エリア11において、仮面のテロリスト、黒の騎士団の指令たるゼロが復活した。
それを受けてアダレイドとコーネリアは動いた。ユーフェミアの仇を討つために。
その日、アダレイドはコーネリアと共に謁見の間に赴いた。もちろん、皇帝であるシャルルと会うためである。皇妃であり、皇女である自分たちが、何故夫であり父である皇帝に会うのに、わざわざ謁見の願い出などせねばならぬのかと思わぬこともないが、実際のところ、こうでもしなければシャルルに会うのが難しい状況であって、剛腹ではあったが何よりもシャルルに会うのが先決と、二人は受け入れたのだ。
それでも流石に皇妃と皇女という立場がものを言ってか、謁見の申し入れの翌日、それも一番にそれが叶ったのは助かった。
近侍に呼ばれて謁見の間に入ると、すでにシャルルは玉座に就いていた。
「久しいな、アダレイド。元気でやっておったか」
「お蔭様にて無事に過ごしております」
「そうか。して、今日は一体何用あってコーネリア共々、謁見など願い出てきた?」
「いまさらと思われるかもしれませんが、エリア11で亡くなった我が娘、皇帝陛下の第3皇女であったユーフェミアの事に関してでございます」
「ユーフェミア?」
その名に、シャルルは僅かに眉を動かした。
「あれは乱心の末に処刑となっておるはずだが」
「それは存じております。ですがその乱心について、疑わしき点が出てまいりました」
「だがあれが乱心の末にイレブンに対して虐殺を行ったは事実であろう」
「それは否定いたしませぬ。問題はその乱心に至る過程にございます」
「過程とな?」
「あの虐殺事件の直前、ユフィは、いえ、ユーフェミアは騎士である枢木をも外させ、ゼロと二人だけで話し合いを行っておりますが、果たして本当に二人だけだったのでしょうか?」
「何が言いたい、コーネリア?」
「ゼロは枢木卿によって捕えられ、処刑されました。しかるに、現在エリア11ではそのゼロが復活しております」
「それで?」
「枢木卿とゼロは実は繋がっているのではないかと」
「枢木がゼロと?」
「はい。元々枢木はナンバーズ、イレブン上がりの名誉ブリタニア人。そして一度はクロヴィス殺害の容疑者として逮捕されたところをゼロによって救われております。
そしてその後も、幾度となくゼロと接触しております。
その間にユーフェミアの騎士にまでなった枢木が、実はゼロと通じ、ユーフェミアを乱心させるような薬を盛ったのではないかと思われるのです。
いえ、あるいはゼロではないかもしれません。他の皇族やその皇族の後見をしている貴族らの政敵から賂を得て行ったのかもしれません。
いずれにしろ薬を盛られでもしなければ、あのような突然の乱心、起こしようがありませぬ」
「しかも公式にはユーフェミアは処刑となっておりますが、実際には違うことは重々承知しております。そしてその死に対して枢木卿が深く関与していたことも、調査の結果判明しておりまする」
「枢木がユーフェミアの死に、だと?」
シャルルはユーフェミアのことなどさして気に留めていなかったが、それでも思わぬことを聞いたというように目を眇めた。
「はい。枢木卿がKMFでアヴァロンにユーフェミアを運ぶなどという、重傷を負い、大量の出血もしている状態の人間に対して行うとは思えぬ扱いの結果、ユーフェミアの損傷は悪化したのでございます。加えてこれといった治療も行われなかったと報告が上がっております。
枢木卿は、ゼロか、あるいは他の皇族か貴族たちのいずれかと諮り、己の立身出世のためにユーフェミアを利用し、ゼロを捕えて見せて、その褒賞にラウンズの地位を要求したのではないでしょうか」
「そうとでも考えなければユーフェミアの死は納得が参りません。ユーフェミアがゼロから受けたのは腹部への一撃だけ。ブリタニアの医療水準から申せば助かって当然のところです。それが死ということになったのは、枢木卿による故意としかいえぬ無体と、ユーフェミアに対してきちんとした治療が施されなかったことに由来しているとしか思えません。いいえ、それどころか枢木卿は己のしたことの口封じのためにユーフェミアが死に至るのを承知の上で、あのような無体を働いたのかもしれません」
「何よりも、現にユーフェミアは死に、枢木卿はゼロ捕縛の褒賞として陛下のラウンズに取り立てられております。元をただせば一介の名誉ブリタニア人に過ぎぬ身には到底信じられぬことです。枢木卿はユーフェミアと知己を得たことを幸いに、己の立身出世を図ったのです、ユーフェミアを利用したのです。そのような輩を陛下のラウンズに徴用するのは如何なものかと思い、言上に上がった次第にございます」
アダレイドとコーネリアの話を聞き終えたシャルルは頷いた。
「なるほど、そなたらは枢木の出世はあくまでユーフェミアを利用し、故意に死なせ、更にはその死を利用したものだと言いたいわけか」
