過去、そして未来(あした)




 神聖ブリタニア帝国皇帝直轄領たるエリア11のトウキョウ租界、そのメインストリートをパレードが進む。
 公的には、表面的には玉座に座する皇帝であるルルーシュを讃える声が叫ばれているが、沿道を埋め尽くすかのような民衆の間では、ルルーシュに対する怨嗟の囁きが交わされている。



『優しい世界になりますように』
 愛する妹のその願いを叶えるために、ルルーシュは仮面を被り、祖国に対して反逆の狼煙を上げ、テロリストのゼロとなった。
 物心ついて以来の様々な出来事が走馬灯のようにルルーシュの脳裏を(よぎ)る。
 ルルーシュは第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアを父に、庶民出の軍人であり、皇帝の騎士たるナイト・オブ・ラウンズに、そして遂には第5皇妃となったマリアンヌを母とする長子、第11皇子として生まれ、三年後には妹のナナリーも生まれた。
 父とは滅多に会う機会もなく、成長するに従い、周囲の者たちからの自分たちへの、庶民出の下賤な血を引く者との蔑みの声も耳にするようになっていた。けれどそれでも、穏やかで優しい日々だった。そう、母であるマリアンヌが殺され、ナナリーが障害を負ったあの日までは。
 父から「生きていない、死んでいるも同然」との言葉の下に、すでに敵国と言ってもいい状態となっていた当時の日本に、親善のための留学という名目で、いわば「死んでこい」と人質として送られ、けれど最初の出会いこそ最悪だったものの、初めて友人といえる存在を得ることができた。周囲の日本人たちからは迫害を受けながらも、それなりの日々を過ごしていたある日、ブリタニアは皇族である自分たちがいるのにもかかわらず、日本に対して宣戦布告をし、即座に開戦、攻撃をしかけてきた。ルルーシュたちには一言の連絡もないままに。
 戦争は僅か一ヵ月ほどで終わった。日本の敗戦によって。その時から日本はブリタニアの11番目の植民地として“エリア11”と、日本人たちはナンバーズとして“イレブン”と呼ばれるようになった。
 からくも戦争から生き延びたルルーシュたちを捜しにやってきてくれた、かつてヴィ家の後見だったアッシュフォード家に庇護され、出自を隠し、ナナリーと二人して、偽りのIDで生きてきた。いつアッシュフォードに裏切られるか、ブリタニアに売られるかという怖れを抱きながら。
 そうして過ごした年月。
 悪友ともいえるリヴァルと出かけた賭けチェスの帰り、そうとは知らずテロリストの起こした事ゆえに巻き込まれ、そこで戦後離れ離れとなっていた、名誉ブリタニア人、さらには軍人となっていた友人── 枢木スザク── と再会し、だがスザクはルルーシュを庇ったために撃たれた。その場から、テロリストが奪ったポッドから現われた少女と共にからくも逃げて、けれど総督たる第3皇子クロヴィスの親衛隊に殺されそうになり、そんな最中、少女── C.C.── に庇われ、そして身体障害を負っている実妹のナナリー一人を残して死ぬことはできないとの思いから、少女の告げた契約を交わして生き延びた。



