事実は小説より奇なり




 黒の騎士団として、そしてその指令たる立場のゼロとして、キョウト六家のうちの一人、桐原翁との対面の後、ルルーシュは密かに一人で桐原翁と会談の場を設けた。桐原翁とルルーシュ、二人だけでの話し合いの場を。
「で、何用あってこのような場を望んだ?」
「個人的なことなのですが、確認というか、お願いしたいことがありまして」
「?」
 桐原は眉を顰めながら、それでもあえて口には出さず、ルルーシュに先を促した。
「実は、私の母、神聖ブリタニア帝国の現皇帝シャルルの第5皇妃でしたが、貴族ではなく、庶民の出、軍人からナイト・オブ・ラウンズとなり、騎士候となった者です。あまりに周囲が、母のことを庶民出と、そして私たち兄妹のことも、庶民腹の癖にというので、母の家系を調べたことがありました。そこで分かったことなのですが、どうも母の祖先は日本からの移民者だったようでして」
「日本からの?」
「ええ。母の遺品の中に、これがありました」
 そう言って、ルルーシュは、日本に来る時に苦労して持ち出した、母の形見ともいえる、古ぼけた写真と書状の数枚を懐から取り出し、桐原翁に渡した。
「これで母の祖先の出を調べることは出来ませんか?」
 ルルーシュから受け取ったものを見た桐原翁の顔色が変わった。
「本当に、これをそなたの母が?」
「ええ。間違いなく、母の祖先に関するもので、偽物ではなく、本物に違いないと思います。ですがそれだけでは流石に、俺にも如何ともしがたく。自分のルーツをはっきりさせておきたいと思って、もし、貴方のお力で調べていただけたらと思った次第です。お願いできますでしょうか?」
 ── もし、これが本物であれば、こやつは……。
「……分かった。出来る限りのことはしてみよう。が、あまり期待せんでくれ」
「分かっています。何せもう随分昔のものですから。ただ、もし何か分かれば、僅かでもその可能性があれば、と思ってのことですので」
「うむ。念のため、そなたの血を少しもらってもいいかの。何かあってDNA検査、ということで調べを進めることが出来るやもしれん」
「ええ、構いませんよ」
 そして桐原翁は、秘かに医療の心得がある部下を一人呼ぶと、ルルーシュから少しだけ採血し、その部下が去った後、何か分かれば連絡すると告げて二人は別れた。





 時は流れて、Cの世界で父であるシャルルと、精神体として存在していた母のマリアンヌを消し去ったルルーシュは、ブリタニアの第99代皇帝として、今、シュナイゼルをはじめとする旧皇族派、および、彼らに加担した黒の騎士団と、エリア11のフジ周辺において、対峙していた。のちにフジ決戦と呼ばれる戦いの幕があがろうとしていた。
 シュナイゼルたちのいる巨大な天空要塞ダモクレス。その中には、ブリタニアの帝都ペンドラゴンを消滅させた大量破壊兵器フレイヤがある。今この時も、旗艦アヴァロンの中ではアンチ・フレイヤ・システムである、アンチ・フレイヤ・エリミネーターの研究が進められている。ルルーシュとしては、もう少しで形となりそうなそれが完成するまで、出来るだけの時間を稼ぎたいところだ。
「あんたが何を考えてるのか知らないけど、とにかくあんたの勝手にはさせない! 日本は返してもらうわ!!」
 相手側の前衛にある赤いKMF、紅蓮からそのデヴァイサーである紅月カレンの声が戦場に響き渡った。
「日本を返す? 私こそが日本を治めるべき正統な血を引いているというのに?」
「何だと!?」
「何馬鹿なこと言ってんのよ! ブリタニア人のあんたの何処にそんな血が流れてるっていうのよ! 馬鹿も休み休み言いなさいよ!!」
「本当のことなんだがな。実際、今は亡き桐原翁に調べてもらったことだ」
「桐原翁? キョウト六家の?」
「そう、その桐原だ。私の母マリアンヌの祖先は、日本からブリタニアに移民した者。つまり、私の中には日本人の血が流れている。そこで母の遺品の中にあったものを桐原翁に渡して調べて貰えないかと頼んだ。その結果、随分と面白いことが分かったよ。
