疑問の騎士




 日本解放戦線に属していて、ブリタニアに捕縛された、かつて“厳島の奇跡”を起こした藤堂が処刑されることになった時、その役目をおったのは、名誉ブリタニア人でありながら、唯一、その適応率から第7世代KMFランスロットのデヴァイサーとして認められた枢木スザクであった。
 チョウフ基地でのその処刑が今まさに行われようとしていた時、黒の騎士団の協力を得た藤堂の部下たちである四聖剣がそれを阻むべく、そして藤堂を救い出すべく、スザクの前に現れ、立ちふさがった。
 必然的に、藤堂の処刑よりも、四聖剣の操るKMFに対応するのが先となってしまったスザクだったが、その間に黒の騎士団を率いる仮面のテロリスト、ゼロの指示の下、藤堂は救い出され、スザクの操るKMFランスロットはコクピット部分の上部が切られ、その中が明かされた。つまり名誉ブリタニア人であるスザクが、そのKMFのデヴァイサーであることが公になったのである。それまではそのKMFランスロットのデヴァイサーが何者なのか、知る者は関係者以外、つまりそれを造った特別派遣嚮導技術部── 特派── の者以外には殆どいなかった。しかしその時の状況が中継されていたことから、一般の者にも分かったのである。
 その中継は、第3皇女ユーフェミアが訪れていた美術館でも同様であった。
 そしてその場にいた者たちの中から、そうと知れる前は口々にランスロットを応援する声があがっていたのに、そのデヴァイサーの姿が、つまり名誉ブリタニア人であることが明らかになった途端、それは疑問と非難の声となった。
 そしてその中継を切れとの声が上がり、しかし、ユーフェミアはそれを止め、遂には告げたのである。
 ランスロットのデヴァイサーであるスザクこそが、己の騎士となる者であると。
 そのユーフェミアの言葉は、そこにいた者たちに驚愕をもって受け止められた。名誉ブリタニア人が皇族の選任騎士となることなど、決して認められることではなかったからだ。
 ユーフェミアがスザクを騎士として指名したことについて、実姉であり、エリア11の総督でもある第2皇女コーネリアは、「騎士を決めるのは皇族の権利」と告げるのみで、内心はどうあれ、異論は告げなかった。コーネリアにしてみれば、決して認められることでなかったのは紛れもない事実ではあったが。



