枢機卿と総督




 エリア11において、テロによるカラレス総督の死、続く仮面の反逆者ゼロの復活と合衆国日本の独立宣言、そのゼロによる黒の騎士団の団員たちの救出劇が行われた後、第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアがエリア11の新総督として任命され、赴任してきた。
 エリア11到着前、黒の騎士団からの攻撃を受けたが、これは総督補佐として任命されたナイト・オブ・ラウンズの一人、ナイト・オブ・セブンの枢木スザクによって防がれ、ナナリーは無事にエリア11に到着した。



 全てはナナリー総督の就任式典において、それは起こった。いや、始まった。
「ご覧の通り、私は目が見えず足も動かず、一人では何も出来ません。ですから、このエリア11をよりよくするために、どうか皆さん、ご協力ください。
 それから、以前、ユーフェミア元第3皇女によって提唱され、失敗に終わってしまった“行政特区日本”を、今は亡き異母姉(あね)の意思を受け継ぎ、私は再建することをここに宣言いたします。どうかイレブンの皆さん、特区に参加してください。そして黒の騎士団とそれを率いるゼロ、貴方方もこの特区に参加していただけないでしょうか。争いではなく、話し合いによって、世界は優しく変えていくことが出来ると思うのです。ですからどうかゼロ、私たちと話し合いをしましょう。まず貴方が率先して参加を表明してくだされば、イレブンの皆さんの意識も変わると思います。前向きに検討なさってください。貴方からの快いお返事をお待ちしています」
 そう告げるナナリーの周囲で、特区の再建など一切聞かされていなかった者たちは驚愕し、あるいは唖然とし、しかし場所柄、誰も何を言うことも出来ずに就任式典は終了した。
 その式典をTVで見ていたナイト・オブ・セブンとなったスザクのための組織であるキャメロットの主任たるロイドは、眼鏡の奥で瞳をきらめかせ、にんまりと口元を歪めた。
 そしてその就任式典におけるナナリー総督の発言内容を知った本国では、それが大問題となっていた。そう、特に枢密院において。
 枢密院のトップたる枢機卿より、枢密院議員たちに対して、今回のエリア11総督ナナリー皇女の“行政特区日本”再建宣言につき、それを受けてのエリア11の状況を含めて調査せよ、との命令が下ったのである。
 議長たるシュトライト伯の指示のもと、枢密院は即座にその命令に従うべく内密に、そして迅速に動き出した。



 就任式典から二週間程たった日の午後の早い時間、総督の執務室においては、総督たるナナリーと、その補佐たるスザクが話をしていた。そこへローマイヤが入って来た。
 ナナリーは目が見えていないために分からなかったが、ローマイヤの幾分蒼褪めたような顔色を見て取ることが出来たスザクは、内心で何事か? と首を捻った。
「総督、本国から枢密院の方々がおみえです」
 そう告げる言葉も、何処かしら震えているように思える。
「枢密院の方々?」
 ナナリーは一瞬わけが分からないというように首を傾げ、それから、言葉を発した。
「では、どうぞこちらにお通ししてください」
 そのナナリーの言葉に、ローマイヤは一度俯いてから、再び顔を上げ、ナナリーの言葉を否定した。
「いいえ、総督。総督が、上の執務室に行かれてください。補佐たる枢木卿と共に」
「上の執務室?」
 上の執務室とは、総督よりも、つまり現在のこのエリア11においては、ナナリーよりも上位にある者が来た時に使用するために用意されている部屋のことである。
 枢密院は皇帝直属の諮問機関であはるが、あくまで臣下であり、皇族であり総督たるナナリーよりも上位とは決して言えない。にもかかわらず、ローマイヤは総督たるナナリーが行くようにと言っているのである。それはつまり、来訪者たる枢密院の者たちは、皇帝の代理という立場で来ているのかもしれない。ならば総督たるナナリーの方から訪うということにも、流石にナナリーやスザクも多少は考えがおよぶ。
「分かりました。スザクさん、お願いできますか?」
「イエス、ユア・ハイネス」
 スザクは、ナナリーが総督として赴任してきてからこちら、つい以前のように「ナナリー」と呼び捨てにしてしまうことが多いのだが、それを聞く度に傍にいるローマイヤから指摘が入り、最近、特にローマイヤがいる時には気を付けるようにしている。とはいえ、それでもやはり普段はどうしても以前のように呼び捨ててしまうのだが、ナナリー本人が気にしていないようなので、スザクも完全には改まることがない。ただ、今回は枢密院の人間が来たということで、少し気を引き締めて、スザクは頷きながら応えたのだ。