 かつて鎖国をしていた日本が開国し、尊王攘夷の嵐が吹き荒れていた幕末期、当時の帝はどちらかといえば幕府寄りであり、京都守護職の任にあった会津公を大層信頼していた。しかし、反幕府の西国の大名たちにとっては目障りこの上なかった。そして彼らは強硬策に出た。その帝を、その後継者となりうる者たちも、幕府寄りの考え、帝と意見を同じくする者を秘かに暗殺していった。そして自分たちに都合のいい、まだ何もよく分かっていないような、帝の血を引くとはいえ、遠戚にある宮家の幼子を帝位に就けた。それが今の皇の、つまり神楽耶殿の祖先。
 しかしその暗殺劇の最中、密かに帝の子供の一人が、臣下の手を借りて難を逃れ、それでもこのまま日本にいては何があるか分からないと、ブリタニアに移民として渡航した。その帝の子供というのが、私の母マリアンヌの祖先。つまりブリタニアに移民したことで薄まったとはいえ、私には皇本家の血が流れているのだよ」
「なんだってーっ!?」
「そ、そんな馬鹿な……」
「故に、たとえ仮に日本がブリタニアのエリアでなくとも、私にはこの日本の統治者となるべき資格があるということだ。いや、私こそが」
 オープンチャンネルで交わされているルルーシュたちの会話を、捕えられたアヴァロンの中の一室で聞いていた神楽耶は呆然としていた。
「……そんなこと、信じられない、嘘に決まってる。だって……」
 そう口にしながらも、でも、と神楽耶は思い出す。かつて桐原が口にしていたのを聞いたことがあるのだ、一度だけだったが。
 皇の当主は、本来なら主の家ではない。主の家は傍系で本家ではない。幕末期に暗殺された帝の血を引く者が生きておれば、その者こそが皇の本当の当主、ひいては日本の真の君主であるのだと。
「証拠なら、桐原の調べた結果を記した書類が私の手元にある。それを披露しても構わないが」
 桐原からその証拠となる調査結果の書類を見せられた後、ルルーシュはそれを密かに銀行の貸金庫に預けておいたのだ。そのために、ブラック・リベリオンの際、スザクによって捕えられ、シャルルのギアスを掛けられ、アッシュフォードをルルーシュを閉じ込める檻とされた後も、その書類は無事であった。そしてナナリーの提唱した行政特区日本の開催式典を利用してエリア11を去る前、それを取り出し、その後、誰にも分からぬようにと蜃気楼の中に隠しておいたのだ。そのおかげで、第2次トウキョウ決戦におけるフレイヤの被害からも逃れることが出来ていた。
 もしルルーシュの告げたことが真実ならば、日本の統治者たる者について、大いに物議を醸すことになるだろう。
 ルルーシュの言葉は、それ以外の面でも対峙している両陣営に動揺を与えた。
 ルルーシュの母は卑しい庶民の出と、そう他の皇族や貴族たちは、彼らを卑下していた。それが、庶民どころか、ブリタニアの皇室よりも遥かに長い歴史を持つ、日本の統治者だった皇本家の出だというのだから、日本人とブリタニア人という人種の差はあっても、血統的にいえば、ルルーシュの方がこの場にいる誰よりも優れている、とも言えるのだ。ルルーシュを庶民腹の卑しい生まれ、などとは言えなくなる。そして何よりも、ルルーシュが日本の統治者として名乗りを上げても、それを否定することは出来ないということなのだから。
「故に、私は神聖ブリタニア帝国の第99代皇帝であると同時に、日本の正統なる君主、皇本家の当主として、ブリタニアと日本を守るため、私に刃向かうそなたたちに対して、抗議するとともに実力行使をさせていただく」
 ルルーシュのその言葉に、黒の騎士団の中でも動揺が広がっていく。
 元をただせば、これはブリタニアの皇帝位を巡っての、いわばブリタニアのお家騒動のようなもの。そしてそこにかつての南北朝時代のように、日本の統治権を巡っての正当性の争いが加わった形だ。