 スザクの騎士就任の儀式が無事に済んだ後、スザクはアッシュフォード学園に登校し、ミレイをはじめとした生徒会主催によるスザクの騎士就任の祝賀会が催された。
 途中、スザクの上司ともいえる人物が入って来て、仕事、との言葉にスザクは途中退出という形になってしまったが、生徒たちにしてみれば、スザクの騎士就任というのはいつもの如く、イベント開催の口実に過ぎず、従って、本来の主役であるスザクがいなくなったことなど関係ないというように、その会は続いていた。そしてまた彼らは思ってもいたのだ。スザクがこの学園に顔を出すのはこれが最後、たとえあったとしてもあと一度だけだと。
 しかしその思いは裏切られた。
 スザクは流石に出席日数、時間は減りはしたものの、相変わらず学園に籍を置き続け、通い続けているのだ。
「一体どういうこと?」
「あいつ、皇族の、しかもこのエリアの副総督の騎士になったんだろう?」
「なのにここに通い続けてるなんて」
「騎士になりながらその主である皇女殿下の傍にいないなんて」
「彼、騎士という立場をどう考えてるの?」
「名誉ブリタニア人だから、分かってないんじゃないか?」
「っていうより、もしかして自分がいない間に皇女殿下に何かあってもいいと思ってるんじゃないの?」
「それってやっぱり名誉だから、ブリタニアの皇族なんてどうなってもいいって思ってるってこと?」
「あるいは自分の騎士という立場を理解していないか」
「結局、名誉には皇族の騎士ということがどれ程のことか、意味が分かってないってことか」
 そんな会話が交わされるのは何も学園内のことだけではない。皇女の、副総督の選任騎士となりながら、学園に通い続けているということを知った政庁に勤める者たち、貴族や軍人たちはもちろん、ブリタニアの一般市民、果てはブリタニア人から蔑まれている、名誉ブリタニア人やナンバーズであるイレブンからも同様の声が上がっている。
 そしてそれは同時に、表だって口にはされないまでも、己の選任騎士としてスザクを指名しておきながら、その騎士であるスザクに対して、学園に通い続けさせているユーフェミアに対する非難でもあった。選任騎士というものを一体どう考えているのかと。
「副総督は何をお考えなのか」
「あの名誉は騎士という立場をどう考えているのか」
「結局ナンバーズ上がりの名誉などには何も分かっていないのさ」
「そんな名誉を騎士として指名するなんてこと自体、あの方ご自身も何も分かっていらっしゃらないということだろう」
「そうだな、ご自分の傍を離れて学園に通うことを良しとして認めてらっしゃるわけだから」
「ブリタニア皇族の騎士って、そんないい加減なことをしていいの?」
「よく分からないけど、騎士っていつも主の傍にいて主を守る者なんじゃないの?」
「じゃあ、あいつのやってることって、騎士という立場を大きく逸脱してるってことじゃないか」
 しかし、それらの言葉は、ユーフェミアはもちろん、スザクの耳にも入ってはいない。どれも蔭ながら言われていることで、直接そのようなことを面と向かって告げる者はおらず、つまり、何も聞いていないのだ。
 唯一、それをスザクに投げ掛けたのは、アッシュフォード学園の、スザクが所属する生徒会のメンバーだけだった。
「スザク君、本当にいいの?」
「いい、って、何がですか?」
 ミレイの問いが分からないというように首を傾げながら、スザクは問い返す。
「だから、皇女殿下の騎士になりながら、そのお傍にいないでここに来てることだよ」
「ああ、そのこと。大丈夫、問題ないよ。ユフィ、ユーフェミア様からは学園に通っていいって仰っていただいているし、僕がお傍にいられない時は、コーネリア総督の親衛隊が傍にいてくれるから問題ないっていうことだし」
「でも選任騎士って、常に主である、スザク君で言えば、ユーフェミア殿下のお傍にいるってことでしょう?」
「だから、さっきも言ったようにそのユーフェミア様から、自分が通えなくなった分も学園に通ってください、って言っていただいているから」
 そう返しながら、スザクは会話に加わらず、黙々と書類の処理を続けているルルーシュに目を向ける。
 ルルーシュはスザクにとって、唯一といっていい幼馴染であり親友である。しかしスザクがKMFランスロットのデヴァイサーと知れ、それがきっかけでユーフェミアの騎士として任命されて以来、一歩引かれているように感じるのは、スザクは己の考え過ぎだろうか、と思ってしまう。それ程に二人の間における接触、会話は著しく減っている。現に今も、会話に入ってこようとすらしない。まるでスザクを無視しているかのように。
「おまえ、そう簡単に言ってるけど、もし万一、おまえがここにいる間に皇女殿下に何かあったらどうするつもりだよ、っていいたいんだけど」
「普段は政庁に詰めてらっしゃるし、その間はコーネリア殿下のお付けになった親衛隊がお傍にいる。でも、外出される時は必ず僕がお傍にいる。だから問題ないよ」
「そんなに簡単なことじゃないと思うんだけど。何かあったらスザク君の責任問題だよ」
「皆、心配のしすぎだよ。心配してくれるのは嬉しいけど」
 スザクはそう笑って返しながらも、目の端に映る、何も言わないルルーシュの存在が気にかかって仕方がない状態にある。
「スザク君がそう言うなら、ユーフェミア殿下がそう言ってらっしゃるなら、こちらとしては何も言うことはないけど、でも本当に、スザク君がここにいる間に何か問題が起こっても、こちらとしては知らないふり、無関係を通させてもらうわよ。それでいいのね?」
 念を押すようにミレイがスザクに告げる。
「そんなこと、あるはずないですけど、もちろんそれでいいですよ。っていうか、その通りだし」
 それから少しして、時間だから、といってスザクが生徒会室を出て学園から下校し、残るメンバーもやがて生徒会室を後にして、残るのは会長のミレイと副会長のルルーシュのみとなった。
「ルルーシュ様」
 ルルーシュはミレイの言いたいことを察して苦笑を浮かべた。
「当事者である二人があのように言っているのなら、こちらからどうこう、と言うことは出来ないだろう」
「ですが、万が一……」
「二人とも選任騎士というものの重みを知らない。理解(わか)っていない。名誉のスザクはまだしも、皇女であるユーフェミすらが。それが故の言葉であり、行動なのだろう。なら、何かあってもそれは二人の自己責任だ。俺たちに関して言えば、俺だけではない、ナナリーも関与しないという立場を貫くことにした。ナナリーは中等部で元々関わりは深くないし、俺はクラスメイトで同じ生徒会メンバーだから、全く関係ない、という立場はとれないが、それでも個人的に親しくはない、というか、あいつが編入してきた際に、友人だと公言してしまっているから、親しくはなくなった、以前のような友人関係ではない、という立場でいく。だから最近は、あいつとは距離を置いてるしな。もし何か調査が入っても、それで通してくれればそれでいい」
「分かりました。ルルーシュ様がそう仰られるなら」
 納得はしていないが、ルルーシュ本人がそう言うなら致し方ない、というように、不承不承ながらミレイは承知の言葉を告げた。
「そうしてくれ。迷惑を掛けて悪いな」
「そのようなことはありません、当然のことです! ただ何も分からずにルルーシュ様のお傍にいようとする枢木スザクが許せないだけです!!」
「それこそいまさらだろう。つまるところ、当事者である二人が何も理解していないのだから」
 そう言いながら、ルルーシュは苦笑を浮かべ続ける。
 そう、二人は何も理解していない。己たちの立場も、周囲の者たちの思い、考えも何も。
 あの二人は主従でもなんでもない。二人がやっていることは、ただの“主従ごっこ”というおままごとなのだ。そしてそれを理解しているのは周囲の者だけで、当事者である肝心の二人は何も理解していない。
 スザクは騎士ではない。騎士という称号を帯びていても、その行動は騎士たる者のすることではない。そしてまた、それを認め許しているユーフェミアも、騎士を持つ主のすべきことをしていないということだ。
 だからこそ租界に住むブリタニア人だけではない、スザク以外の名誉ブリタニア人や、ゲットーに住む、ブリタニアの騎士制度というものきちんと理解しているとは言い難いイレブンからすら、あの二人は本当の主従関係ではないと見られているのだ。そしてスザクの何処が皇族に仕える選任騎士なのかと疑問を持たれている。
 この状態がどういう結果を齎すことになるのか、それは今はまだ誰も知らない。

── The End




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