 後悔しなかったことはない、などということは言わない。
 そもそもはあのシャルルとマリアンヌという両親の元に生まれてしまったことが始まりだろうか。
 魔女と契約したこと。しかしそれをしなければあの時にすでに死んでいた。
 異母とはいえ実の兄を手にかけたこと。イレブン── 日本人── に対する無差別の虐殺行為を許せなかった。
 ブリタニアを破壊するためにテロリストとして()ったこと。だがそれは昔から決めていたことで、魔女との契約によって得た力のために、そしてまたクロヴィス暗殺の容疑者とされてしまったスザクを救うために、予定していたよりも早くなっただけのこと。
 ナリタでは作戦のために無関係の多数の一般市民を巻き込んで死なせてしまったこと。しかしあれは避難させることを怠っていたブリタニア軍にも責任のあること。
 ユーフェミアにゼロの正体がバレてしまったこと。それがひいては、彼女にできもしない行政特区などという夢想を抱かせ、宣言させてしまった。
 そして特区の式典会場で二人きりで話をし、結局は折れてユーフェミアの手を取ろうとしたのに、ギアスの暴走でそれは叶わず、かける気のなかった絶対遵守の命令がかかってしまい、結果、日本人虐殺を始めたユーフェミアを撃ってその命を奪うしかなかった。それしかユーフェミアを止める手段はなかったから。
 その特区での虐殺をきっかけとして始まった、後にブラック・リベリオンと呼ばれるようになったイレブン、いや、日本人によるブリタニアに対する一斉蜂起。その混乱の中、ナナリーが浚われ、戦線を離脱した。その途端に瓦解した黒の騎士団。自分一人が抜けただけでそんなに簡単に瓦解するなどとは思ってもいなかった。黒の騎士団を、藤堂たちを過大評価し過ぎていた。
 ナナリーを求めて辿り着いた神根島で、スザクに捕まり、皇帝の前に引き摺り出された。俺は売られのだ。(スザク)の出世と引き換えに。遠い昔に交わした約束を忘れ、他の皇族の手を取って膝を折り、騎士となった人間など、C.C.にさんざん言われていたように、いつまでも友人と思わず、特別扱いなどせずにとっとと見限っていればよかったのに。
 一年もの間、皇帝によって記憶を改竄され、それと知ることなく偽りの弟をあてがわれて、一日24時間、ずっと機密情報局── 機情── の監視を受けていた。記憶は逃げ延びていた黒の騎士団の者たち── 最後には皆、死んでしまったが── とC.C.のおかげで取り戻すことができたが。そうしてゼロとして復活した俺の前に、俺を売ってナイト・オブ・ラウンズのセブンとして出世したスザクが現れ、俺の記憶を確認するために、よりにもよって奴は「僕が守る」と言い切ったナナリーを利用した。所詮、俺もナナリーもあいつにとっては、あいつが出世するための道具でしかなかったのだと思い知らされた。
 ナナリーにゼロを、ゼロとして俺がしてきたことを否定された。だが、ならば教えてほしい。他に一体どんな方法があったのかを。理想は美しい。理想を持つことそのものは決して否定はしない。しかし現実味のない、それに相応しい実行を伴わない理想を思い描くだけで、一体何が変えられるというのか。
 エリア11の総督となったナナリーはその就任に際しての所信表明の中で、自分には何もできないと告げ、更には何の検証をすることもなく、ただただ彼女への思慕ゆえに異母姉(あね)であるユーフェミアの唱えた“行政特区日本”を再建すると告げた。それを告げた時の周囲の状況を見れば、その宣言はナナリー一人の独断であり、他の誰にも、相談も何もしていないのは明らかだった。ナナリーは何も分かっていない。総督という立場にある自分が宣言すれば、それは全て叶うとでも考えているのだろうか。それらを思うと、ナナリーには総督たる、その地── つまりはエリア11── の最高責任者たる自覚が何一つないのだと知れた。しかも本人はそれを何ら自覚していない。そんな状態でどうして総督の地位などを望んだのか。皇帝にしてみれば、単にゼロたる俺を抑えるための枷としたかったのだろう。だから俺は奇策に出て、中華連邦の力を借りてエリア11を脱出し、合衆国日本という独立国をぶちあげた。それはあくまで中華連邦からの借地であり、ブリタニアは認めなかろうが、確かに一つの国家であることに違いはないのだ。他の多くの各国、国際社会が認めている以上は紛れもなく。
 記憶を改竄されていた俺の監視役として、弟としてあてがわれていた── 記憶を取り戻して程なく、取り込んでいたが── ロロがシャーリーを殺した。嫉妬ゆえに、俺を失うのではないかという怖れゆえに。俺は誤った。ロロの俺に対する感情の読み方を。
 中華連邦でギアス嚮団を強襲し、そこにいた者たちを虐殺した。たとえそれが実験によって与えられたもので本人たちに何の責任がなかったことだとしても、ギアスを何の躊躇いもなく行使する者たちを放置しておくわけにはいかなかった。ギアスは一度手に入れればそれを失効させることはできないのだから。どんなに幼い者であれ、この先の世のためを思えばそのような存在を許しておくわけにはいかなかった。そこに嚮団の実験体であったギアス能力者であるロロによってシャーリーを殺されたという恨みが全くなかったとは言わないが。
