幼き日の誓い




 神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴン、そこにある壮大な宮殿の中の離宮の一つであるアリエスがテロリストに襲われ、主である第5皇妃マリアンヌは殺された。その現場の目撃者であり、同時に被害者でもあった第3皇女ナナリーは、銃弾で討たれた両足の機能が麻痺し、また、その際の精神的ショックから目が見えなくなってしまった。
 マリアンヌの息子である第14皇子ルルーシュは父である皇帝シャルルに謁見を求めた。
 しかしその場で皇帝から投げかけられた「おまえは死んでおる」との言葉にショックを受け、更には現在治療中のナナリーと二人、人質よろしく最近緊迫の度合いが増している日本へ送ると言われ、ルルーシュは皇位継承権なんかいらない、と叫んで大勢の皇族貴族、文武百官のいる大広間を飛び出していった。



 車椅子無しでは動けないものの、ナナリーの治療が一通り済むと、かねての宣告通りにナナリーとルルーシュの二人は、表向きは留学という名目で日本に送られたが、真意は行って死んで来いとの人身御供であることは、ルルーシュは幼いながらも理解していた。
 二人の滞在先は日本の現首相枢木ゲンブ所縁の、枢木神社の一角にある古い土蔵だった。
 枢木神社の長い階段を見上げて、ルルーシュは大きな溜息を吐いた。
 動けない姉を自分がとてもどうこうできる状態ではない。せめて年齢が逆であれば、せめて自分もっとが大きければ自分が姉を抱くかおぶるかして上るものを、と思う。
 結局、空港から付いてきた人間がナナリーを抱きかかえて階段を上った。
 小さなルルーシュには自分一人でも息切れがして大変だった。
 ここがこれからの滞在場所だと土蔵を示されて、ルルーシュは姉には分からぬように溜息を吐いた。
 明り取り用の小さな窓ともいえぬ窓があるだけの古い土蔵。本来人が住むところではないのだろうと、ルルーシュにもそれくらいの見当はついた。そしてこれがブリタニアからの、少なくとも名目上は親善のためとなっている自分たちに対する仕打ちなのかと、現在の両国間の緊張関係を思えばある程度仕方ないのかもしれないと思いつつも、遣る瀬無さが募った。
 飛行場から付いてきた人間たちが去って二人だけになった時、いきなり上から声が聞こえてきた。
『おまえらが俺の秘密基地を奪ったブリキ野郎か! ここはおまえらがいるところじゃない、俺のもんだ。さっさと出ていけ!』
 相手の言葉は日本語で、何を言われているのかは勉強してきたとはえ朧にしか分からなかったが、好意的なものでないのは口調から理解できた。
 上から飛び降りてきたルルーシュより少しばかり年長の少年が、ルルーシュにいきなり殴りかかってくる。
「何をっ!?」
『ブリキ野郎は出ていけって言ってるんだ!』
「やめて! 弟に何をするの!?」
 目が見えなくとも、音で弟のルルーシュが殴られているのだろうと見当をつけたナナリーが叫ぶ。
 その声に、少年はルルーシュの後ろにいたナナリーに気付いた。
 車椅子に乗っている少女に、自分よりも年少の子供を殴りつけていることを恥じたかのように、
『ブリキ野郎はさっさとどっかへ行っちまえ!』
 と捨て台詞を残して少年は去っていった。
「ルルーシュ、大丈夫?」
「大丈夫です、たいしたことはありません、姉さま」
 ルルーシュはナナリーに心配をかけまいと、口元に滲む血を腕で拭いながらそう答えた。
 それ以来その少年が二人の前に現れることはなかったが、時折物陰から二人の様子を見ているのはルルーシュには分かった。あえてナナリーに告げることでもないと話はしなかったが。