 ナナリーはスザクに車椅子を押されながら、ローマイヤも共に、上の階にある執務室に向かった。



 執務室の前に着くと、ローマイヤがドアをノックして声を掛けた。
「ローマイヤです。総督と総督補佐である枢木卿をお連れいたしました」
「中へどうぞ」
 ローマイヤの声に応えて、中から壮年と思しき男性の声が発せられた。それを受けて、ローマイヤは扉を開け、ナナリーとスザクを先に中に入れ、続いて自身も中に入ると扉を閉める。
 中に入ると、スザクは部屋の中を軽く見回した。
 応接セットのソファに、明らかに貴族と分かる男性が座っており、その脇には、彼の部下と思われる者が二名、立っていた。
 しかし、それよりも気になるのは、窓際にある執務机に一人座っていることだ。ただし、その人物は後ろを向いて窓の外を見ているようで、顔は見えず、何者なのか分からない。そしてまた、その人物の脇には、同じように外を見ているために後ろ姿しか分からないが、騎士と思われる人物が控えている。
「ナナリー総督ですね。私は、枢密院議長のシュトライトです。こちらへどうぞ。枢木卿も」
 シュトライトと名乗った人物は、立ち上がってナナリーたちを自分の側へと導いた。
「シュ、シュトライト、議長、今回はどのようなことで?」
 ラウンズとなって、多少は国の中枢の機構についても知識を得て、スザクもそれなりに枢密院という組織を知った。しかし実際に関係者、それも議長たる立場の者と面と向かうとなると緊張する。ましてや、彼らがここにやって来た理由が何も分かっていないのだから。
「過日の、総督の就任式典での演説を受けて、枢機卿猊下のご命令で調査を続けてまいりました。その結果、猊下がくだされた結論を申し上げるために参りました」
「そ、それは、あの時の演説に、何か問題があった、ということでしょうか?」
 恐る恐る、といった態でナナリーが問い返した。
「そうです」
「それはどういう……」
 一言で返された答えに、さらに問い返そうとするナナリーをシュトライトの言葉が遮った。
「その前に枢木卿、一つ、卿のことで確認したいことがあるのだが」
「な、何でしょう?」
「総督補佐という立場にありながら、ラウンズになる前に通っていた学園に復学したというのは一体どういった意図ですかな? ご自分が総督補佐という重要な、重責を担う立場にあるということをお忘れか? それともそのようなもの、学園に通う傍らでも出来ると、軽く考えてのことですか?」
「そ、それは……」
 スザクは言葉に詰まった。この場にナナリーがいなければ、相手は皇帝直属の諮問機関の議長にある立場の人間なのだから、告げても大丈夫かもしれない、とも思う。しかしナナリーがいる以上、自分がアッシュフォードに復学した真の理由を告げることは慮られた。
 幾分顔を反らし、答えに窮しているようなスザクの様子に、シュトライトは一つ溜息を吐いた。
「まあ、それは今回の本題でもありませんし、後でいいでしょう。それでは本題に入らせていただきます」
 シュトライトのその言葉に、スザクは一安心し、しかし同時に、別の意味で他の二人と共に緊張が走った。
「結論を先に申し上げます。ナナリー総督は、総督の任を解き、皇籍については剥奪。枢木卿も、総督補佐、並びにラウンズから解任。騎士候の位も剥奪となります。なお、既にこれは皇帝陛下のご裁可もいただいておりますので、覆ることはありません」
「どういうことですっ!?」
「……か、解任……? 皇籍を、剥奪……?」
 スザクは思わずシュトライトに向かって怒鳴りつけるように大声で問い掛け、ナナリーは告げられた内容に呆然として、告げられた言葉を反芻していた。
 ローマイヤは、やはり、と半ば想像していたかのような表情を表に出したが、何も言うことはなかった。
「総督は“行政特区日本”を再建すると宣言されました。誰に諮ることもなく、もちろん、陛下の許可もなく、しかも、以前の失敗に終わった特区の内容について検討することなく、ただそのままに再建すると」
「そ、それがいけないと言われるんですか!? ユフィお異母姉(ねえ)さまがおやりになられようとしたこの政策は、決して間違ったものではないはずです。互いに手を取り合って、話し合って、そうすれば互いを理解し合うことに繋がります。そうしたらテロなんていう、争いあうこともなくなり、このエリアは平和になっていくはずです。それの何処が間違ってるって言うんですか!?」
「間違っていないと仰る?」