 そしてこの戦争の発端は、大元は確かにブリタニアによる侵略からきているものではあるが、今この場の戦いに限っていえば、エリア11のトウキョウ租界内にあるアッシュフォード学園で開かれた、超合集国連合の臨時最高評議会における、議長である皇神楽耶と日本人を中心とした黒の騎士団幹部たちの、いわば暴走の結果と、ルルーシュの妹であるナナリーが、自分こそがブリタニアの皇帝であるとして出て来たがために起こったもの。言ってみれば、いささか大きすぎる身内争いのようなものだ。そのようなもののために、何故ブリタニアとも日本とも直接関係のない自分たちが命を懸けなければならないのか、この争いに巻き込まれなければならないのか、そう、日本人以外の黒の騎士団員たちの間で、この争いに参戦する意義があやふやになりつつあった。
 そして日本人以外の騎士団員たちから戦意が失われていく。確かにルルーシュの旗艦アヴァロンには自国の代表たちが捕えられてはいるが、刃向かわなければ代表たちに危害が加えられることはないのではないか。寧ろ刃向かった時の方が、代表たちに向けられる危険性が増すのではないかと、そういった思考に傾いていく。
「これはブリタニアと日本という二ヵ国の統治に関しての争いである。関係ないそれ以外の国々の方々には下がっていただきたいものですね。そうしていただければ、それらの方々の国の代表たちは、この戦いの後、無事にお返しいたしますよ。今は寧ろ、シュナイゼルたちが保有しているフレイヤからお守りするために、このアヴァロンに滞在していただいているようなものなのですから」
 ルルーシュのその言葉が決定打となった。
 日本人以外の団員たちが、戦場から下がっていく。
「おい、おまえら、何してんだよっ!?」
「お家争いなら自分たちだけでしてくれ、俺たちには関係ない」
「これはブリタニアと日本だけの間の問題だろう。我が国は関係ない」
「何言ってるのよ! このままルルーシュに世界を好きにさせていいっていうの!?」
「世界を好きにって、ルルーシュ皇帝は何もしてないじゃないか。エリアの解放を宣言してくれてるし、賠償と復興のための援助をすると言ってくれていた。そもそもそれを台無しにするようなことをしてくれたのは貴様たち日本人じゃないか!」
「そうだ、俺たちの国は巻き込まれただけだ!」
「後はおまえたちで勝手にやってくれ」
「第一、フレイヤなんて大量破壊兵器を持つ奴らの肩を持つなんて、そんな奴らを認めるなんて、そっちの方が間違いだったんだ! あんたらが担いでいるシュナイゼルこそ、エリアを解放すると言ってくれてるルルーシュ皇帝に反する、かつてのシャルル皇帝時代の侵略国家だったブリタニアの宰相、かつてのブリタニアそのものじゃないか!!」
 その団員の言葉は、日本人の団員たちにも衝撃を与えた。そうだ、シュナイゼルこそ自分たちを虐げてきたブリタニアそのもの。何故そのシュナイゼルにつかなければならないのかと。
 そうして日本人以外の団員だけではなく、日本人団員たちの中からも、戦場から身を引こうとする者が出始めた。
「おい! 待てよ!!」
「後はあんたらで勝手にやってくれ。この戦いに限っていえば、俺たちには関係ない」
「いや、寧ろルルーシュ皇帝の下にいる我が国の代表を守るために、ルルーシュ皇帝に協力させていただく」
 そんなことを言い出す団員まで出る始末だ。
「ルルーシュ皇帝、この争いに関わらなければ、天子様を、いや、他の国の代表たちを解放してくれるというのは本当なんだろうな!?」
「一度口にした約束を破るようなことはしませんよ、星刻総司令」
 黒の騎士団の総司令たる星刻の問い掛けに、ルルーシュはそう返し、それが決定打となった。
「黒の騎士団はただちにこの戦場を離脱! それに意を異にする者だけがこの場に残ればいい。ただし! その者たちに対しては今後一切、黒の騎士団とは無関係だと言わせていただく」
「な、何を仰るんです、星刻総司令!? そんなことをしたら、ルルーシュの奴に……!!」
「どうやらよくよく考えてみるに、ルルーシュ皇帝に対する私の判断が誤っていたようだ。旧ブリタニア体制を顕示するシュナイゼルに組することこそ、遅まきながら大きな過ちだと気が付いた。貴様たちがあくまでブリタニアと、シュナイゼルと共にルルーシュ皇帝と対峙するというなら、この斑鳩は置き土産にくれてやる。私は去る。他の者たちは、シュナイゼルにつき、ブリタニアを改革しようとしているルルーシュ皇帝と争うか、それとも第三者としてこの場を去るか、あるいは改革者たるルルーシュ皇帝に協力するか、それぞれの判断に任せる。なお、私はルルーシュ皇帝に協力することに決めた。その意思のあるものは私に続け! 私は神虎で出る!」
