談 合




「では、彼がルルーシュなのは間違いないのですね、異母兄上(あにうえ)?」
 中華連邦の天子との結婚式が破談となり、ブリタニアに戻って来た長兄であり、第1位皇位継承者であるオデュッセウスに確認するように尋ねたのは、第1皇女のギネヴィアだった。
「ああ。間違いなくルルーシュだよ。シュナイゼルもそう認めた。シュナイゼルが認めたなら、間違いはないと言っていいだろう」
「良かった、ルルーシュお異母兄(にい)さま、ご無事でいらっしゃったのね」
 両手を合わせて満面に笑みを浮かべたのは、第5皇女のカリーヌだ。
 今、彼らがいるのはオデュッセウスの離宮内にある彼の居間だ。そしてそこに集まっているのは、皇族の中でも上位に属する者が多い。
「いや、ルルーシュのおかげで助かったよ。いくら国のため、と命令されたからとはいえ、あのような歳の子との結婚は、流石に、ね」
 苦笑を浮かべながらそう告げるオデュッセウスに、ギネヴィアがホホホと微笑みを交えて返す。
「ルルーシュとしても、中華が我がブリタニアに取り込まれることになっては困るから取った行動でしょうが、どちらにしても良かったこと」
「でも、そのおかげで騎士団のエースパイロットが中華の馬鹿な武官のせいでこっちの捕虜になっちゃったんでしょう? お異母兄さま的にはこれから先のことを考えるとまずくない?」
「うん、私もそう思ったんだがね、シュナイゼルからの連絡だと、その後、その中華の武官とは手を組んだそうだ。中華だけではない、他の国々ともね。いずれ、それらの国々とブリタニアに対抗するための組織を()ち上げるのではないかと言ってきたよ」
「考えたらてみたら、お異母兄さまが以前に捕まってしまったのは、そのエースパイロットの女がお異母兄さまを枢木から守らずに見捨てたからでしょう? いい気味だわ。せいぜい酷い目にあうといいのよ」
 カリーヌのその言葉に笑いを浮かべたのは第7皇子のクレメントだ。
「カリーヌの気持ちも分からぬではないが、何せあそこの、エリア11の総督はナナリーだ。ナナリーとあのパイロットは知り合いらしいからね。ナナリーの性格からすると、温情を掛けるんじゃないかな」
「温情、のう。さぞやその小娘には屈辱じゃろうな」
「とにかく問題は枢木とナナリーよ!」
 バンッとカリーヌはテーブルを掌で大きく叩き、故に、テーブルの上の茶器はかちゃかちゃと音を立て、まだ中身の入ってるカップではそれが揺れている。零れる程のものがなかったのが救いか。
「枢木はお異母兄さまが優しいのをいいことに、それに甘えて利用して、自分勝手な理想像をお異母兄さまに押し付けて。それだけじゃない、そんなお異母兄さまを裏切ってユーフェミアの騎士なんかになって、なのに学園を、お異母兄さまの傍を離れずに居続けて、あげくユーフェミアが死ぬと、何処の誰とも知れない子供の言うことだけを一方的に信じて、お異母兄さまに確かめることもせずに追い詰めて撃った挙句、お異母兄さまが誰よりも憎んでるあのお父さまの前に引き摺り出して自分の出世の道具にしたのよ。それだけじゃない。お異母兄さまのギアスは思いっきり否定したくせに、お異母兄さまの大切な友人たちにあのお父さまがギアスを使うのを了承した上、その学園をお異母兄さまを閉じ込める檻にして24時間見張り続けて。しかもゼロが復活してからはナナリーまで利用してお異母兄さまを追いつめたんだから! まあ、それを逆手にとってエリアを脱出したお異母兄さまは流石だと思ったけど。
 それにナナリー。あの子、自分のためにお異母兄さまがどれだけ苦労していたか、少しも理解してない! この国を追われてからずっとお異母兄さまに守られてたのに、一番傍にいたのに、お異母兄さまのことを何も理解してない、理解しようとしてない! その挙句、ゼロであるお異母兄さまを否定して、その上、あのユーフェミアの提唱した特区を再建しようとまでするなんて、なんて馬鹿で愚かな子なの!!」
 憤懣やるかたない、といった調子でカリーヌは喋り続けた。
「枢木はともかく、ナナリーはのう。とてもあのルルーシュの実妹とは思えぬ」
異母姉上(あねうえ)の仰る通りですね。この本国にいる間も、ルルーシュのことを心配するようなことを口にはしていましたが、実際に捜そうと、捜させようとはしていなかった。結局、あの娘にとっては、自分の面倒を見てくれる存在なら、実兄のルルーシュでなくてもよかったということなのでしょう。ただ建前上、ルルーシュのことを心配していると口にしていただけで」