 超合集国連合の決議として日本奪還のための侵攻が決まり、俺はスザクにナナリーを守ってくれと土下座までして頼んだというのに、スザクはまた俺を裏切り、そして第2次トウキョウ決戦時においてフレイヤという大量破壊兵器を発射し、政庁を中心としてトウキョウ租界を破壊した。ナナリーを殺したのだ。だがそれは、全てはかつてスザクに生きていて欲しかったがために俺が奴にかけた“生きろ”というギアスが発動したため。紛れもなく俺の失策であり、責任だ。ナナリーをはじめ、軍人はもちろん、それよりも遥かに多い一般市民の死傷者も。
 シュナイゼルによって黒の騎士団に俺の出自と(ギアス)── 絶対遵守── をバラされ、幹部たちをはじめとする多くの団員たちから銃を向けられ、KMFもあった。覚悟はしていたことだ。全てが明からになったら後ろから刺されるかもしれない、撃たれるかもしれないということは。しかしつい先刻まで戦っていた敵の大将ともいうべき存在の言葉をそのまま受け入れるとは、なんと浅慮なことか。ましてや黒の騎士団はあくまで超合集国連合の依頼を受けて動く外部機関であって、何の決定権も持ってはいないというのに。なのに彼らは何も理解していない。エリア11でテロリストとしてあった頃と何も変わっていない。今やその立場や存在意義は全く変わってしまっているというのに、彼らの意識は何も変わっていなかった。
 俺を殺そうとした黒の騎士団から、ナナリーを死なせてしまったことで罵倒した俺を、それでも救い出し、助けるために命懸けでギアスを酷使して己の心臓に負担をかけ過ぎ、けれど俺の命を助けられたことに満足したように、そして「俺の弟だ」との言葉に、苦しいだろうに満ち足りた微笑みを浮かべながら俺の腕の中で息絶えたロロ。俺なんかのためにそんな無茶をして死ぬ必要などなかったというのに。
 神根島にある遺跡から入ったCの世界で母さんの死の真相と、両親が行おうと考えていたことを知った。なんたることか。そんな愚かな、彼らの身勝手な、多くの他の人間に対して犯涜行為ともいえる、人間(ひと)としての分を超えたことのために俺とナナリーは棄てられたというのか。生きていても死んでいても構わないと思われていたのか。だから俺は否定した。昨日で世界を固定しようとする両親に対して、俺は明日を望み、神── 人の集合無意識── を人として認識し、ギアスを、命令ではなく、願いとしてかけた、明日が欲しいと。それが聞き入れられたのか、父と、そして母の精神体はCの世界に飲み込まれて消失した。両親を殺したのだ。しかし後悔などない。彼らの望みが叶えられていれば、人が人として生きていくことができなくなったのだから。
 残る問題は、第2次トウキョウ戦後、フレイヤを持ったまま姿を晦ましているシュナイゼルだ。
 俺はギアス── 絶対遵守── と、そして僅かな協力者の力を得てブリタニアの帝位を簒奪した。全てはシュナイゼルと立ち向かい、フレイヤという存在をこの世から消すためだった。そのために、俺を裏切り、どこまでも「ユフィの仇」として俺を憎むスザクとも契約を交わして手を取り合った。
 ナナリーが生きていた。それは純粋に嬉しい。しかし彼女はシュナイゼルの傀儡として、彼に皇帝として担ぎあげられ、俺の、俺たちの敵として現われたのだ。ここでも俺は誤った。ナナリーがエリア11に総督としてやってきた時も思ったことではあったが、俺はナナリーの育て方を間違った。真綿でくるむように、美しいもの、優しいものだけを教えてきたが、もっと現実を知らしめるべきだった。この社会で生きて行くための厳しさを。そうしていたら理想を持つことはさておき、総督という地位の持つ責任を認識し、それを投げ出すことも、人の言うことだけを信じ込んで自分で考えるということをしない── 自分では考えているつもりなのかもしれないが、それはあくまで独り善がりな偏った考えだ── などということもなかったのではないか。
 そして迎えた最後の戦いとなるフジ決戦。ニーナの協力のもと、フレイヤを止め、ダモクレスを制圧してシュナイゼルをギアスによる支配下に置いた。
 残すはゼロ・レクイエムの決行のみ。俺が悪逆皇帝としてこれまでの悪を一身に背負って逝き、後にナナリーやユーフェミアの望んだ優しい世界を遺す。戦争という暴力ではなく、話し合いによる解決という平和な世界を。個人個人の能力による差はあれど、飢えや貧困、出自による差別などのない平等な社会を。
 計画の構想を打ち明けた時、協力者たちの、ごく一部を除くほとんどは反対し、止めようとしてくれた。だが今の捻じれた社会── 世界── を変えるために、これ以上の劇薬があるだろうか。俺には考え付かない。俺にとってはゼロ・レクイエムこそが最良の策なのだ。
 そして思う。これまでの決して長いとはいえない、むしろ短いと言っていいだろう人生、後悔ばかりだったような気もするが、今になって思えば、それは全て必然ではなかったのかと。少なくとも、俺にしてみれば少ない選択肢の中から、常に最良と思える選択をしてきたのだから。そして平和で優しい世界が迎えられるなら、俺一人の命など何の意味があるだろう。
 ただ一つの心残り、申し訳ないと思うのは、C.C.との契約を、約束を果たしてやれないこと。けれどこればかはりは、今となっては彼女に諦めてもうらうしかない。



 パレードの遥か前方に、ゼロの衣装に身を包み、ゼロとなったスザクの姿がある。
 全ての悪を俺一身に集め、それを今日で終わりにして俺の命を絶ち、より良い未来(あした)を迎えるための最後の三文芝居が今始まる。

── The End




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