武士道




 忍びもまた、武士の一端である。
 ただ普通の武士と違うのは、特化した能力と知識、それにより普段は農業や行商を営み各地の情報を収集する一方、いざ事が起きた時には戦場に赴いたり、その後方で撹乱戦や各種工作に励んだ。いわば諜報活動のプロフェッショナルとも言える。そしてそれはその時の敵地だけではなく、平常時においても、全国にまたがって“草”と呼ばれる者を放ち、広大なネットワークを築いている。
 そういった活動内容から、普通の武士からは一段下に見られてはいるが、その矜持は高く、己の持つ技能や知識の鍛錬に抜かりなく励んでいる。ゆえに武士とは見られないながらも、その心根は武士そのものと言ってよく、忍びにも本来の武士に還っての武士道とも言えるものがある。
 武士道とは個人的戦闘者の生存術としての武士道であり、武名を高めることにより自己及び一族郎党の発展を有利にすることに主眼を置いている。「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」という藤堂高虎の遺した家訓に表れているように、自己を高く評価してくれる主君を探して浪人することも肯定している。また「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」という朝倉宗滴の言葉に象徴されるように、卑怯の謗りを受けてでも戦いに勝つことこそが肝要であるという、冷厳な哲学をも内包しているのが特徴である。
 それに倣うならば、忍びこそが武士道を体現しているといっても差し支えない部分があるとも言える。
 甲賀(こうか)流に端を発する篠崎流は、長く帝と公卿たちに仕えてきてはいたが、それぞれ個々人で見た場合、その仕える主を真の主君として見ていたかと言えば大いに疑問がある。
 現に篠崎咲世子はキョウト六家の重鎮である桐原翁に仕えてはいるが、彼を真の主人と思っているかと言えば、否、である。自分の本来の主はどこか別にいる、との思いが根底にあることを否定できない。
 現在、桐原からの命を受け、アッシュフォード家を通じて、表向き主となっているルルーシュ・ランペルージこと、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが果たして自分にとって真の主と成り得る人物であるか否か、咲世子は冷静に観察していた。
 ルルーシュはブリタニア人であり、その点から言えば主と成り得ることなどあり得ないだろう。
 しかし咲世子は、ルルーシュが日本人の誰よりも祖国であるブリタニアを恨み、その崩壊を望んでいることを早くに察した。ゆえに、もし彼がそのための行動を起こすなら、そして主として仕えるに相応しい人物であるならば、たとえ彼がブリタニア人であろうとも主と仰ぐのはやぶさかではないと考えるに至った。
 そして咲世子はゼロの登場によってそれが間違いではないと思った。
 その姿を初めて目にしたのはテレビのスクリーン越しではあった。しかし仮面で体を隠し、細身の躰をマントで覆い、変声機を使って声を変えてはいるが、それは紛れもなくルルーシュ本人であると、彼女の得意とする変装術に関する知識と、常からの彼に対する観察から、咲世子に教えてくれた。
 弱肉強食の否定、それはすなわち、ブリタニア人のナンバーズ── イレブン── に対する差別の否定に繋がる。咲世子にとってそれを主張するゼロ── ルルーシュを主として仕えることに何の問題があるだろう。
 咲世子は密かにゼロの設立した黒の騎士団との接触を図り、情報媒体担当のディートハルト・リートの部下となった。
 ディートハルトは咲世子がこのエリア11内でも有数の学園であるアッシュフォードにいることから、何かの場合の切り札にしておこうと考えたのだろう、その存在をゼロをはじめとする騎士団幹部にも内密にしていた。しかしそれは咲世子にとっては逆にありがたかった。内密の存在── ── であることこそ、いざという時、忍びとしての己の力量を発揮できるものと考えた。
 そして“慈愛の姫”と呼ばれる、ブリタニアの第3皇女ユーフェミアの乱心による日本人虐殺に始まる、黒の騎士団を中心としたイレブンの一斉蜂起── ブラック・リべリオン。
 ブラック・リベリオンは敵将であるエリア11総督コーネリア・リ・ブリタニアの戦線離脱により、当初は黒の騎士団── イレブン── に有利であったが、その最中、指揮官であるゼロの突然の謎の戦線離脱、敵の本国からの援軍によって、最終的には黒の騎士団の構成員のほとんどが戦死か、あるいは拘束されることによって終息を迎えた。
 咲世子自身は上司であるディートハルトやラクシャータといった面々と共に、一端中華連邦に亡命した。
 その亡命生活の中、ブリタニアによってゼロが捕縛され処刑されたことが伝わってきたが、それは言葉のみで一切の映像はなかったことから、咲世子はルルーシュはきっと生きていると思った。
 それを裏付けるように日本に残った黒の騎士団の生き残りの者たち、その中でもゼロの共犯者を名乗るC.C.という少女からルルーシュの無事と、その現在置かれている状況を知らされた。
 記憶を改竄され、24時間の監視体制下にあるという。
 ある意味、絶望的な状況であるが、そんな中、C.C.は「心配ない、必ず取り戻す」、そう伝えて寄こし、その言葉通り、一年という時を経てゼロは復活した。