 シュトライトの言葉に激高したかのように問い返すナナリーに、シュトライトは簡潔に返した。
「もちろんです! 私が望む世界、それにもっとも近いユフィお異母姉さまの政策が間違ってるなんて、そんなことありえません! そのために特区という、互いに互いを理解し合う場所を作ろうとしているだけです!」
「では申し上げさせていただきます。
 まず、国是に反しています。それはすなわち、陛下の御意に背いているということです。総督という地位は玩具ではないのですよ。総督ならば何をしても、どのような政策をとっても許されるなどということはありません。本国が、皇帝陛下があって、そしてエリアが、そこを治める総督という地位があるのです。つまり、エリアの総督とは、あくまで皇帝陛下の代理です。その立場で陛下の意向を無視した政策が通ると思っておられるのですか?」
「だって、現にユフィお異母姉さまの時はご許可くださったじゃありませんか!?」
「それはユーフェミア・り・ブリタニアの皇籍奉還と引き換えでした。それに、もしあのような事態にならずとも、翌日には陛下のご命令で特区を廃止することが決められておりました」
「な、なんですってっ!? じゃあ、最初から廃止を決めた上で許可を出したということなんですかっ!?」
 ユーフェミアの時の特区設立にも関わっていたスザクも、初めて知らされた事実に、シュトライトにくってかかるかのように問うた。
「そうです。陛下が国是に反するような政策を本気でお許しになられるなどと思われたのですか? だとしたら、随分とブリタニアという国を甘く考えておられるようだ。
 弱肉強食、これが我がブリタニアの掲げる一番の国是であり、陛下のお考えです。そしてナンバーズ政策。これは支配者であるブリタニア人と、被支配民族であるナンバーズの扱いをはっきりと区別するものです。それに真っ向から反する特区などという政策、許されるわけがないでしょう。
 それに、もし仮に特区が成立し、続いたとして、そこから起きる問題をどう考えておられました?」
「問題?」
 ナナリーとスザクはほぼ同様に首を傾げた。特区が成立したら、一体どのような問題が起きるというのだ。二人とも全く考え付かない。
 イレブン、すなわち日本人は“日本人”という名を取り戻し、自治権を得、ブリタニア人と話し合い、理解しあい、平和に共存出来る場所を作る、それの何処に問題があるというのか。確かに最初からうまくいくなどと、そこまでは思っていないが、特区をきっかけに互いの理解が進めば、エリアは平和になっていくはずだ。ナナリーもスザクも、そしてかつてのユーフェミアもそう考えていた。
「特区に入れたイレブン、つまり、日本人と名乗ることことが出来るようになった人間と、特区に入れずに相変わらずイレブンと呼ばれ続ける人間、その間に溝が出来るのは少しでも考えればすぐ分かることです。そして特区の中では、ブリタニア人はこのエリアにおける特権がなくなる。それだけではありません。特区を造るために税金が高くなる。自分たちのためになる政策が原因ならまだしも、イレブンのために。そのようなことをブリタニア人がそう簡単に受け入れるとお思いですか? あの演説からこちら、租界の中のブリタニア人たちがどのように考えているか、少しでも耳を傾けられましたか? そして肝心のイレブンにしても、前回のことからまた裏切られると疑心暗鬼になっている。そのイレブンたちの思いもきちんと考慮されましたか? ましてや、失敗に終わり公表されていないからまだいいようなものの、枢木卿は総督が話し合いを、参加を促した黒の騎士団に対してその日のうちに攻撃を仕掛けている。これが公になった場合、イレブンたちが総督の言葉を信じるとお思いですか? イレブンたちにどうやって自分たちの政策を間違っていない、信じて特区に入れ、などと言えます?」
「あ……」
 スザクは己の為した行為がどのようなことになるのかを指摘された形で、そのことに思わず顔色を変えた。
 一方、ナナリーはシュトライトの指摘することの意味内容が今一つ掴めないでいる。理解が追いついていないのだ。それはすなわち、それだけナナリーに知識がない、総督たる立場に立つべき資質がない、ということでもあるのだが、ナナリーにはそれすらも分かっていない。
「そのくらいにしておけ、シュトライト」
 突然割って入った、しかも聞き覚えのある声に、ナナリーとスザクはそちらに顔を向けた。
「ルルーシュッ!?」
「お、お兄さま……?」
 執務机に座して外を見ていた人物が振り返っていた。その傍らに立つ騎士と思しき人物と共に。
