嘲 笑




 その日、玉座の間と呼ばれる大広間ではいつも通りの種々の報告と褒賞などが為され、これで終わりかと思われた時、皇帝シャルルは傍に控える侍従に「あれを呼べ」とだけ伝えた。
 侍従は心得たもので、直ぐに近衛に合図を送る。その合図に頷いて近衛は声を張り上げた。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下、御入来」
 呼ばれたその名に、大広間にいた者たちがざわめく。そのざわめきの中、大広間正面の扉が開いて一人の少年が入ってきた。
 ブリタニア人には珍しい、今は亡き彼の母マリアンヌ譲りの漆黒の艶のある髪と、父親であるシャルル譲りの紫電の瞳、白磁の肌を金糸の縁取りや刺繍の入った黒の衣装に身を包み、皇帝の第11皇子であり、死んだとされていたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが大広間の中央、赤い絨毯の上を真っ直ぐに玉座に向かって進む。
 ルルーシュはそのまま壇上への階段を上がり、父である皇帝の脇に立った。
「過日のエリア11での騒動鎮圧で、日本侵攻の際に死んだとされておった我が皇子ルルーシュと、躰が不自由なため今日のこの場には呼ばなかったが、皇女ナナリーが見つかった。よって二人の皇籍を戻し、ルルーシュには皇位継承権第12位を、ナナリーには躰が不自由なことから考えて、第87位を与えるものとする」
 ざわめく広間の中、皇族の列の中から一人の青年が進み出た。第1皇子オデュッセウスである。
「良かったよ、ルルーシュ。生きていたんだね、ナナリーも」
「ありがとうございます、異母兄上(あにうえ)。地獄から舞い戻って参りました」
 ── 戦場という地獄から宮廷という別の名の地獄へ── と、ルルーシュは心の中で付け加えた。
 そんな二人の遣り取りを呆然と見ている者がいた。ナンバーズから名誉ブリタニア人となり、つい最近、皇帝の騎士たるナイト・オブ・ラウンズのセブンに任命されたばかりの枢木スザクである。
 何故だ、何故あいつが、ルルーシュがここにいるんだ。それも皇子として。反逆者ゼロとして皇帝に差し出したはずだ、ゼロとして処分されたはずの奴が何故、一体どうしてこんなところに堂々としていられるんだ。
 そんな思いがスザクの頭の中をぐるぐると回っている。
 いつの間にか皇帝が退出し、大広間の中にいた者たちも雑談── 主にさきほど紹介されたばかりのルルーシュがその話題の中心となっている── を交わしながら散会していく。
 檀上から降りてきたルルーシュを、皇族の異母兄弟姉妹たちの何人かが取り囲む。かつてルルーシュが宮廷で育っていた頃、比較的交流のあった者たちだ。
「よく無事でいてくれた」
「死んだという報告があってどんなに悲しんだことか」
「皇籍復帰おめでとう、お異母兄(にい)さま」
「ありがとう」
 微笑みを浮かべながら返すルルーシュに対し、突き刺さるような視線があった。それを感じ取ったルルーシュが視線の方を振り向く。そこにはルルーシュをジッと睨み付けるスザクの姿があった。
「私に何か言いたいことがあるのかな、枢木卿?」
 ルルーシュは冷静に、何も思っていないかのようにスザクに問いかける。
「どうして君がここにいるんだ!?」
「どうして? それは私が皇族だからだろう。何より私を宮廷(ここ)に連れてきたのは君だろう、枢木卿」
「そんなはずはない! 君は僕が……!」
 ゼロとして皇帝に差し出して処分されたはずだ、と続けようとして、ルルーシュの周りにいる皇族たちの姿に言葉を濁した。
「ルルーシュがゼロだから、と言いたいのであろう?」
「そしてゼロとして処刑されたはずだと」
「馬っ鹿みたい。この国でそんなことが通じるはずないじゃない。貴族程度ならまだしも、お異母兄さまはれっきとした皇族なのよ」
