裏切りの後




 扇たちが呼んでいるからと、カレンに呼ばれてゼロことルルーシュが連れてこられたのは斑鳩内の4番倉庫だった。
 そしてそこで彼を待っていたのは、銃を構えた黒の騎士団の幹部や団員たちの姿だった。KMFも控えている。
「観念しろ、ゼロ!」
「よくも我々をペテンにかけてくれたな!」
「君のギアスのことは分かっているんだ!」
 次々と浴びせられる批難の言葉の間に、ルルーシュは倉庫の一角に自分の異母兄(あに)であるブリタニアの宰相シュナイゼルとその副官の姿を認めた。
 ── そうか、全てはあなたの掌の上のことということか、シュナイゼル!
 あのフレイヤ弾頭の光の中に、自分にとって他の何よりも、誰よりも大切な者を失ったルルーシュは、もうどうでもいいと思ってしまった。
 そしてルルーシュはその場にいる者たちを煽るかのように、おまえたちは駒であり、全ては盤上のゲームだったのだと憎まれ口を叩く。
「俺がいなくなった後、どこまでおまえたちだけでできるか見せてみろ!」
 おまえたちには何もできはしない、というようにそう叫んで、自分に向けて並ぶ銃口の前にその身を晒した。
「撃て!」
 藤堂の言葉が発せられる。
 だが次の瞬間にはゼロがいたところには誰もいなかった。有るべきはずのゼロの死体すらなかった。
 ふいに格納庫内のゼロの機体である蜃気楼が起動する。蜃気楼は後を気にすることなく斑鳩から飛び去っていった。
 その様に、扇たちが蜃気楼が敵に奪取された、後を終え! 撃墜しろ! と団員たちに指示を出す。



 蜃気楼はロロが発動させるギアスによって追手を振り切った。
「ロロ、もう無茶は止めろ、これ以上はおまえの心臓が()たない! 俺はもう何も、誰も失いたくない!」
 銃が撃たれる直前、ロロがギアスを発動し、ルルーシュを蜃気楼の中に引き入れたのだ。
 そのままギアスを細目(こまめ)に発動しながら必死に追手を振り切ろうとする。その甲斐あってか、どうにか追手を撒くことに成功したものの、ロロの心臓はすでに限界に達していた。
「ロロ!」
「……ごめんね、兄さん……、これ以上、は、もう、行けそうにない、や……」
「ロロ、ロロ!」
「大好き、だよ、僕だけの、兄さん……」
「ロロ── っ!」
 ロロはそのままルルーシュの腕の中で息を引き取った。
 どうしてロロが死ななければならない。死ぬのは自分だったはずなのに── そう思い、抱き締めた躰が冷たくなっていくのをただ見ていた、感じていた。
 たった一人残されて、これから俺にどうしろというんだ、ロロ。もう誰もいないのに── そう思うルルーシュの頬を涙が伝っていく。



 その頃、斑鳩では本隊から合流した神楽耶たちが扇から説明を受けていた。ゼロがブリタニアの皇子であったこと、特区虐殺の真相、等々。
 その内容に眉を顰めたのは星刻だけだった。
「そ、そんな、ゼロ様が、私たちを裏切っていたなんて……」
 神楽耶は事の衝撃に涙も出ず、ただその躰を震わせていた。
 その一方、ゼロ死亡の報を受けたジェレミアは、蜃気楼が奪取されたということ、その前に帝国宰相のシュナイゼルが斑鳩を訪れていたことを知り、黒の騎士団員たちの裏切りがあり、ルルーシュ様は逃亡されたのだと判断してその行方を探すべくトウキョウ租界を離れた。
 フレイヤでナナリー様を失われた今、ルルーシュ様にあるのは皇帝への恨みのみ。ならば皇帝のいるであろう場所に赴かれるはず、と頭を回転させる。
 その中で浮かんだのが神根島だった。かつてのギアスに関する遺跡がある場所。現に、ルルーシュは一度そこに跳ばされたことがあると言っていたこと、また、V.V.がC.C.を誘き寄せるために利用した地だと言っていたことを思い出し、サザーランド・ジークを神根島に向けるのだった。



