人形の家




 長望遠で捉えた天空要塞ダモクレスがスクリーン一杯に映し出されている。
 まだ距離が有り過ぎると、ルルーシュは兵士たちに対して、いつでも出撃できるように臨戦態勢を取らせているだけで、KMFはまだ1機も出撃させてはいない。
 しかし敵陣営であるダモクレス側では、流石にシュナイゼルはまだ自軍を展開させてはいないが、その前衛にある黒の騎士団では、旗艦である斑鳩を中心にして、すでに保有するうち出撃可能な全てのKMFを出撃させ、もちろんカレンの騎乗する紅蓮を先頭にして、今にも飛び出さんとするかのように展開させている。
「……エネルギーの無駄遣いだろうに……」
 そのルルーシュの少しばかりの呆れを含んだ呟きとも言える言葉を聞いているのは、傍らに控えているC.C.と咲世子の二人だけだ。
「それにしても、House of a dollと言うには、少しばかり巨大すぎるな」
「dool……あれを、人形の家、と?」
 ルルーシュに問い返したのはC.C.だ。
「そうだろう? ナナリーはシュナイゼルにいいように言いくるめられ、傀儡とはいえ皇帝を名乗っている、いわばシュナイゼルの操り人形だ。とすれば、あれは名目上とはいえ、その人形をTOPに頂く人形の家で間違いないだろう。もっとも、そう言うには随分と油断のならない物騒な代物だがな」
「ああ、そういう意味か。確かにそうだな。ナナリーだけを考えてみれば、確かにあれはナナリーという名の人形の家だ。それにしてもどういう思考で「人形の家」なんて言葉が出てきたんだ?」
「いや、昔、枢木の土蔵にいた時に見つけた、レコード、と言ったか、曲があったんだよ。流石に歌詞までは覚えていないが、ふとそれを思い出してな」
「そうか。それにしても、家、という言い方はちょっとどうかとは思うがな。何よりでかすぎる」
 C.C.のその言葉を耳にしながら、ルルーシュはオペレーターを務めているセシルに命じた。
「あと1q進んだら、順次KMFを発艦させろ。陣形は出撃前に指示した通りでいい」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 セシルはルルーシュの命令に従い、KMFの出撃に関する指示を各艦に出した。もちろん、ブリタニア正規軍の旗艦であるこのアヴァロンからも次々とKMFが発艦していく。その中にはゼロ・レクイエムという計画を行うために契約を交わし、今現在はルルーシュの騎士── ナイト・オブ・ゼロ── となっているスザクの駆るランスロットもある。もっとも、ルルーシュはまだスザクには告げてこそいないが、すでにその計画を断念しているのだが。
 ゼロ・レクイエムはナナリーは死亡したと、そう判断したから立てた計画だった。そう、ナナリーがもういないのならば、せめてナナリーや、己が手をかけざるを得なかったユーフェミアの望んだ“優しい世界”を創るために、ルルーシュがこれまでのこの世界の全ての負、悪を背負い、その連鎖を断ち切って、ゼロとなったスザクに殺されることにより、戦争という武力ではなく、話し合いで世界を纏めていけるよう、その道筋を創るために考えた計画。
 しかしナナリーが生きていたことが知れた時点でそれは潰えた。ナナリーの生存を知って荒れたルルーシュに、スザクは「それでも戦略目標は変わらない」とルルーシュに詰め寄ったが、それは違う。根底からその条件が覆されたのだから。ナナリー── 実質的にはシュナイゼルだが── が自国の帝都に対して行った事はすでに世界中の知るところとなっている。そしてそれはどう取り繕っても取り返しがきくものではない。今となってはどのようなデータ改竄も遅いのだ。第一、ナナリーたちの行った自国帝都へのフレイヤ投下という事象が、この戦闘の直接のきっかけとなっていると言えるのだから。ゼロ・レクイエムを予定通り行ったなら、あるいは万一にもこの戦いに己が敗れたなら、そうなれば必然的に自分が死んだ後にはナナリーがブリタニアの正式な皇帝となることになるだろう。それは決して認められることではない。認められない。許されることではないのだ。だから計画は潰えたのだ。スザクにはそこまでの理解はできていないようだが。そしてフレイヤ対策を考えれば、スザクに抜けられるわけにはいかず、だからルルーシュはまだ計画の断念をスザクに伝えることができずにいるに過ぎない。スザクに対して悪い事をしていると思いつつも。しかしその一方で、今回に限ったことではないな、との自嘲もルルーシュの中にはある。
 ともかくも今この時は、フレイヤと天空要塞ダモクレスを破り、戦いに勝利するのが何よりも重要と、ルルーシュはそれ以外の、それ以降の点については頭から切り離した。
 こうしている間にも、このアヴァロンの中でニーナを中心として対フレイヤ対策の切り札である、アンチ・フレイヤ・エリミネーターの詰めの作業が行われている。今のルルーシュがしなければならないのは、それができ上がるまでの時間稼ぎ、それしかない。
 そしてそんな状態で、ルルーシュの中に一つの考えが浮かぶ。あのダモクレスを、人形の「家」ではなく「棺」にするのもありかもしれないと。そうすれば、少なくともナナリーが世界中からの、人々からの批難や怒号を浴びることはないだろうから。何も知らぬままに逝くことが叶うだろうから。
 だがそれで済むとは限らない。ナナリーの悪名はどこまでも続くだろう。ただ単に彼女自身にその声が届かないだけで。そしてそれは何の解決にもならないし、ナナリーにはやはり己の為した事、為さねばならない事を放棄して逃げたことを自覚させなければならない。為政者の一角に身を置いた以上、それは必要なことであり、逃げ出して済むものではないのだから。
 ルルーシュは頭を一振りして己の甘い考えを振り切ると、全軍を鼓舞するために、オープンチャンネルで演説するためマイクを持って立ち上がった。ナナリーのいる天空要塞ダモクレスという名の人形の家と、フレイヤという女神の名を戴いた大量破壊兵器を根絶するために。
「我がブリタニアの勇敢なる兵士たちよ! 自国の帝都を破壊し、多くの臣民を殺傷した大逆賊たる皇帝を僭称するナナリー・ヴィ・ブリタニア、そしてそれに組する元帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア、元エリア11総督コーネリア・リ・ブリタニアを擁する天空要塞ダモクレスは、忌まわしき虐殺の兵器を携え、超合集国連合の外部機関である黒の騎士団をも味方に引き入れ、今我々の眼前にある。彼らが掲ぐのは、我らが友を、家族を一瞬にして奪い去った赦されざる兵器であり、彼らは遥か上空より数多(あまた)の暴虐の槍を地上に降そうとしているのだ!! この戦いこそが我らが祖国ブリタニアの、そしてひいては世界の命運を懸けた決戦となる!! 我らが怒りを示せ! 我らブリタニアの誇りを掲げよ!! 打ち砕くのだ! 敵を! 天空要塞ダモクレスを!! 恐れることは何もない。正義は、そして未来は我が名と共にあり!!」
 そのルルーシュの声に、一斉にルルーシュを讃える声がこれから戦場となる場に響き渡る。「「「オール・ハイル・ルルーシュ!!」」」と。
 それを耳にして、ルルーシュは再び席に腰を降ろした。
 そうしてルルーシュとシュナイゼルとの最後の戦いの幕が切って落とされた。皇帝を僭称するナナリーという名の操り人形を置き去りにして。

── The End




【INDEX】