 自分がルルーシュを真の主と見做したことに間違いはなかったのだと、咲世子はこの時ほど強く思ったことはなかった。
 以降、咲世子は己の本来の特技を生かし、ルルーシュになり済ましてアリバイを作り、ブラック・リベリオンの際、ゼロをブリタニア皇帝に売ってナイト・オブ・ラウンズに出世した日本人の裏切り者である枢木スザクや、ルルーシュがそれを完全に掌握するまでの間、機密情報局を騙したり、陽動したりもした。
 ルルーシュの妹であるナナリーがエリア11の総督として来たことによって、ゼロであるルルーシュは中華連邦の蓬莱島に下がり妹との争いを避けた。それにより舞台は中華連邦に移ることになる。
 ゼロは咲世子と入れ替わりを繰り返しながらも精力的に動いた。
 ブリタニアの第1皇子オデュッセウスと中華連邦の天子との婚姻を阻止し、中華連邦を味方に引き入れ、遂には反ブリタニア勢力を結集して“超合集国連合”を()ち上げた。
 それにより黒の騎士団の立ち位置も変わる。しかし肝心の幹部たちがそのことによる頭の切り替えができていないことが問題だった。
 その問題は超合集国連合決議第壱號である日本解放のための第2次トウキョウ決戦で顕在化した。
 敵の放った大量破壊兵器フレイヤ弾頭の投下によって、敵も味方も大混乱に陥り、トウキョウ租界にはフレイヤによる大穴(クレーター)があき、民間人までをも巻き込んで数多(あまた)の死傷者を出した。
 そのような状況の中、黒の騎士団の旗艦である斑鳩を訪れた敵の特使、宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアから齎されたゼロの正体、及び、ゼロが持つというギアスという異能。それによりトウキョウ方面軍の幹部たちは、キュウシュウの本隊はもちろん、超合集国連合の最高評議会にも諮らず、ゼロの粛清を決めたのである。
 この前、咲世子は政庁にいるナナリーを救うためにそちらに向かっており、そのような状態にあるなどとは知る由もなかった。
 ゼロはフレイヤによる負傷が元で死亡したと黒の騎士団から発表がある一方で、肝心のゼロ── ルルーシュは当初監視役として付けられていた、今は真に兄弟と思い合っているロロのギアスによって助けられて一命を取り留めたが、その代償は大きかった。ギアスを酷使したためにロロの心臓が()たず、ルルーシュの腕の中で死亡したのである。
 その後、ルルーシュはたった一人、結末をつけるべくシャルル皇帝と向かい合い、両親の真実を知り、その絶望の中、“明日”を望んだ。それに応えた神── 人の集合無意識── により、シャルルと、精神体としてのみあったマリアンヌは消滅し、その野望は潰えた。
 それから一ヵ月後、神聖ブリタニア帝国に第99第皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが誕生する。
 ルルーシュは己の持つ異能と強権により、瞬く間にブリタニアを掌握した。
 その後、ルルーシュは第2次トウキョウ決戦の結果、中立地帯のようになっているエリア11── 日本── を訪れ、超合集国連合への参加を表明。しかしシュナイゼルの甘言を信じた神楽耶と黒の騎士団幹部たちの行為によってルルーシュは檻に囚われの身となり、暴言を吐かれ、明らかに内政干渉と取れる言葉を告げられる。
 ルルーシュの騎士となったスザクの騎乗するランスロットの介入により彼は解放されたが、同時に、本国の帝都にフレイヤ弾頭が投下されたことを知らされた。
 咲世子がルルーシュの今一人の騎士であるジェレミアに接触できたのはこの時である。
 この後、ナナリー・ヴィ・ブリタニアこそ皇帝に相応しいと彼女を神輿として担ぎあげたシュナイゼルらのいる天空要塞ダモクレスと、最早シュナイゼルの駒と成り果てた黒の騎士団と、ルルーシュ率いるブリタニア帝国正規軍が対決することとなる。
 この時、ルルーシュの頭の中には、シュナイゼルを倒して、ゼロ・レクイエムと名付けた作戦を決行することしかなかった。
 ゼロ・レクイエム── 己が悪逆皇帝となることで、憎しみを己一人の身に集め、その自分を殺して憎しみの連鎖を断ち切る。
 だがルルーシュを主と仰ぐ者たちの、一体誰がそれを望むだろう。
 彼は悪逆皇帝などではない。彼を悪逆皇帝と罵ったのは超合集国連合最高評議会議長皇神楽耶であり、彼を悪逆とする物は全て捏造された情報に過ぎない。
 唯一無二の主と決めた人の死を、その人が罵られ謗られるのを、一体誰が望むというのだろう。
 自分が主のために卑怯の謗りを受けるのは構わない、代わりに殺されても構わない。けれど主が死んでいくのを黙って見ていることはできない、それは己の武士道に反する。しかし主の唯一の望みを臣下として叶えない道も取れない。
 そんな中、C.C.が一つの可能性を口にした。
「ルルーシュにはシャルルのコードが移譲されているかもしれない。つまり私と同じ躰── 不老不死── になっているかもしれない」
 咲世子はその言葉に一縷の望みを託した。
 主のいない明日などいらない、主が幸せでない明日など意味はない── と。

── The End




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