「姉さま、今日は梨が買えました」
 ルルーシュが神社から買い物などで出かけると、よく近所の子供にからまれ、暴力に曝された。店に行っても真面に取り合ってもらえず、中々思うように買い物ができないこともままあった。
 しかしナナリーに心配だけはかけまいと、弱音を吐くことなく、ルルーシュは日々を過ごした。
 ナナリーは夜になると母が殺された時のことを夢に見るのか、よく叫んで飛び起きることがあった。ルルーシュはそんなナナリーに、それ以上の心理的不安をかけたくなかったのだ。
 ルルーシュにとって小さな自分ができることは、とにかく姉であるナナリーに余計な心配をかけないこと、それだけしかなかった。
 そんな二人だけの小さな世界が破られたのは、日本に来て半年ほど経ち、漸く此処での生活にも慣れてきた頃だった。
 突然のブリタニアの宣戦布告と、それと時を同じくした開戦。
 ルルーシュには幼いながらも分かっていたことだった。ブリタニアが自分たちの存在を気にすることなく、日本をエリア化すべく攻撃してくるだろうことは。
 それでも思っていたのと実際にそれが起こったのとでは、やはり受け止め方が違う。
 父は、母国はやはり自分たちを見捨てたのだと、ルルーシュは改めて思った。
 ナナリーは父が自分たちに対して為したことに衝撃を受け、泣き、震えていた。そんなナナリーに、ルルーシュは手を差し伸べる。このまま抱き締められればいいのにと思いながら、それでも精一杯腕を伸ばす。
「姉さま、僕がいます。何があっても僕は姉さまの傍を離れません。ずっと姉さまと一緒です」
 実際のところは身動きが取れないというのが実情だった。
 ナナリーは車椅子無しには動けない。そしてそのナナリーを抱えて移動するには、ルルーシュは幼すぎた。土蔵の中で二人、ただ身を寄せ合っていた。
 開戦してから一週間も経った頃だろうか、突然土蔵の扉が開いた。
「ナナリー様、ルルーシュ様! ご無事ですか!?」
「ルーベン!」
 それは本国にいるはずの、かつて母の後見を務めていたアッシュフォード家の当主ルーベンだった。
 ルーベンと共に来た者のうちの一人がナナリーを抱き抱え、一人が車椅子を持ち、急いで彼らは土蔵を出て長い階段を下りて枢木神社を後にした。
「ルーベン、本当にルーベンなの?」
 落ち着いてからナナリーが確認するように問いかける。
「はい、ナナリー様。お二人共ご無事で何よりでございました」
「こんな戦火の中に来て、大丈夫なのか?」
 年齢よりも聡明なルルーシュは心配そうにルーベンに問う。
「この辺りは攻撃の目標になるようなものはございません、大丈夫です。ですがお二人がいらっしゃることを考えれば、日本人から攻撃を受けかねないと思い、急いで参りました。元をただせばお二人の母君であるマリアンヌ皇妃様を守りきれなかった我がアッシュフォードの手落ち、せめて遺されたお二人だけでもお守りするのが務めと思った次第にございます」
「ルーベン、ありがとう」
 ナナリーが見えない目で声のする方に向かって礼を述べる。
「この戦い、決して長くは続かないでしょう。ブリタニアはKMFを実戦投入しました。早晩決着がつくものと思われます。それまで暫くの間、ご辛抱いただくことになりますが、この命に代えても必ずやお二人をお守りいたします」
 そのルーベンの言葉に、ルルーシュは涙を浮かべた。
 全ての人が自分たちを見捨てたわけじゃない。忘れずにこうして守ろうとしてくれる者がいる。
 けれどルルーシュは思う。
「ルーベン、僕は、僕と姉さまを見捨てた父上を、ブリタニアを許せない。いつの日か僕が大きくなったら、必ずブリタニアをぶっ壊す」
 今はまだ幼いルルーシュのその言葉を耳にして、ルーベンは目頭を篤くした。
「ルルーシュ……」
 ルルーシュのその言葉に、心配そうにナナリーが名を呼びかける。
「姉さま、僕は母上を見殺しにし、姉さまをこんな躰にした上に、僕たちを見捨てた父上を許すことはできません。何時とは言えないけれど、何時の日にかきっと、今のブリタニアを壊してみせます。そして父上に僕たちを見捨てたことを後悔させてやります」
 ルルーシュの誓いともとれるその言葉に、ナナリーもルーベンも返すべき言葉を持たなかった。

── The End




【INDEX】