「然様にございます。でなければ名誉如きがこの宮廷でラウンズとして大きな顔で振る舞っているなど、到底信じられませぬ!」
シャルルはユーフェミアの乱心が、ゼロ、すなわちルルーシュのギアスによるものであることを承知している。しかしそれを知らぬアダレイドとコーネリアが、誰ぞに薬を盛られてユーフェミアが乱心に至ったと考えるのはある意味至極当然のことかもしれないと思った。それが母と姉という身内であれば尚のこと、到底あの乱心騒ぎは信じられぬだろう。
そしてその一方で、ユーフェミアに対してとったスザクの行為は、二人が告げたように決して褒められるものではない。スザクにしてみれば最善の策と考えたのだろうが、実際にはそれが裏目に出ているのはまぎれもない事実だ。
そしてユーフェミアに対して満足な治療が行われなかったのは、あの虐殺という行為と皇籍奉還を受けてのことだったのだろうが、そこまでは考えるに至っていないらしい。
しかし現にこうしてアダレイドとコーネリアが申し入れてきているということは、それなりにスザクの落ち度を確認してのことであり、それゆえにユーフェミアを犠牲にしたスザクの出世を許せぬという次第なのだろうとシャルルは考えた。
また、名誉ブリタニア人のラウンズという存在が、この宮廷でいらぬ物議を醸しているのも事実であるのを、政は宰相のシュナイゼルに任せ切っているとはいえ、その程度のことは流石にシャルルも承知している。力が全て、力があれば名誉であろうと出世できると証明している一方で、本来ならば差別されてしかるべきナンバーズ上がりの名誉ということで反感を買っていることもまた、変えられぬ事実なのである。
皇帝としては、ユーフェミアについては乱心の末の処刑と公表した事実をいまさら変えることはできない。しかしこうしてわざわざ謁見の間にまでやってきて、スザクの不埒な振る舞いを申し立ててきている二人を無視することもできない。仮にも門閥貴族の出身であるアダレイドと第2皇女という立場にあるコーネリアの申し入れだ。
そしてまた、こうして落ち度を責められるスザクに問題があるのも確かなことなのだ。
スザクにはその立場上、これといった後見はいない。唯一あげるとすれば、今はキャメロット隊の技術主任となっているロイド・アスプルンド伯爵くらいなものだ。つまりスザクを追い落としても誰も嘆く者はいないのだ。
そうであれば宮廷内のいらぬ物議を治めるためにも、スザクを犠牲にするか、とシャルルは考え出していた。
ゼロの正体が第11皇子のルルーシュであることを知っていることが、スザクに有利になるということはない。ゼロなど誰でもいいのだ。ましてやルルーシュは公的には8年も前に鬼籍に入っている。一介の名誉ブリタニア人がゼロの正体を話したとして、誰も信じはしないだろう。ましてやそれが死んだことになっているブリタニアの皇子だなどと、それこそ笑い話で済ませられてしまうことだろう。いや、あるいはすでに鬼籍に入っているとはいえ、庶民の血を引いているとはいえ、ルルーシュが第11皇子という皇族であることは紛れもない事実であり、そこから皇族侮辱罪を適用させて処罰することを望む者も出てくる可能性とてあるのだ。
もとより己の派閥を作ろうとせず、ただ己の純粋な力のみでこのブリタニアの宮廷を渡っていけると信じているスザクが愚かなのだ。
「いまさら、一度公表したユーフェミアの死の原因を表だって変えることは叶わぬぞ」
「もちろん承知しております。ただ我ら二人、ユーフェミアの騎士でありながら、ユーフェミアを守ることをせず、それどころか死に至らしめた枢木卿の存在を許せぬだけにございます」
「よかろう。そなたらが満足するかどうかは知れぬが、枢木に落ち度があったのは事実。であれば、その責めを負うは当然のこと。それでよいのだな?」
「仰る通りでございます」
シャルルから満足のいく回答を得たというように、二人は謁見の間を後にした。
スザクがユーフェミアに対して騎士としての役目を怠っていたとして、遅まきながらラウンズの地位を剥奪され、騎士候の位を取り上げられたのはそれから数日後のことだった。 スザクにすれば晴天の霹靂以外のなにものでもなかっただろうが、己の力のみを頼りにし── ブリタニアという国の本質を、また、宮廷内におけるマナーや周囲の情報を知ろうともせず── 、それだけで上にいけると、ブリタニアを変えていけると思い込んでいた、宮廷の闇を知らぬ者の末路と言えばそれまでか。
その結果に、誰一人として── ロイドやセシルすら── 同情する者も嘆く者もおらず、スザクの声を聞く者もまたいなかった。それがスザクの、この一年の間のブリタニア宮廷における立場を何よりも物語っていた。
── The End
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