未来という存在




「素晴らしい未来は必ず存在します。辛かった過去を明るい未来に変えていかれますよう、自分自身の未来と、その持てる力を信じ……新しい道を切り開いていってください」



 小説の中に出てきた言葉だったと思うが、いつ読んだ何という本だっただろうか。
 ふと言葉だけを思い出しながら、ルルーシュは考えてみたが、どうにも思い出せない。学生だった頃、相当な雑読をしたから、それも無理からぬ話かもしれない。ただ、その言葉だけが強く印象に残っていた。
 ゼロ・レクイエムの最終段階を前にして、どうしてその言葉を思い出したのか。
 それは、その言葉の中にあるように、素晴らしい未来── 明日── を信じているからだ。そしてそれ以上に、それを望んでいる自分がいる。ただ、その中に自分自身が存在していないだけで。
 だからこそ、両親が行おうとしていた、昨日という日で世界を固定しようというラグナレクの接続を阻止し、更には、今日という日で止めようとするシュナイゼルの計画を潰した。そして人類に、世界に明日を望み、託した。
 ルルーシュ自身は、父であったシャルルから、自分は最初から死んでおり、生きてはいない存在と言われた時に始まり、更には友人だと思っていた男から、世界のノイズ、存在していてはいけないと否定された時から、また己のために犠牲になった人々のことを考えた時、自分は未来を、明日を望んではいけないと思った。そのようなことは許されないと。
 現在、ルルーシュを否定したかつて友人だった男は、契約の元にルルーシュの唯一の騎士となり、ゼロ・レクイエムを完遂するための最後の準備をし終えていることだろう。
 とはいえ、その友人がブリタニアの名の下に出した犠牲── 生死に関わらず── は、ゼロであった自分が出したものよりも遥かに多いはずであり、いくら彼の最愛の主の命を奪ったのが自分であったとしても、ならばおまえは、おまえが生み出した犠牲についてはどう思っているのかと問いただしたくなる時もあったが。だがルールが全ての彼にとってみれば、ブリタニアのルールに従って行ったことであり、それが如何に人権を無視したものであろうと、問題はないと思っているのだろうとも思えるが。ブリタニア以外の国には、夫々の国に夫々のルールがあり、ブリタニアのルールに従う必要などなく、その意味では、立場が逆転すれば、彼の言うルールなど何の意味も持たないのだが、そんなことは考えもしていないだろうことは、彼の性格やこれまでの言動から簡単に察することができる。
 だが今は、彼が何をどう考えているかなどどうでもいい。彼との契約通り、彼に彼の主の仇たる自分の命をくれてやろうと、仇をとらせてやろうとしているのだから。



 確かに、未来(あした)は必ずしも素晴らしいものとばかりは限らない。辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、それらはこれからもたくさんあるだろう。時に一歩進んでは二歩下がる、というようなこともあるだろう。その歩みはとてもゆっくりしたものである可能性は高い。
 しかしそれでも、人々が真に願うなら、必ずや明るい、素晴らしい未来が人類社会に訪れる、そう信じてやまない。そのための下準備も、短期間でのことであり、できたことは必ずしも多くはないが、それでも可能な限り、ルルーシュは未来への道筋を、とるべき道、選択肢を残した。
 とはいえ、ルルーシュ亡き後に遺される人間たちの面子を、その彼らのこれまでの言動、能力を考えると、正直不安でならない。もし彼らが政治の中枢に入りでもしたら、ましてや代表になどなったら世界はどうなっていくことか。暫くはルルーシュが遺した改竄されたデータでしのぐことができるだろうが、決して絶対とは言い切れない。だから、ルルーシュは自分亡き後にゼロとなる彼のために、シュナイゼルに「ゼロに仕えよ」とのギアスをかけ、そしてまた、遺されたメンバーが決して政治的に表に出ることのないようにするよう、釘をさしもした。とはいえ、これもまた彼がどこまで理解し、そして実行できるか、甚だ疑問ではあるのだが。
 多分、問題は山積みといっていいだろう。ある意味、全てはこれから始まるのだから。そういった意味では、ルルーシュは自分がゼロ・レクイエムで“悪逆皇帝”として死ぬことは、すでに規定路線であり、未来への道筋の一つとして決めたことであり、そしてまたそれは、ルルーシュの一種の自己満足と言えなくもない。自分の死を礎とした、人柱とした素晴らしい未来のためのもの。そう考えてもみるが、方法としては他の選択肢もあったのだ。ただ、それをルルーシュがよしとしなかっただけで。これまでに己のために犠牲にしてきた人々のことを考えた時に、過去に投げつけられた言葉のせいも多分にあっただろうが、これ以上生きていてはいけない、存在していてはいけない、そう強く思ってしまった。だからこその、ルルーシュの生命(いのち)を代価としたゼロ・レクイエムなのだ。
 己の死を前にして、ルルーシュはただ願い、祈る。人々が自分たちの力で道を切り開き、世界に、立派に発展した素晴らしい未来を、優しい明日をもたらさんことを。

── The End




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