執務室にやって来たロイドたちは、皆一様に苦笑を浮かべていた。
「おまえたち……」
「どうやらバレちゃったみたいですねぇ」
悪びれることなくロイドが言う。
「やはりおまえたちが……」
「だって、ルルーシュ君がやろうとしてることは間違ってるって分かったもの」
「ニーナ……、君はゼロだった俺を、ユフィを殺した俺を憎んでいたはずだろう?」
なのに計画を潰すような事をして良かったのかとルルーシュは言外に問うた。
「ユーフェミア様を殺したルルーシュ君のこと、憎くないって言ったら嘘になる。でも! 嘘で固めた世界なんて間違ってる。そんな世界がルルーシュ君が望んだ、かつてユーフェミア様が望んだ“優しい世界”になるなんて考えられない! 罰は正しく与えられるべきだわ」
「まあ、ナナリー様たちが毒殺されちゃったのはこちらとしても想定外ですし、陛下にはお気の毒ですが、ペンドラゴンの被災者の遺族にしてみれば当然のことをしたまでではないですかぁ」
「だからこそ彼らは自首してきたんだと思います」
ロイドの言葉を補足するようにセシルが一言加えた。
「この世の悪を全て背負って死ぬ、陛下のその覚悟のほどはご立派ですが、それでこの世の悪の連鎖が断ち切れるとは思えません。残念ですがこの世はそんなに簡単に悪が無くなるような、成熟した社会じゃありません。何しろ後に遺される者たちが者たちだったんですし。まあ、もうその問題の人間たちは残っていませんけど」
「だがそれなら俺は、俺の罪は……、俺のために死んでいった者たちへの償いは……」
「それはルルーシュ君がこれから生きて償っていけばいいんだと思う。ルルーシュ君が望む、ユーフェミア様が望んだ世界に近付けるようにルルーシュ君が世界を導いていくことが、ルルーシュ君のすべき償いだと思う」
「ニーナ君の言う通りだと思いますよ。この場にいる誰も、陛下の死を望んでなんかない。陛下は生きるべきです。生きてこの世界を正しい方向に導くべきです」
「だが、それでもし俺が道を誤ったら……?」
「大丈夫、それをさせないようにするために僕たちがいるんですから」
「しかし、それではスザクは……」
「彼は彼で生きる道を選べばいいと思いますよ。何時までも陛下を仇と狙うのではなく、自分の道を自分で切り開いていくべきです。今までのように流されて生きるのではなく、彼自身の意思で」
「おまえたち……」
順々にルルーシュは自分の前に立つロイドたちを見ていく。
「馬鹿だ、俺なんかのために……」
そういうルルーシュの眦に光る物を認めた目ざとい者たちは皆微笑んでいた。
ナナリーのことを愛していたルルーシュにとって、そのナナリーを失ったことはある意味もっとも大きな罰なのかもしれない。しかしナナリーが大勢の人の憎しみを買い、殺されるような真似をしたこともまた、紛れもない事実なのだ。
「どうぞ、これからもルルーシュ様が生きて、世界の道標となってください。ルルーシュ様が、そしてナナリー様が望まれた“優しい世界”のために」
咲世子のその言葉に、ポタリと一粒の雫が執務机の上に落ちた。
── The End
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