「クレメントの言う通りかもしれないね」
 オデュッセウスがそう言いながら頷いた。
「それにしても、カリーヌをはじめ、皆よくルルーシュやあのエリアの状況を把握しているね」
 感心したように告げたオデュッセウスに、ギネヴィアは当然のこと、というように返す。
「それは当然のことですわ。アッシュフォードがルルーシュたちの死亡確認の報告を寄越しましたが、ここにいる者は誰もそれを信じませんでしたもの。あのルルーシュがそう簡単に死ぬなんて、決して考えられぬと」
「そうですよ。だからあのエリアに、内密に自分の配下の者を送り込んで調べさせていた。それは私だけではなく、皆同じでしょう?」
「ホホホ。そなたの言う通りじゃ、クレメント。日本が敗戦してエリアとなった後、そこに向かったアッシュフォードに手の者を潜り込ませたり、ゼロが出て来て、ルルーシュである可能性が高いと思った時、黒の騎士団にも手の者を放たっしの」
「なのに枢木にお異母兄さまを捕らわれちゃったのよね」
「それは時間的に間に合わなかった部分があったからね、仕方ないだろう、カリーヌ」
「そりゃ分ってるけど」
 クレメントの言葉に、カリーヌはそれでも納得出来ない、許せない、というように唇を尖らせた。
「それと黒の騎士団じゃが、最近入った連絡によると、ゼロに救い出されておきながら、もともとゼロがブラック・リベリオンの時に勝手に戦線離脱したから自分たちが敗れて捕まったのだと、ゼロを完全には信用しておらぬようじゃ」
「ふむ。それはあの子にとって少し危険かもしれないね」
 ギネヴィアの言葉に、オデュッセウスは少し考えてから言葉を紡いだ。
「そのこと、シュナイゼル異母兄上は何か仰っておられましたか?」
 クレメントの問い掛けに、オデュッセウスは頷いた。
「今暫くはこのまま様子を見るが、いずれ時を見て、あの子を黒の騎士団からなんとか引き離すとね」
「それがいいわ。あのブラック・リベリオンだって、あいつら、全部お異母兄さまの責任にしてるけど、結局は自分たちの力不足が一番の原因じゃない! それを全部お異母兄さま一人のせいにしてるなんて、自分勝手もいいところだわ。自己中で、ホント、嫌な感じ! 誰のおかげであそこまでいったと思ってるのかしら。もし全部自分たちの力だとかって思ってるとしたら、とんだ阿呆の集まりだわ」
「それを言うならコーネリアについてもそう言えるのう。シュナイゼルを除けば、ルルーシュと一番親しくしていたのはコーネリアとユーフェミアであったに、コーネリアはアッシュフォードの報告を信じ、戦後、あの子を捜そうなどとはしなかった」
「コーネリア異母姉上には何よりもユーフェミアがいましたからね。ユーフェミアのことを考えれば、ルルーシュたちのことは後回しだったんでしょう。それでも、ゼロが現れた後も何も気付かないままだったというのには、いささか呆れましたが。本国にいる私たちにすら分かったことだというのに」
 クレメントの言葉に、その場にいた皆が頷く。
「コーネリアお異母姉(ねえ)さまにとっては、結局ユーフェミア以外はどうでもよかったってことなんでしょう。だから分からないのよ。その挙句にユーフェミアの仇を討つ、汚名をそそぐ、とか言って勝手にエリアの総督という地位を放り出して出奔するし」
「今の状況だと、ナナリーもどう転ぶか分からないね。枢木が余計なことをしたせいで、普通ならルルーシュのことに疑問を持ってなんとしてでも捜そうと手を尽くしそうなものだが、そんな気配は微塵もないと報告を受けているよ」
「ゼロであるお異母兄さまを否定したってことは、対立する可能性もあるってことよね、オデュッセウスお異母兄さま?」
「ああ、その可能性は否定出来ないね。ルルーシュが一体何のために、誰のためにゼロとなったのか、何一つ知ろうともせずに」
「知らぬから、分らかぬからのゼロの否定であろうよ」
「ナナリーが分かってないのはお異母兄さまのことだけじゃないわ。自分が総督となったエリアのことも、世界の状況も、このブリタニア本国のことすら、何一つとして理解していない。しようとすらしていない。ナナリー自身の思いはどうあれ、それが事実だわ。それはもちろん、補佐になってる枢木にも言えることだけど」
 カリーヌの最後の言葉に、クレメントは相槌をうった。
「言えてるね。なんでも枢木は、ナイト・オブ・ワンになってエリア11を、つまりは日本を貰い受ける、そう言っているそうじゃないか」