 そう告げると、星刻は斑鳩の艦橋を出ていき、程なく、星刻の操る神虎が斑鳩から発艦した。
「星刻!?」
「総司令!!」
 ルルーシュの旗艦アヴァロンに向かい、ある程度の距離をとって、神虎はアヴァロンに背を向け、斑鳩と、その背後のダモクレスを正面から見据えた。
「よろしいのですか、星刻総司令?」
「扇たちの言葉を何ら検証することなく信じ込み、君の言葉を信じようとしなかったことが間違いだったと気が付いた。遅きに失した感は否めないが、私は君に協力する。その代わり、天子様のこと……」
「約束は守りますよ。貴方の天子様はもちろん、各国の代表たちに危害を加えるようなことは決してありません」
 アヴァロンの各国の代表たちのいる一室では、神楽耶が一人、孤立したような状態になっていた。神楽耶の友人といえる中華の天子も、気遣わしげに神楽耶を見てはいるが、共にある側仕えの侍女によって神楽耶に近付くことを止められている。
 ルルーシュの言葉が真実ならば、皇神楽耶に日本の代表たる資格が果たしてあるのか、甚だ怪しく、臨時最高評議会の場での、一国の君主たるルルーシュに対する態度も、とても超合衆国連合の議長としてあるべき者として、相応しいものとは言えなかった。それを思い出したかのように、各国の代表たちは神楽耶から距離を取ったのだ。
 黒の騎士団は、斑鳩に残った扇たちに従い、あくまでシュナイゼルたちと共にルルーシュに対しようとする日本人団員のおよそ半分程度と、そしてルルーシュに協力すると告げた総司令である星刻に従う者たちとに大きく別れた。第三者の立場をとって戦場から離れた者は殆どいない。
 ここに、シュナイゼル側とルルーシュ側とで、大きく戦力が動いた。黒の騎士団の殆どが去ったことで、シュナイゼル側は数の上では圧倒的に劣勢になったのである。とはいえ、シュナイゼルには虎の子ともいえるフレイヤがある。この状況の変化から言えば、シュナイゼルがより一層、遠慮なくフレイヤを発射してくる可能性が高まったと言える。
「相変わらず口が、嘘が上手いのね、ルルーシュ! でも私はもう騙されない!! 今度こそ貴方を止めてみせる!!」
 劣勢になったのが明かになった状況は分かっているであろうに、それでも紅蓮を操るカレンは、半ば虚勢を張っての部分もあるのかもしれないが、そう叫び、改めて紅蓮の体勢を取り直した。
 戦場は、ブリタニアの旧体制派たるシュナイゼルとそれに組する、既に、元、と言っていいのだろう、黒の騎士団の日本人たちの半数程と、改革者たるルルーシュ皇帝派とに大きく陣営を変えていた。
 ルルーシュの指示の下、陣が組み直され、シュナイゼルとルルーシュは新たな形で対峙することとなった。
「さあ、始めましょうか、シュナイゼル異母兄上(あにうえ)
 アヴァロンの艦橋の中、奥の司令官席に坐するルルーシュが微笑みを浮かべた。これまでの遣り取りで時間が稼げ、その間に、アンチ・フレイヤ・エリミネーターが完成したとロイドが告げてきたのだ。あとは状況を見て、それを使うために自ら蜃気楼で出るだけ。
 ルルーシュの中には既にシュナイゼルにいいように操られているにすぎないナナリーの存在はない。今はただ、シュナイゼルを倒し、彼の持つフレイヤ、そしてダモクレスを如何に破棄するか、それだけだった。
 一方、シュナイゼルは状況の変化に多少表情を変えてはいたものの、フレイヤという圧倒的な兵器を持つ側としての優位性があった。ルルーシュが既にそれに対抗する手段を手にしているとは知らずに。
「そうだね、始めようか、ルルーシュ。最後の戦いを」
 シュナイゼルがルルーシュに返すその言葉に、今改めて、フジ決戦が幕を開ける。

── The End




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