「ロイドさんっ? 一体これは、ど、どういうことなんですか……?」
 二人の人物は、ルルーシュと、スザクがラウンズとなったことで立場を逆転させたロイド・アスプルンドだった。
「猊下」
「猊下?」
 シュトライトが立ち上がり、ルルーシュに向かって礼をとるのを見て、スザクはなお一層わけが分からなくなった。
「枢機卿を務めているルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。ロイドは本来、私の騎士。それをシュナイゼルに預けていただけのこと。騎士ならば主の傍に控えているのは当然のことだ。従ってロイドがここにいるのは、極当然のことであって、何ら問題はない。
 それから、今回の決定は私が決めて、陛下のご裁可をいただいたものだ。先にシュトライトが告げていたように、一度決まったことを覆すことは出来ない」
「ルルーシュ、君はっ! どうして、ゼロであるおまえが……、はっ! そうか、ギアスか!? 貴様っ、何処までっ……!?」
 叫ぶように言いながら、スザクはルルーシュに近付いていった。己の剣に手を掛けながら。
「お、お兄さまが、ゼロ……? でも、今さっき、枢機卿、って……」
 ルルーシュの言葉と、スザクが口にしたことが重ならなくて、ナナリーは混乱した。
「猊下が枢機卿の地位に就かれたのは、もう8年近くも前のこと。当時の日本侵攻の戦後程なくしてのことです」
 今にもルルーシュに掴みかからんような状態にあるスザクに、シュトライトが冷静に声を掛けた。
「なん、だって……?」
 振り返ったスザクの喉元には、いつの間に抜かれたのか、ロイドの剣が突き刺さらん程のところで止められていた。
「シュトライト、何を言っても無駄だ。枢木は何処までも自分の考えが正しい、私が間違っているとしか考えない。己の考えのみに固執して、それだけが正しいと、他の意見、考えもあるということを理解しようとしない。そしてナナリーは思慮が足りなさすぎる。為政者たるにはあまりにも無知だ。二人ともおまえが何を言っても理解出来ないだろう」
「そうですね。加えて、枢木スザクは前々から矛盾の塊でしたからね。自分の言ってることとやってることにどんなに違いがあるか、矛盾したことをしているか、全く理解せずに、お飾りのお姫様の甘い言葉に縋っていました。そしてブリタニアにおける皇族の選任騎士という意味も立場も、何も理解(わか)っていなかった」
 相変わらず剣の切っ先をスザクの喉元につきつけたまま、そうロイドがルルーシュに告げる。
「僕が猊下の騎士でありながらお傍にいられないことを悔しがってた時に、同じく皇族の騎士となりながら、皇女様から許されたからといって、その主の傍を離れて学園に通い続けるなんてことを平然としてましたからねぇ」
 全くぶれることのないロイドの剣の先に、スザクは身じろぎも出来ず、冷や汗をたらし始めた。一体何が起きているのか全く分からない。ルルーシュが枢機卿? ゼロであるルルーシュが? 戦後、別れる前、「ブリタニアをぶっ壊す」と言っていたルルーシュが?
 ナナリーも混乱に拍車がかかっていた。自分たち兄妹は、戦後、ブリタニア皇室から隠れていたのではなかったのか? なのに、その頃から兄は枢機卿だったというのか? そしてスザクの言うことが正しいのなら、その兄がテロリスト、黒の騎士団のゼロ。何が正しいことなのか、何が起きているのか、全くわけが分からなくなっていた。
「政庁は一介の名誉ブリタニア人がいていいところではない。その騎士服も脱いで、荷物を纏めてさっさと出ていくことだ」
「ルルーシュッ!!」
 スザクは拳を握りしめながらルルーシュを睨みつけた。
「さっきからずっと枢機卿猊下の名前を呼び捨てにしている名誉ブリタニア人の枢木スザク君。猊下に対する不敬罪で僕に切り殺されたくなかったら、猊下が言われた通り、さっさと出ていきたまえ」
「スザクさん……」
「シュトライト、ナナリーに今後のことについて説明を」
「はい」
 ルルーシュに言われて、シュトライトは控えている部下に目線で促した。するとそれに応じて、一人がナナリーの前に進み出ると、ナナリーに小さなアタッシュケースのようなものを渡した。
「手続きは全て済んでおります。その中に入っているのは、今後の身分証と、皇籍を離れるにあたって下賜された一時金です。この先のことはご自身の判断でご自由になさってください。このままこのエリアに残られるか、本国へ戻られるか。本国へ戻られるなら、その手配くらいはいたしますが」
