僕にはたくさんの、母親の違う兄弟姉妹がいる。でも、その中で本当に兄と呼べるのは、たった一人だけだ。それは同じ母親から生まれた兄、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
僕には物心ついた頃から、もう一つの別の記憶がある。そこでは僕はギアス嚮団というところに所属し、そこでの実験の結果として、ギアスという力を持ち、その力を使って、嚮団からの指示の下、幼い頃から暗殺を繰り返す暗殺者だった。そしてその中で最後に与えられた命令は、皇帝の持つギアスによって記憶を書き換えられたルルーシュ・ランペルージという人の弟としてその傍にあり、その人が記憶を取り戻したら、殺す、というものだった。
改竄された記憶の中で、その人に弟として認識されていた僕は、最初はとても戸惑った。僕には家族といえるような存在はいなかったから、偽りとはいえ、その人は僕にとって、初めて家族といえる立場の人になったのだ。だから最初の頃はどう対応していいのか、随分と迷いもした。けれど彼の記憶が改竄されていた間のおよそ一年、そこに嘘や偽りはなかった。あの人は僕を弟として、兄として当然のように愛し慈しんでくれた。それにいつのまにか、自分でも気づかぬままに絆されてしまっていたのだろう。彼が記憶を取り戻した後、それでも彼が僕のことを弟だといってくれた時、本当に嬉しかった。そして偽りの記憶の下でとはいえ、共に過ごした一年は本物だったと。けれど、記憶を取り戻したあの人にとって、本当に大切なのはやはり実の妹のナナリーだけで、彼女のことしかなくて、僕は所詮偽りの存在でしかなかった。だから、トウキョウ租界での第2次トウキョウ決戦の際に、ナナリーが死んだとされた後、僕に対して、利用していただけだと、殺してやるつもりだったと言われた時、ああ、やっぱりそうだったんだ、と納得もしてしまった。けれどその時には、僕にはもう、あの人しか、兄さんしかいなくて、たとえ何があっても兄さんと一緒にいたかった、守りたかった。だからシュナイゼルの奸計で兄さんが黒の騎士団に裏切られ、銃を向けられて殺されそうになった時、僕は兄さんを守った。兄さんが何度止めても、兄さんを守るために、自分の心臓に負担のかかるギアスを遣い続けた。だってそうしなければ兄さんを守りきることは出来ないと思ったから。そうしてどうにか兄さんと共に逃げおおせた時、既に僕は限界だった。そして「兄さんは嘘つきだから」と言った僕に、兄さんは「流石は俺の弟だ」と言ってくれた。弟だと認めてくれた。これで僕は、たとえ血の繋がりはなくても、本当に兄さんの弟になれたのだとそう実感出来て、その幸福に満たされた中で、兄さんに看取られながら死んだはずだった。
ところが現在、ここでは血の繋がった正真正銘の兄弟として共にあることが出来ている。これは一体どういうことなのだろう。
成長して、色々と自分で調べることが出来るようになった時、並行宇宙の存在、というような理論が書かれた書物を読むことがあり、それで自分なりに納得した。
必ずしも真実ではないかもしれないけれど、ここは僕のもう一つの記憶のある世界とは別の世界なのだと。それは僕の単なる願望で、夢を見ているだけなのかもしれないとも思ったけれど、それでもいいと思った。だって、今の僕は紛れもなく、兄さんと血の繋がったたった一人の実の弟なのだから。そう、今度こそ真実の弟になれたのだから。
私は、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの第12皇妃の一人娘だ。
でも私の中にはもう一つの記憶があって、その中では、私は第5皇妃マリアンヌ様の娘で、マリアンヌ様の長子である第11皇子ルルーシュの実妹だった。けれど、現在のここでは違う。第6皇女、という点は変わりはないけれど、それ以外は違う。何より、マリアンヌ様には皇子が二人だ。ルルーシュお兄さまの下に、もう一人、皇子がいる。名前は、ロロ、といった。ルルーシュお兄さまは、その弟をとても愛し慈しんでいるのが傍目にも分かる。そう、かつて私を愛し慈しんでくれた時と同じように。現在の母である皇妃が、庶民出だからとマリアンヌ様を嫌い、私がその息子である庶民腹のルルーシュお兄さまに近付くことも嫌がっているので、遠くに見ることしか出来ないでいる。それもあってか、ルルーシュお兄さまの中では、私は数多くいる異母妹の一人でしかなく、これといった接し方をされた記憶はない。
何がどうしてこんな状態になっているのか分からないけれど、これは、あれ程に私を愛し慈しみ、守ってくれたルルーシュお兄さまを、最後まで信じることが出来ずに敵対した私への罰なのだろうかとも思う。
ルルーシュお兄さまの傍に行きたい、かつてのように愛し慈しんでもらいたい。それをどれ程望んでも、今の状態ではそれは叶わない。ただ遠くから、そのルルーシュお兄さまを見るだけだ。だって、その立場には、ロロという、今のルルーシュ兄さまの実の弟がいるのだから。
俺には、一人の妹と、一人の弟がいる。