「馬っ鹿みたい。そんなことが本当に出来ると思ってるのかしら。お父さまがナイト・オブ・ワンにするのはヴァルトシュタイン卿しかいないでしょう。ましてや枢木はナンバーズ上がりだもの。ナイト・オブ・ワンになんてなれっこないわよ」
「それに、もし仮になれたとしてエリア11を貰い受けたとしても、それは何処までいっても、あくまでブリタニアの属領であるに過ぎぬし、それも枢木がワンである間のことだけ。他の者がワンになればまた元通りじゃ。イレブンが、日本人が真に望んでいる独立とは程遠い」
「ホント、枢木って何にも分かってないわよね。なのに自分の考え、行動だけが正しいって信じてる。ホントに自分では何も考えられない大馬鹿者よ」
「そうじゃの。ナナリーの行政特区再建発言、それに伴う黒の騎士団への参加要請を無視して、総督の許可も得ずに黒の騎士団に対して勝手に攻撃を加えおるし。自分がワンになるため、つまりは手柄を立てて出世するために、他国が今のエリア11、日本のようにブリタニアのエリアとなることを何とも思わずに、言われるがまま、命令されるがままに攻撃し、遂には“白き死神”とやらの二つ名をつけられたのであろう?」
「さっきも話に出たが、ルルーシュのギアスは嫌悪し、否定しているのに、父上がギアスを使うことには寧ろ進んで協力している。要は自分に都合がよければそれでいいんでしょう。そのためにアッシュフォードの者たちに対しては加害者になっているのに、おそらくはその意識もない。本当に自分勝手だ」
 皆、それぞれに言いたいことを言いたい放題だ。だがそれも、ここがオデュッセウスの離宮の、しかも彼の居間で、侍女すらもいない兄弟姉妹だけだからこそ出来ることではあるのだが。
「シュナイゼルがいつどのタイミングでことを起こすのかは分からない。まあ、その時は前もって連絡が入るとは思うがね。だが、そう遠い先のことではないと思う。だから」
「いつでも如何様にも動けるようにしておくということ、でございますね?」
「エリア11、特に政庁と黒の騎士団に、もう少し手の者を入れさせましょう」
「そうね。何かあって、また手遅れ、なんてなったら今度こそどうにもならなくなってしまうもの」
「そう。何せ、あの父上方の例の計画とやら、どうやら完成が近いらしいからね」
「ならばなおのこと、ルルーシュの存在が必要じゃ。あれに対抗出来るのはルルーシュしかおるまい」
「C.C.殿もそう仰っていたよ」
 オデュッセウスは何気に、さりげなくルルーシュの、ゼロの共犯者を名乗るC.C.の名を出した。だが、彼女のことは、この場にいる者は皆知っていること。皇帝であり、彼らの父親であるシャルルたちが計画していることも含めて。
 ここにいない者で知っているのは、シュナイゼルとその副官のカノン、彼の友人であるロイドとその副官であるセシルのみ。ある意味、当事者ともいえる枢木とナナリーは何も知らない。もちろん、それは二人のルルーシュに対する態度も要因の一つではあったが、それ以外にも、本来知っておかねばならぬことについてや、本人たちは気づいていなかっただろうが、自分たちにとって都合の悪いことについては、何も知ろうとしていなかったから、知ろうという努力すらしていなかったから、それが見えていた彼らは、何も伝えず、教えもしなかったのだ。
「とにかく、いつ何が起きてもいいように、準備だけは怠らぬことだ」
 オデュッセウスのその言葉に、皆、大きく頷いた。
 彼らには、ゼロであるルルーシュが創った黒の騎士団も、今では逆にゼロを、つまりはルルーシュを利用しているようにしか見えず、初めての友人だと、親友だと言われていた枢木はルルーシュを裏切り、実妹であるナナリーは何も分かっていないし、理解しようとすらしていない。今となってはルルーシュにとって邪魔な存在としか思えない。そんな彼らに掛けてやるような情けは、ここにいる者は、生憎と誰も持ち合わせていない。彼らにとって何よりも大切なのは、ルルーシュだけなのだから。
 そうして彼らはルルーシュをそんな者たちから引き離して救い出し、皇帝である父シャルルとその同志の計画を潰す策謀を巡らせるために、他の誰も知らない、彼らだけの秘密の会合を開き続けるのだ。彼らの望む時、すなわち、ルルーシュが彼らの元に帰り着くまで。

── The End




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