 ナナリーはシュトライトの言葉に途方に暮れた。シュトライトの言葉と、先のルルーシュの言動から、兄であるルルーシュは自分を見捨てたのだと、流石にナナリーも察することが出来た。そしてもう自分は何も持たない唯人の一人に過ぎないのだと。それが分かって、そしてまた、これからどうしたらいいのかも分からず、ナナリーは堪え切れずに嗚咽を漏らし始めた。
「ナナリー……」
 スザクがナナリーに心配そうに声を掛けるが、ルルーシュに捨てられたような形になってしまったナナリーは、ただ肩を震わせて泣いているだけだ。
 そんなナナリーにルルーシュは最早兄としてではなく、枢機卿として、為政者たる資質も何も持たないまま、短慮に総督の地位を望み、何も深くきちんと考えることもせずに、己の理想を実現出来るなどと甘い考えをしていた妹を侮蔑していた。かつてあった妹に対する愛情などというものは既にない。ブリタニアに、皇室に戻されてからの一年余り、その間のナナリーの状況に関しては、全てシュトライトから報告を受けていた。皇族たるべきことを何一つしていないと。何かを学ぼうという姿勢もなく、ただ安閑と過ごしていただけだと。それでありながら、何も知らず、何も持たない身でありながら、ただエリア11の総督の座を父である皇帝に強請ったと。総督になれば馴染み深いエリア11に、自分の理想の世界を造れると安易に考えて。そのような無能な皇族はブリタニア皇室には不要。それがルルーシュが枢機卿として出した結論だ。
「ルルーシュ、貴様は妹を、ナナリーを捨てるんだな!?」
 ロイドに言われたにもかかわらず、相変わらずルルーシュを睨みつけ、呼び捨てながら、スザクはナナリーに近付いた。スザクがそうしたことで、ロイドは抜いていた剣を漸く鞘に戻した。
「ナナリーのことは僕が責任を持つ。貴様はもうナナリーの兄なんかじゃない!」
「相変わらず猊下と自分の立場を理解していないんだね。猊下、この名誉ブリタニア人、殺しちゃっていいですかぁ?」
 ロイドのその言葉に、スザクは顔色を変え、ルルーシュはふっと微笑(わら)った。
「流石に目も見えず足も動かない、身寄りのない娘をたった一人で放りだすのはいささか哀れだ。その娘について責任を持つと言ってくれているんだ、言ったことの責任はとってもらおうじゃないか」
「……行こう、ナナリー。これからは僕がずっと一緒にいるから」
「ス、スザクさん……」
 スザクはナナリーの車椅子に手を掛けると、ルルーシュとロイドに憎しみに満ちた視線を向けてから、泣き続けるナナリーの車椅子を押して執務室を出ていった。
「Ms.ローマイヤ」
「は、はい、シュトライト議長」
 これまでずっと黙ったまま状況を見続けていたローマイヤに、シュトライトが声を掛けた。
「明日、枢密院副議長のマキャフリー子爵が到着します。後任の総督が正式に決まるまでは、子爵の指示に従って、このエリアを治めていてください。決まり次第、その後のことも含めてご連絡します」
「はい、畏まりました」
「Ms.ローマイヤ、短い間だったとはいえ、もはや妹とは思わぬが、愚妹が迷惑を掛けたな。済まなかった」
「猊下、もったいないお言葉でございます。私の方こそ、総督をお諫め申し上げることも出来ず、猊下や枢密院の皆様方にご迷惑をお掛けいたしました」
「貴方の立場で皇族である総督を諌めるのはいささか無理というものだろう。気にすることはない」
「お気遣い、ありがとうございます。それでは、私はこれで失礼させていただいてよろしいでしょうか」
「よい」
 ルルーシュのその短い一言に、ローマイヤは恭しく礼をとると、静かに執務室を退出していった。
 それを見送ってから、ロイドがルルーシュに声を掛けた。
「で、猊下、これからどうなさいます? スザク君にゼロは猊下だってことがばれちゃったわけですけど。それにMs.ローマイヤにも」
「スザクのことなら放っておいていい。何も出来やしないさ。奴が何を言ったとしても証拠はないんだからな。Ms.ローマイヤに関しては、マキャフリーに任せれば問題ないし、それ以前にこのことを口にするような愚か者ではないだろう、彼女は」
「それは確かに」
「シュトライト、今後のことだが……」
 ルルーシュに呼ばれてシュトライトは立ち上がり、執務机に近付いた。



 翌日、到着した枢密院副議長マキャフリー子爵から、エリア11全土に対して、ナナリー総督、および枢木スザク総督補佐の解任と、“行政特区日本”の廃案が発表された。
 TV中継されているその映像を、ルルーシュはアッシュフォード学園の生徒会室で、他の生徒会メンバーと一緒に見ていた。次はどうしようかと考えながら。

── The End




【INDEX】