妹の名はナナリー。俺の中にあるもう一つの記憶が正しいものだとすれば、本当にあったことなのだとすれば、彼女こそが俺と母を同じくするたった一人の、愛し慈しんだ妹だ。母が殺された時、ナナリーは足を撃たれ、後で分かったことだが、父シャルルのギアスという力によって記憶を書き換えられ、瞳を閉ざした。つまり、目も見えず下半身不随の身障者、当時のブリタニア皇帝のいう弱者だった。だから、母を亡くし、人質として送られた日本、のちにブリタニアの侵略によってエリア11となった地で、ブリタニアに戻らず、身分を隠して過ごすと決めた時から、俺はただナナリーを守り、愛し慈しんで育てた。ナナリーの存在が俺の全てであり、ナナリーのために、ブリタニアに反逆する仮面のテロリストのゼロとなった。
けれど、ナナリーは何一つ俺のことを分かってはいなかった。ナナリーの存在が俺にとってどれ程のものなのかも。俺のブリタニアへの、父シャルルへの憎しみが如何程のものかも、何一つ理解していなかった。ただ与えられるまま、そしてそれが当然のものとしてあったのだと、後で理解した。だからこそ異母兄シュナイゼルの口車に乗せられるまま、俺の行動の根源が何処にあるかを理解せず、俺の言葉を信じず、シュナイゼルの言葉を信じて俺と敵対し、あろうことか自国の帝都であるペンドラゴンに大量破壊兵器フレイヤを落とし、億にのぼらんとする死者を出した。
ナナリーはここでは他の皇妃の皇女として生まれている。つまり、今の俺にとっては数多くいる異母妹の一人にすぎない。その皇妃が庶民出である俺の母、マリアンヌを嫌っているせいか、近寄って来ることはない。止められているというのもあるのかもしれない。けれどかつての彼女が、たった一年足らずの間に、多少の便宜を図ってくれただけに過ぎない異母兄のシュナイゼルを信じ、生まれた時からずっと共にあり、守ってきた俺のことを信じなかったということから考えれば、それはつまり、ナナリーにとっては、自分を愛し守ってくれる者なら、必ずしも実兄である俺ではなく、誰でもよかったのではないかと思えてしまう。そう思ってしまうと、かつてのような愛情を彼女に対して持つことは出来ない。
弟の名はロロ。かつては血の繋がりなどない、偽りの弟だった。一度、親友だと信じていた枢木スザクという男によって父シャルルに対して売られ、シャルルの持つギアスで記憶を書き換えられた俺に与えられた、偽りの存在。それは、ギアス嚮団の研究で絶対静止という力を与えられた、俺の監視者であり、暗殺者だった。当時、俺の共犯者であり、何よりも俺に絶対遵守というギアスをくれた魔女C.C.を誘き寄せるための餌として、俺をアッシュフォード学園に戻した一年間、俺の中では紛れもなくロロは俺の弟であり、そこで共に過ごした時には、偽りはなかった。しかし記憶を取り戻した後は、本来ナナリーがいるべき場所を奪ってそこにいるロロを憎み、そして利用して、いつか殺してやろうと思っていた。けれどナナリーが死んだと思い込み、ロロを罵った後も、ロロは俺を命懸けで俺を守ってくれた。そう、俺を裏切り、殺そうと、銃だけではなく、KMFまで持ち出してきた黒の騎士団から、俺を逃がすため、助けるために、何度も止めろと言ったのに、自分の心臓に負担を掛けるギアスを使い続けて。不甲斐ないこの偽りの、嘘だらけの兄である俺を。「兄さんは嘘つきだから」、そう言って、それに対して「俺の弟だ」と告げた俺に向けて儚く笑い、満足そうに俺の腕の中で死んでいった。
これは想像でしかないが、ここは俺が持つもう一つの記憶のある世界とは別の次元世界なのだろう。
少なくとも、母であるマリアンヌは殺されることなく健在だし、ブリタニアは、父シャルルは他国に対して侵略戦争など仕掛けていない。皇位継承の過程から、弱肉強食、といった考えは多少の度合いの違いはあれ、存在しているが。そしてまた、俺が知る限りなので絶対とは言えないが、ギアスもコードも存在しないし、ましてや記憶の中の父たちの計画していたラグナレクの接続などというものも存在しないようだ。
だから俺は考える。かつての世界で、家族という存在を知らずに暗殺者として育てられ、血の繋がりは無かったとはいえ、俺の弟として過ごした一年、その後の、俺を兄と慕って俺を庇って死んでいったロロのことを思う時、実の弟としてあるここでは、どうしても多少偏った形になってしまいそうではあるが、彼が知らずに過ごした家族という存在を教えて、そして兄として愛し慈しみ、時には年長者として叱ったり教育したりしながら、そしてまた、普通にあるように兄弟喧嘩などもしながら共に過ごしていこうと。
ロロやナナリーに、俺のようにかつてのもう一つの他の世界での記憶があるかどうかは分からない。
今の俺にとって、家族とは、滅多に顔を合わせることがないせいかあまり意識していない父と、かつての世界とは違って、本当に俺とロロを愛し育ててくれている母マリアンヌと、何よりも、兄である俺を慕ってくれているロロだけだ。ちなみに多くいる異母兄弟姉妹のことは、ナナリーも含めてあまり頭にない。
だから今度こそ間違えないように、真実の弟であるロロを、俺のために死なせてしまったかつての世界のようなことのないように、愛し守っていきたいと思うだけだ。
── The End
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