愛の十字架




 C.C.は今、郊外の外れ近くにある、誰もいない小さな教会で、祭壇を前に一人、祈りを捧げていた。
 神に祈りを、それもこれほど真剣に捧げるなど、シスターによってギアスを授けられて以来、初めてのことではないだろうかと思う。



 C.C.しか気付かなかったことがある。そう、当の本人であるルルーシュすら気付かなかったこと。
 それは、かつてV.V.が所持しており、そのV.V.からシャルルが奪ったコードが、今、ルルーシュに移っていること。
 コードは一度死ななければ発現しない。ギアスはまだ使えているし、ルルーシュが気付いていないのはそのせいもあるだろう。
 C.C.は考えたあげく、たった一人にだけ真実を打ち明けた。
 その一人とは、ルルーシュ唯一人に忠誠を捧げたジェレミア・ゴットバルト。
 C.C.はジェレミアに、スザクはもちろん、誰にも、ルルーシュ本人にすら話すなと言って打ち明けた。
 現在、ルルーシュは街の大通りをパレード中である。彼の考えたゼロ・レクイエムの最後の舞台上にいる。
 そのパレードの中、ルルーシュは死ぬ。ゼロとなったスザクによって刺し殺されて。ルルーシュは後に遺る者たちに優しい世界を託した。少し考えれば、そのようなこと、無理に決まっていると分かるだろうに。なのにユーフェミアを殺したことを最後まで責めるスザクに押し切られた部分もあったのだろう、そしてそのユーフェミアを己の手にかけた罪の意識もあっただろう。だが、何故彼は分からないのだろうと思う。後に遺る者たちにそのような能力も気概も無いということに。
 ジェレミアにはゼロの手にかかって命を落としたルルーシュの遺体を、自分がいる教会まで運んでくるようにと言ってある。スザクには、殺された“悪逆皇帝”ルルーシュの遺体は民衆の悪意の元に無残な目にあうだろう、それだけは避けたいのだと、だからそうなる前にルルーシュの忠臣たる己が遺体を運び去ると伝えろと告げて。そしてジェレミアはそうすることにした。
 C.C.は思う。
 ルルーシュは自分が彼をどう思っているか、知って、気付いているだろうかと。男女関係の機微には疎いルルーシュのことを思えば、きっと気付いてはいないだろう。
 ルルーシュを愛している。一人の女として、一人の男であるルルーシュを。
 いつからか、と問われれば、多分あの時からだと思う。C.C.が魔女ならば自分が魔王になればいいだけだと、ルルーシュがそうC.C.に告げた時から。その時から、C.C.の中でルルーシュに対する意識が変わった。想いが変わった。
 ルルーシュがコードを受け継いだことに気付いた時、喜んだ。これで二人して共に生きていくことができるのだと。しかしそれは一瞬のことで、ルルーシュにも不老不死の呪いがかかったのだと落ち込んだ。
 真実を知ればルルーシュも落ち込むかもしれない。そして怒るかもしれない、気付いていながら話さなかったC.C.に。話していればルルーシュは計画を変えただろうから。
 けれどルルーシュならば、ギアスを願いだと言い切り、シャルルたちの計画を潰したルルーシュならば、もしかしたらいつかこの不老不死という呪いを解いてくれるかもしれない。そう運よく事が運ぶとは思えないが、それでもルルーシュと生きていくことができるという事実が、C.C.は何よりも嬉しかった。
 ジェレミアに話した時、ルルーシュが死なないということに彼は嬉しさを隠さなかった。その後でC.C.と同じように嘆きもしたが。そしてルルーシュに忠義を捧げた身として、ルルーシュと共にあることを望んだが、改造されて半機械人間と化した自分が、どこまでルルーシュと共に歩めるかと思い悩んでもいた。機械化された部分が生身の部分に負担を与えて短い命となるか、あるいはその逆か。そして何より、自分の容姿が目立つことに怖れを抱いた。ましてや自分は最後までルルーシュに忠臣として仕える騎士。人々の目にそうそう触れることはできない。そんな自分が傍にいれば、結局は共にあるルルーシュにも気付かれ、彼が安息の日々を得ることは叶わないだろうと。
 ジェレミアはルルーシュがコード保持者となって、人工的に与えられたものとはいえ、この世で最後の、唯一のギアス保持者となった己が、それゆえに唯一の主であるルルーシュと共にあることをあえて避けた。そのかわり、ルルーシュと共に居続けると言い切ったC.C.に、たまには自分のところにルルーシュ様と共に顔を出せ、連絡を入れろ、と迫りはしたが。



 ああ、もうすぐ時間だ、とC.C.は思う。“悪逆皇帝”ルルーシュがゼロによって殺される時。
 目の前の祭壇に祭られた、キリストが磔にされた十字架。その十字架に祈りを捧げる。どうか自分の想いを叶えてくださいと。たとえ憎まれてでもいい、愛するルルーシュと共にあることを許してくださいと。
 ジェレミアはルルーシュをこの場所に運んだら、すでに用意してあるオレンジ農園に行くという。そこにはジェレミアがギアスをキャンセルしたかつてのナイト・オブ・ラウンズのシックス、アーニャ・アールストレイムがいるという。自分の失われていた記憶を戻してくれたジェレミアに、いつの間にか懐いてしまったのだと苦笑しながらジェレミアは語った。
 ジェレミアとアーニャがこの先どのような人生を歩んでいくのかは知れない。けれどルルーシュと二人、自由気ままに世界を回りながら、時にジェレミアの元を訪れる人生を送る。
 不老不死を呪いと考えずに、愛する者と共に永き時間(とき)を歩むことができると考えれば、これほど嬉しいことがあるだろうか。C.C.はそう考えを切り替え、そしてまた、形あるものはいつか壊れると言われるのだから、いつか不老不死から解放される時が訪れるかもしれないと、そう考えながら、ジェレミアがルルーシュを連れてやってくるその時を待つことにした。



 神よ、自分をルルーシュという人間と出会わせてくれたことに感謝します、と祈りを捧げながら。

── The End




【INDEX】