 何を言っているとばかりに口々に言葉にされるそれらに、スザクはぐらつく。
「ルルーシュはクロヴィス総督を、ユフィを殺したんだぞ! 皇族殺しなんだ、それを!」
「それがどうしたというのかな? 皇族同士の殺し合いは認められている」
「それに何、あなた、一体何様のつもり? 皇族を平気で呼び捨てたり愛称で呼んだりするなんて」
「それは……」
 気が付けば、ルルーシュの周りにいた皇族たちがスザクを取り囲んでいる。
「ユーフェミアが死んだら即父君の騎士に乗り換えるような尻軽騎士に、ルルーシュのことをあれこれ言われたくはないのう」
「ホント」
「どういうことです、尻軽って!?」
「事実だろう。所詮ナンバーズの君には、我がブリタニアの騎士制度は理解できていないようだが」
「仕える主はただ一人。それがブリタニアの騎士の在り方よ。でも流石にあの女の騎士だっただけあるわよね、何も理解してないんだもの」
「カリーヌ、いくらなんでも姉のことをあの女呼ばわりはないであろうに」
「あの女で十分よ。コーネリアお異母姉(ねえ)さまに守られて、世界は綺麗なものだけでできているなんて信じてた、理想主義の頭にお花の咲いた馬鹿な女。同じ皇女として恥ずかしいわ」
「なんでそんなことを言うんだ! ユフィは綺麗で優しくて……」
「そんなの、コーネリアお異母姉さまが汚いものを隠して見せなかっただけじゃない。だから何も知らずに綺麗なままでいられたのよ。でもこの皇室ではそれは愚か者の証よ」
「ユフィは愚か者なんかじゃない! そんなことより反逆者のゼロを皇子として遇するなんて間違ってる! ルルーシュは裁かれるべきだ! 罰を受けるべきだ!!」
 スザクは忘れていた。いや、分からなくなっていたというべきか、自分を取り囲んでいるのが上位の皇族たちであるということを。
「枢木スザク、君こそ罰を受けるべきなんじゃないのかい」
「え?」
 言われた意味が分からないと、声のした方、第1皇子オデュッセウスを見た。
「君のさきほどからの言動は騎士にあるまじきもの。皇族に対するものではない。皇族に対しての不敬ということで、十分に君の罪は成り立つ、たとえ皇帝直属のラウンズであろうとも」
「あ……」
 今改めて気が付いたというように、スザクは口を開いたまま何も言うことができなかった。
「本当に馬鹿だったのね、あなた。あなたにルルーシュお異母兄さまをどうこう言う資格なんてないわ」
「この国は、神聖ブリタニア帝国は力が全て。力があれば許される。ナンバーズ上がりで本当の騎士というものを知らぬとはいえ、ラウンズまで上り詰めたのじゃ、それくらいは分かっているかと思っていたに」
「それも分からず、私たち皇族と、皇帝直属のラウンズとはいえ所詮は騎士、臣下に過ぎない自分の身分を顧みない態度。君は自分の罪をこそ自覚した方がいいね」
「ぼ、僕は、そんなつもりじゃ……」
「つもりがあったかどうかなんて関係ないのよ。あるのは事実だけ、あなたの皇族侮辱罪というね」
 クスクスという小さな笑いが起きる。
「ルルーシュ、君がこんなできそこないの騎士の言動に傷つくことはないよ、無視しなさい」
「もちろんそのつもりです、オデュッセウス異母兄上。確かに昔、日本に送られた頃は友人でしたが、今はもう何の関係もありませんから」
 そう告げたルルーシュは、声こそ立てなかったが嘲笑(わら)っていた。
 それはルルーシュだけではなく、周りを見渡せばその場にいる皇族全員がスザクを嘲笑していた。
 ── 僕は正しいことをしたはずなのに、なのに何故僕が嘲笑されなければならないんだ……。
 そんなふうに考えているうちに、スザクの周りから人は皆消えていて、大広間にはスザク一人だけがとり残されていた。

── The End




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