 神根島では人知れぬ戦いがあった。
 神を殺し、人の意識を一つとして、嘘のない、死者とも話し合える世界を創るのだという妄想、いや、妄執に取りつかれた男と、そんな昨日に縛り付けられる世界を否定し、人の明日(みらい)を望むルルーシュ。
 ルルーシュは神と呼ばれる人の集合無意識にギアスをかけ、それに応えた神は、妄想に憑りつかれた男と、精神体としてのみ生きるその同胞である妻もろともに消滅させた。
 ジェレミアが合流したのは、それらを終えて遺跡から出てきたルルーシュとC.C.だった。壊された入口の近くにはナイト・オブ・シックス、アーニャ・アールストレイムの躰もあった。
「ルルーシュ様!!」
 サザーランド・ジークのコクピットから飛び降りて、ジェレミアは慌ててルルーシュの元に駆け寄る。
「やはりご無事でいらしたのですね」
「ジェレミア……、来てくれたのか」
「もちろんです、ルルーシュ様のおられるところが私のあるべき場所です」
 膝をつき、臣下の礼を取りながらジェレミアは答える。
「それで、これからどうするつもりだ、ルルーシュ?」
 C.C.が何気にルルーシュに問いかける。
「……俺にはもう行くところなどない。黒の騎士団には裏切られ、シュナイゼルには俺がゼロだと知られてしまっている。ナナリーもロロもいない今、俺にはもう何も……」
「無い、だなどとふざけたことを言うなよ。それではここまで駆けつけてきてくれたジェレミアに失礼だろう」
 C.C.が何気に常の彼女らしくなく真摯な言葉を吐く。
「あ、ああ、そうだな、すまない、ジェレミア」
「いいえ、そのようなことをお気になさる必要はございません。それより、これから行くところがないと仰るのであれば、いっそ、私の領地へは如何ですか?」
「おまえの?」
「はい。まさかシュナイゼル殿下もルルーシュ様がブリタニア国内におられるとは思われないでしょう。私の領地は辺境伯と名の付く通り、北ブリタニア大陸でも外れにあります。滅多に余所者が訪れることもございません。そこでしたらルルーシュ様にもお気兼ねなくお過ごしていただけるかと存じます。田舎故、何かとご不便をおかけしてしまう部分もあるかもしれませんが」
 ジェレミアのその言葉に、ルルーシュは考える間を持った。
「……ジェレミア、おまえの迷惑にはならないか? 本当にその言葉に甘えてしまっていいのか?」
「迷惑だなどと、とんでもございません」
 ジェレミアの即答に、ルルーシュは一拍置いてから頷いた。
「おまえがそこまで言ってくれるなら、その言葉に甘えさせてもらおう」
 そうして三人はサザーランド・ジークと蜃気楼で、レーダー網にかからないように注意しながらジェレミアの領地を目指した。





 ゼロ亡き後、超合集国連合と神聖ブリタニア帝国は正式に休戦協定を締結した。
 超合集国連合と黒の騎士団はゼロを失ったことで組織の再編を行わねばならず、また、ブリタニアは皇帝の行方不明という事態に政治体制を整えなければならなかった。
 ちなみにエリア11── 日本── が返還されなかったのは、シュナイゼル曰く、宰相たる自分にエリア返還を決めることなどできず、せいぜい皇帝に対して進言を行う位。そして何よりもこれが一番肝心なことであるが、ゼロの身柄の引き渡しが行われなかったからである。これに対し、もちろん黒の騎士団のトウキョウ方面軍にいた日本人幹部たちからは抗議の声があがったが、彼らの“密約”という公にはできないこともあり、受け入れるしかなかったためだ。
 そうして一ヵ月。
 ブリタニアは第1位の皇位継承権を持つ第1皇子オデュッセウスが皇帝の座に就き、シュナイゼルは宰相位のままにいた。常に弱肉強食を謳いあげていたシャルル皇帝がいなくなって、その勢いは若干緩やかにはなったものの、帝国随一の実力者がシュナイゼルであることに変わりはなく、ブリタニアは相変わらず侵略を繰り返し、その版図を、エリアを広げていった。
 その一方、凋落が激しいのは超合集国連合である。超合集国連合の精神的支柱であり、黒の騎士団のCEOであったゼロを亡くし、一気に求心力が()くなったのである。櫛の歯が欠けるように超合集国連合から脱退する国が相次ぎ、遂には合衆国中華までもが合衆国日本から離れる姿勢を見せた。
 斑鳩の会議室の一室で、神楽耶と星刻が二人だけでの会談の席を持った。
「これはどういうことです、星刻総司令!?」
「どういうことも何も、我が合衆国中華も超合集国連合から抜けるということ、それだけです。必然的に騎士団に出向させていた軍の者たちも元に戻します。よって私の黒の騎士団総司令という地位も返還いたします」
「ですからどうしてそのようなことを、と聞いているのです」
 神楽耶が星刻に食い下がる。ゼロ亡き今、黒の騎士団の総司令の座は星刻以外にいないというのに。
「ゼロ亡き今、超合集国連合に、黒の騎士団に留まる意義を見い出せない、ということです」
「何故です? ゼロは私たちを裏切っていたのですよ。ただ単に裏切り者がいなくなったというだけで……」
「ゼロが裏切り者? 生憎と私は碌な検証もしていない、敵から与えられただけの証拠を信用していない。それに元々我々中華が超合集国連合に加わったのはゼロの手を取ってのこと、ゼロがいたからこそです。そのゼロがいない今、これ以上、超合集国連合に留まる理由はない。すでに天子様にもご承知いただいています」
「そんな……」
「蓬莱島は今まで通り、合衆国日本に貸与しますが、我が中華と日本の関係はそれだけです。では失礼」
 そう告げて、星刻は斑鳩から降り、蓬莱島から立ち去っていった。
 中華までが脱退したことにより、結果、様子見をしていた残りの国々も相次いで脱退し、超合集国連合は完全に崩壊、後に残ったのは蓬莱島に亡命してきた当初の合衆国日本の、ゼロが亡くなったということで意気消沈している100万人の日本人と、元のエリア11で活動していた頃からの黒の騎士団の団員たちだけになってしまった。
 すでにブリタニアに対抗していくだけの力はなく、あとは蹂躙されるのを待つだけなのか。
 神楽耶には、そして黒の騎士団の日本人幹部たちには明日が見えなかった。分かったのは、残されたのは、自分たちがいかにゼロという存在を軽く見ていたのかという事実だけだった。



 超合集国連合と黒の騎士団の崩壊をゴットバルト領内で知ったルルーシュたちには、最早見捨てた、見捨てられた組織がどうなろうと関係なかった。
 どういう伝手でか、ルルーシュたちがこの地にいると知った咲世子が合流し、世界の流れとは関係のないところで穏やかな日々を過ごしている。
 世は全て事もなし、といったところか。

── The End




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