変革の嵐




 ゼロ死亡の報は大いなる衝撃をもって世界中を駆けた。それは超合集国連合に加盟する各国にとってはなおさらであった。
 表面的にはゼロの立場は、連合の下部組織である黒の騎士団のCEOに過ぎない。しかし実態は異なる。連合が為ったのは偏にゼロという存在があったればこそであった。
 大国ブリタニアに抗し得る奇跡の具現者、それがゼロであり、ゼロがいたからこそ各国は互いの国家間の利害を超えて纏まったのである。
 そのゼロの死亡という報が各国に大いなる衝撃を与えたのは当然のことである。果たしてゼロという存在亡くして、これからどうブリタニアに対抗しうるのか、各国が不安に駆られるのも無理はない。
 しかも齎された報はゼロの死亡だけではなかった。
 超合集国連合の最高評議会議長たる皇神楽耶── より正確に言うならば、黒の騎士団トウキョウ方面軍による、神楽耶をも無視しての独断であったのだが── の、最高評議会に諮らない独断によるブリタニアとの休戦協定。そして黒の騎士団── しかも総司令たる星刻をも無視したトウキョウ方面軍── の不可解な行動。
 ゼロ死亡の報に前後して、黒の騎士団の旗艦である斑鳩からゼロの専用KMFである蜃気楼が奪取されたとの情報、その蜃気楼に対する撃墜命令、それに続くブリタニアと共同して行われた神根島における軍事行動。
 それらの情報に、黒の騎士団に対して各国が不信を抱き始めたのは無理からぬことと言える。
 一体誰が蜃気楼を斑鳩から奪取したというのか。何故評議会にも諮らずしてブリタニアと共同行動を取ったのか。
 神楽耶の独断専行と黒の騎士団の勝手な行動に、各国の思惑、利害が台頭してくる。
 僅か100万の人口しか持たない合衆国日本の代表である若年の神楽耶が議長となっていること、黒の騎士団の母体が日本から始まっているからとはいえ、幹部が日本人偏重であることへの不満、それらがゼロ死亡の報とそれに続く出来事をきっかけとして表面化していく。
 神楽耶も黒の騎士団の日本人幹部たちもそれに気付いていない。彼らの中の誰一人として、各国にとってゼロの存在というものが如何に大きなものであったかを真に理解していなかったから。



 蓬莱島で臨時最高評議会が開催された。合衆国日本、及び、合衆国中華を除く国々の要望によってである。
 議長の席についた神楽耶に、合衆国中華に次ぐ大国である合衆国インドの代表が質問する。
「皇議長にお聞きしたい。何故(なにゆえ)に最高評議会に諮らずに独断でブリタニアと休戦協定を結ばれたのか? しかも、私の得た情報によれば、そのことに関する正式な文書すら存在しないとのことですが」
「それは」神楽耶は一度息を呑み込んだ。「ゼロの死亡とトウキョウ租界でのフレイヤ弾頭による大きな被害から黒の騎士団を立て直す必要を感じたからです。条約文書については、ブリタニア側もフレイヤ被害の対策の関係もあって、後日正式に、とのことでしたので、現時点では確かに存在しておりませんが、帝国宰相たるシュナイゼル殿ときちんとした会談を行って約束を交わしております」
 真実── ゼロの正体がブリタニアの元皇子であったことや、かつての特区でのゼロの裏切り行為、ゼロが持つギアスという力、更に言えば扇たちの独断による神楽耶にすら知らされていない日本だけの返還のことなど── を言えるわけもなく、あくまでも表面上のことを神楽耶は口にした。
「今回の作戦は、日本奪還、つまり独立をきっかけとしてブリタニアの植民地となっている国々の解放を促すのが目的でした。それを休戦してしまっては、作戦の目的が何も果たせない。最高評議会の決定を、超合集国連合の意義を失うことになる。キュウシュウに本隊がいたのですし、休戦ではなく一時停戦でも良かったのではないのですか? それなら再戦にも持ち込みやすく、第一號決議にも叶うことに繋がります」
「それは……」
 神楽耶は言葉に詰まった。
 そこへ他の国の代表からも意見が、質問が浴びせられる。
「黒の騎士団は何故かブリタニアと共同歩調を取って神根島で行動している。これは何故です? 我が超合集国連合はブリタニアと対するために作られた組織です。それがその敵対するはずのブリタニアと共に行動するというのは、超合集国連合結成の趣旨に反する。黒の騎士団はあくまで超合集国連合の外部組織であるにもかかわらず、その行動を我々は何も知らされなかった。これは超合集国連合を無視するに等しい行為ではありませんか? 議長、あなたはそれを分かっていて黒の騎士団の行動を容認されたのですか? それは我々他の国々を疎かに扱っていると言わざるを得ません」
「そんなつもりはありません!」
「つもりはないと仰るが、事実がそれを示しています」
「第一、ゼロ死亡の件にしてもおかしな点が見受けられます。ゼロの専用機体である蜃気楼は斑鳩に無事に戻った。なのに何故、ゼロはその戦闘での負傷が元で亡くなったというのです? ましてやその後、蜃気楼が奪取されたという。一体どこの誰が蜃気楼を奪取したというのですか? その時、斑鳩の中に敵がいたということですか? 我々にとって敵とはブリタニアに他ならない。しかしその一方でブリタニアと休戦協定を結んでいるということは、蜃気楼を奪取したのはブリタニアとの休戦協定を望まなかった団員、いや、もしかしてゼロ本人だったのではないのですか? だから幹部たちは蜃気楼の追跡、撃墜命令を出した。それならばゼロの遺体を確認できない理由にも納得がいきます。とにかく黒の騎士団の、特にトウキョウ方面軍の行動には疑念を抱く点が多過ぎます」
 それはあくまでも一つの可能性として推測を述べられたものに過ぎないが、真実をついていた。神楽耶は返す言葉を見つけられず、思わず口を噤んでしまった。
 その神楽耶の様子に、代表たちは追い打ちをかけるように言葉を浴びせ続ける。
「議長、あなたの独断専行によるブリタニアとの休戦協定は、我々を蔑にしているとしか思えない」
「あなたは議長職を何だと思っているのです! 議長であれば他の議員に諮ることなく事を決めても構わないとでも思っているのですか!」
「仮に休戦協定を結ぶにしても、一旦は一時停戦にして、最高評議会で諮ってから為すべきだったのではありませんか?」
「独断専行はあなただけではなく、黒の騎士団トウキョウ方面軍の日本人幹部たちにも言えることです」
「かねがね思っていたことですが、確かに黒の騎士団の元となったのは日本のレジスタンス組織とはいえ、現在では超合集国連合の外部組織たる唯一の戦闘集団、軍隊であって、かつてのレジスタンスであった時とはその存在意義を大きく変えています。にもかかわらず、かつての幹部たちをそのままに登用したのが間違っていたのではないのですか」
「所詮レジスタンスはレジスタンスであって、プロの軍人とは異なります。それをそのままに放置したことが、今回の問題のそもそもの原因の一つにあるのではないのですか」
「若年のあなたが最高評議会議長という要職に就けたのは、ゼロを当初から後援していた存在だからなんですよ。つまり、この超合集国連合においてはゼロという存在があなたの後見役だったんです。まさかたった100万人の人口しか抱えていない、亡命政権である小国の代表に過ぎないあなたが、実力を認められて議長職に就けたとでも思っていたんですか? ゼロがいなければ合衆国日本などという小国の代表であるあなたにそれほどの価値などないのですよ。そしてそれは黒の騎士団の日本人幹部たちも同様です」
 次々と投げつけられる言葉に神楽耶は堅まった。
 他の国々の代表たちにとっては、合衆国日本の代表であり最高評議会議長である自分や黒の騎士団の日本人幹部たちよりも、ゼロというたった一人の存在の方が遥かに大きくその存在価値があったと言われたのだ。そこまで各国がゼロという存在を大きく捉えていたことに改めて気付かされた思いだった。
「議長、我が国はあなたの今回の、他国を、最高評議会の存在を無視した独断専行に関して辞任を要求します!」
「なっ!?」
 遂にといった感じで告げられた合衆国インド代表からの要求に、神楽耶は身を震わせた。
「黒の騎士団の改変も行うべきです。今の状態はあまりにも日本人に偏重しすぎている。もっときちんとした軍隊として、各国に公平に、そしてプロの軍人を中心とした組織に改編すべきでしょう」
 各国は合衆国インド代表の言葉に次々と賛同の意を示した。
 唯一の例外は合衆国中華だった。合衆国中華の代表である天子は、友人の神楽耶が他の国の代表たちに責められているのをただおろおろと見ていることしかできない。
 今回の臨時最高評議会を、ブリタニアとの休戦協定に関しての説明の場と捉えていた神楽耶だったが、彼女のその思惑を外れ、いつの間にか、臨時最高評議会は超合集国連合と黒の騎士団の改変のための協議の場へと移行していた。
 神楽耶は最高評議会議長という要職にありながら、まるでいない者のように他国から無視され、自分と天子を除いた国々の間だけで次々と決定がくだされていく。
 ゼロという後見を失った神楽耶は流されるようにくだされていく決定に従っていくしかなくなっていた。
 何故こんなことになっているのか、何を間違えたというのか。ただ、自分と黒の騎士団の日本人幹部たちは各国の代表たちの間におけるゼロという存在の重みをあまりにも軽く考えすぎていたのだと、それだけを神楽耶は理解した。
 そうしてゼロを欠いた超合集国連合と黒の騎士団は、否応もなく各国の利害の下、組織の改変という名の嵐の海に呑み込まれていく。

── The End




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